第52話 杏実の才能②
ニューアルバムのリリースから3週間が経った。
総合プロデューサーという肩書きは、私を更に強くしてくれている。
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「では会議を始めます。」
エマのポジションだった所に座る事も、違和感が無くなった。
部署のみんなも順応している。
「私からいいですか?」
亜弥が手を挙げた。
「どうぞ。」
「アルバム購入特典のコンサート先行申し込みが殺到しています。アルバムもまだ売れてますし、倍率が大変な事になっています。」
「さっき配った資料の最後を見てくれる?」
全員が、パラパラとめくっている。
「いま決まっている5都市10公演とは、別の5都市で仮押さえしてる会場なの。スケジュールを見た感じだと、このまま行けそうだから追加公演に使います。そのまま押さえておいてくれる?」
「わ、わかり、ました…。」
「追加公演の申し込みのタイミングは、ツアーが始まってからにしましょう。」
「こんなのいつの間に押さえてたんだ?(苦笑)」
神田が驚いて言った。
それに亜弥が続く。
「ほんと、ほんと!(苦笑)」
「ツアー中に次のツアーの告知があれば、外れた人の希望になりますしね。神矢悠を見てもらえれば良さは更にわかって貰えますし、幻の存在にはしたく無いので。」
「ほほう(笑)」
「音楽チームには全公演の録音をお願いしたいのよ。一曲ずつ取り出せる様にしておいてくれる?」
「はい。了解しました。」
「全ての公演で録画もします。映像班もコンサートに同行しますから。コンサートCDとDVDを作りたいと思って。特典や内容については皆んなの意見が知りたいから案を出しといてね。」
エマが嬉しそうに、うんうんと頷いている。
「あのさぁ。ちょっといい?」
神田が資料を見ながら言った。
「この、オーケストラなんだけど何で未定なの?もうどっかに頼んでおかないと。有名どころは引く手あまただよ?」
「正直…。1枚目のアルバムは鳴かず飛ばずだった訳じゃないですか。」
エマと悠が苦笑いをして見つめ合っている。
「有名になったからと言って、初めてのツアーで有名なオーケストラを使ったら反感を買いますよ。SUGAYA自動車も持ち出されるかも。無名だったのに誰もが知る存在になったいま、私たちこそ無名で優秀な人材に目を向けるべきです。基本は悠くんのピアノだけで、オーケストラを使うのは4曲だけです。人数も15人程で良さそうですし。なのでオーディションで選びます。」
「オーディションねぇ…。」
「今から全国に応募を出すには時間が無いので、SJ楽器と悠くんの通っていた音大大学院、それからトゥールレコードの関東店舗に申し込み用紙を置いてもらいます。佐々木くんと田宮さん。」
『はい!』
「SJ楽器と大学院に連絡してみて。OKが出たら申し込み用紙と課題曲の楽譜を届けて下さい。ダメだと言われたら…また考えましょう。」
「了解致しました!」
「了解です!」
「3週間後、エマさんや悠くんを中心に音楽チームで面接をして、合格者でオーケストラを作ります。神田さんも面接官として参加してくださいね。」
「了解!なんだか、面白そうだな(笑)」
「あ!それから。悠くん、パスポートの期限はどうなってる?」
「パスポート!?期限はまだまだ先だけど?」
「そ、良かった。皆んなもパスポートの更新はしといて下さい。持って無い人は作る事!世界を目指している部署がパスポートを使えないなんて話しにならないからね。先にお金は出さなきゃいけないけど、申請したら費用を返してもらえる様に、事務所とは話しが付いてるから。作ったら教えてね。」
「…いつの間に?」
エマが驚いた様子で、神田や悠の顔を見た。
「2週間以内に更新又は作る事!それをやらない人は海外には行けないと思っておいてね。」
「あははは!もう、ここまで来たら清々しいね。笑っちゃうよ(笑)」
神田が両手を軽く上げ、お手上げのポーズで笑っている。
エマも笑って言葉を続けた。
「あなた、とんでもない爪を隠していたわね。」
「褒めてくれてるんですか?」
「私なりの最上級の褒め言葉よ(笑)」
これからの事を考え続けている私に、褒め言葉に喜ぶ余裕が無い。
次は何が出来るだろうか、他にも何か…。
会議が終わって、部下達に仕事を割り振りながらも、あれやこれやと考えている。
それでも目が合うとニコリと笑ってくれる悠のお陰で、心にほんの少しだけゆとりが出来る瞬間がある。
私は息が詰まりそうになると、悠に笑って貰うために顔を見る様にしている。
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《エマside》
杏実がバタバタと外へ出て行った。
総合プロデューサーなのだから、動き回らなくても良いのよって言っているのに
『人に頼むより自分でやった方が早いので。』
なんて言うのよ?
思った以上に仕事の鬼ね。
「エマさん。コーヒーです。」
「あ、ありがとう。さっき杏実なんて?亜弥に何か言って無かった?」
「テレビ出演についてです。」
「テレビ?」
「はい。依頼を受けるのは、情報番組やドキュメンタリーだけにしてって。バラエティーには出したく無いから断る様に言われました。神矢悠を幻にはしたく無いけど、ピアニストとしての高貴な幻想は抱いてて欲しいからって。」
「高貴な幻想は抱いて欲しい。か…。なるほどね。」
「エマさん、最近何だか嬉しそうですよね。」
「そう? でも、まぁ、そうね。久しぶりにワクワクしてるわ(笑)」
「私は時々、思い返してゾッとするんですよね。とんでもない人を敵に回そうとしてたなって(苦笑)」
「大丈夫よ!あなたなんて、はなっから眼中に無かったんだから。」
「えー!?エマさんひどーい!」
「ふふっ!(笑)」
最近やっと、楽しめる様になったのは確かね。
ツアーを成功させて一段落着いたら、全て杏実に任せて休暇でも取ろうかな。
海外旅行なんかも良いわよね。
その前に!今夜、杏実を誘って
呑みにでも行くとするか。
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