第54話 世界への第一歩

ロンドン・ヒースロー空港に降り立ち、指定された駐車場に向かった。

イギリスは天気が悪いと聞いた事があるが、噂通りと言っていいのか曇り空で、今にも雨が降りそうだ。


空港の敷地内だから、まだイギリスにいる実感がない。

空を飛ぶ鳥も、日本とあまり変わらないし。



「へぇ。これがおのぼりさんかぁ(笑)」


「ほんと、やな奴っ。」


「あははは!(笑)」



海外に行くのが、今回初となる私を悠紫ゆうしはからかっている。

悠紫はいつの間にか、精神的に物凄く強くなっていて、やな奴と睨みながらも嬉しかった。



悠紫は結婚式を執り行う2人への、祝福の音楽を一曲書き上げ、ストックから二曲選び編曲して提出した。

ちゃんと2人の為に作ったとアピールも添えて。


それから1週間後に、面接と実技を見たいと連絡が来た。

なかなかスケジュールが合わなかったが、やっと調整が付いて、連絡が来てから2週間後の今日、やっとロンドンに来れた。



駐車場に着くと1人の中年男性が近づいて来た。



「Hello!神矢かみやゆうさんと、杏実さんですか?」


「はい。そうです。クリスさん?」


「はい。クリス西山です。3日間、宜しくお願いします。」



王室が選んだコーディネーター兼、通訳のクリスと無事合流が出来た。



「今日はこのままホテルへご案内いたします。明日の実技に備えてごゆっくりなさって下さい。実技会場は非公開ですので10時にお迎えに上がります。お部屋にピアノもちゃんとご用意してありますから、ご自由にお使い下さい。防音ですのでご安心を。」


「ありがとうございます。さ、じゃあ、行くよ。」


悠紫は本当に強くなっている。

私を引っ張って行ってくれる悠紫が頼もしい。


「うん(笑)」


私の笑顔に、瞬時に答えてくれる悠紫の笑顔も頼もしかった。




――――――――――――――――――――

実技試験の日から1週間が経ち、イギリス王室が結婚式に出席する音楽家を正式に発表した。

その中に『神矢悠』の名前があった。

その結果を知らせるニュースは、日本中を駆け巡り、どの放送番組も速報を出した。


思った以上の反響があり、事務所の電話が鳴り止まない。

私はSUGAYA自動車が記者会見をした、イーストプリンスホテルに連絡をして、記者会見の手配をした。


【明日18時、イーストプリンスホテルにて記者会見を行います。】


事務所の公式発表も、瞬く間にニュースとなり日本中に広まった。



――――――――――――――――――――

「本日は、お集まり頂きまして誠にありがとうございます。定刻になりましたので、MGAエンターテイメント記者会見を始めさせて頂きます。本日、司会を務めます谷崎と申します。宜しくお願い致します。」



事務所のメイクさんに、ヘアメイクをして貰いパンツスーツを着て堂々と司会をする亜弥は、年齢不詳で可愛くも綺麗にも見えた。

亜弥の事も話題になりそうだ。

私は控え室でモニターを見ながら、よしよしとほくそ笑んだ。




「まず、神矢悠から皆様にご報告をさせて頂きます。その後、質疑応答とまいります。では、お願いします。」



亜弥からバトンを貰った悠が会場を見渡すと、会場に居るカメラマンが一斉にシャッターを切った。

眩い光で一瞬、悠が見えないほどだった。


一呼吸置き、悠が口を開いた。



「本日はお集まり頂き、ありがとうございます。」


頭を下げると、またカメラマン達はシャッターを切った。


「もう、既に、発表がありましたのでご存知かと思いますが、わたくし神矢悠がイギリス王室の結婚式に演奏家として出席する事が決まりました。ここにご報告させて頂きます。」



――パチパチパチパチ!!


「おめでとうございまーす!」

「悠さんおめでとうございまーす!」



喜びの記者会見という事もあり、会場内はどこか浮かれていて、堅苦しい事もなく和かな雰囲気に包まれていた。



「ありがとうございます(笑)」


「では、質疑応答と参ります。前から順番にマイクを回しますので、ご質問がありましたらお話し下さい。」


「はい。大阪テレビです。悠さん。おめでとうございますぅ!」


「ありがとうございます(笑)」


「結婚式に出席する事が決まった瞬間と、今のお気持ちをお聞かせ下さい。」


「はい。決まった瞬間は、そうですね。正直に申しますと驚きました。選ばれたいとは思っていましたが…本当に選ばれるとは思っていなくて(笑)今は素直に嬉しいです(笑)」


「では、次の方どうぞ。」


「はい。月刊ミュージックです。『この様なピアニストが何故無名であったのか、不思議でならない。出会えた事を嬉しく思う。』国王がこの様に仰いましたね。何か反響や影響はありますか?」


「あの、そうですね。有り難いお言葉を頂きましたが、影響は無いですね。反響はどうでしょうか。ある様ですが、まだ実感はありません。結婚式に向けて事務所が環境を整えてくれているので、練習や準備に集中していて、気付けていないだけかもしれませんが(笑)」


「では、次の方、お願い致します。」


「はい。アルプス新聞です。応募条件に既婚者である事とありましたが、どうしてですか?」


「はい。年齢では無く、経験としての人生の先輩から祝福を受けたいと、王子の想いがあった様です。それから、この結婚式に出会いを求めて欲しく無いとの想いもあり、既婚者限定にした様です。王室の結婚式では舞踏会が恒例ですが、そちらにも演奏家を招きたいと、出席する演奏家は全員招待して頂きました。」


「では、噂の奥様と参加されるんですね?」


「はい(笑)」


「条件が全て揃っていて、本当に良かったですね!?」


「はい。本当に(笑)良かったと思っています。妻にも感謝しています。」




――――――――――――――――――――


「悠くん!?どうしたの!?大丈夫!?」


記者会見を終えた悠が、亜弥に抱きかかえられフラフラと控え室に戻って来た。

亜弥がソファーに座らせると、悠はそのまま横になってしまった。


「ちょっと…、休ませて…。」


「多分、フラッシュのせいで目眩を起こしているんだと思います。私、部屋を借りて来ますね!」


「うん、お願い!」


「はい!」



亜弥が走って出て行った。

私は悠をこのままそっとしてあげたくて、声を掛けずに亜弥を待った。





5分程で亜弥は、男性支配人を連れて戻って来た。


「杏実さん、お部屋取れました。これ、カードキーです。」


「ありがとう。」


「私、ここを片付けたら事務所に戻って報告しますから、杏実さんは悠さんをお願いします。」


「ありがとう…。回復したら事務所に戻るから。」


「了解しました。」



悠も私も、控え室に広げている荷物は無い。

悠が着て来ていた服と、2人のカバンを回収し、ソファーから立ち上がらせると、悠は支配人に肩を借りて控え室を出た。


支配人はフラフラと歩く悠を見かねて、抱きかかえ一緒にエレベーターに乗り込んだ。



「すみません。ありがとうございます!」


「いえ、お気になさらずに。」


支配人は腕を伸ばし、エレベーターのボタンを押した。



「え?20階ですか?」


「はい。今や日本のお顔の様なお方ですからね(笑)スイートでお休み下さい。中の物もご自由に。ルームサービスもご所望でしたらご連絡下さい。当ホテルのサービスでございます。」


「ありがとうございます!」





支配人は悠をベッドに運んで、そのまま寝かせてくれた。


「では、ごゆっくりお過ごし下さいませ。もし、万が一の事がありましたら迷わず救急車を呼んで下さいね。」


支配人は心配そうな表情を見せた後、頭を下げて部屋を出て行った。


私は冷蔵庫から冷えた水と、キャビネットから常温の水を持って、悠紫のいる寝室へ向かった。




「悠紫くん。水飲まない?」


「うん…。ちょうだい。」


「冷たいのと常温どっちがいい?」


「冷たいの。」


悠紫はゆっくりと起き上がり、キャップを外したペットボトルを受け取ると、少しだけ飲んだ。

私はベッドの脇に膝を付いて座り、悠紫の顔を見上げた。

白い肌がもっと白くなっていて、唇も血色がない。

明らかに体調不良だとわかる。



「大丈夫?フラッシュ凄かったもんね。」


「途中で気持ち悪くなっちゃってさ。」


「気付かなかったな。ごめんね。」


「なんで(苦笑)途中でやめらんないじゃん。」


「そうだけど(苦笑)」



悠紫は水を三分の一ほど飲むと、ペットボトルをサイドボードに置き、掛け布団をめくった。

左手でベッドをポンポンと叩き、私に入る様にジェスチャーで訴えた。



「ちょっと眠ったら?」


「抱き枕になってくれないの?」


「しょうがないなぁ(苦笑)」



一つの枕を2人で使い抱き合った。


「善くならなかったら病院に行こうね。」


「もう、大丈夫だよ。」


「無理はダメだからね!?」


「わかった!(苦笑)でも大丈夫だよ。」



悠紫の顔を見ると唇が、ほんのりとピンク色に戻っていた。

私の存在が回復させた様で嬉しい。

私が少し笑うと、悠紫は私にキスをした。



「杏実、ありがとう…。愛してるよ。」




照れ臭くて、胸がいっぱいで嬉しくて、悠紫の胸に抱きついた。


「なんだよ(笑)言ってくれないの?」


悠紫の顔を見ると、私の言葉を期待して待っているのがわかった。



「うぅ。」


「早く言ってよ(笑)」


「大っ嫌い!」


「だめ!今日はダメだよ。ちゃんと言わなきゃ(笑)」


「えぇ?やだよ!(笑)」


「俺ばっかり!早く言え!」


「(愛してる。)」


「はぁ?聞こえねぇよ!(笑)」


「やだよ!!」


「このやろ!」


「きゃははは!」





「はぁ〜あ(笑)」


「もう元気だね?(笑)」


「誤魔化すなよ(笑)早く言え。」


「わかった(笑)じゃ、じぁあ!悠紫くん、もう一回言って(笑)そしたら弾みで言うから(笑)」


「はぁ?(笑)ずるくない?それ(笑)」


「良いから!(笑)」


「わかったよ。 …杏実、愛してるよ。」


「私も、愛してる。」




素直に言葉にすると、どうしてこんなに苦しいのだろう。

愛おしさが込み上げて、涙として溢れ出した。

悠紫は私の涙を指ですくうと満足そうに笑って、私を胸に抱き


ほんの少しだけ眠った。

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