第51話 杏実の才能①

悠紫ゆうしの言った言葉の意味が、分からぬまま出社した。

会議室に遅れてやって来た悠紫は、相変わらず含み笑いを浮かべている。

私の首を傾げるだけの『何?』に、悠紫はただ首を横に振って『何も無い』と答えた。



「さ、会議を始めましょうか。」


神田と悠が着席したのを合図に、エマが声を掛けた。



「みんなおはよう。」


『おはようございます!』


「杏実。」


「はい。」


「今日一番に報告したい事があるって言ってたわよね?良いわよ。」


「はい。ありがとうございます。昨晩、トゥールレコードの音楽家部門のお食事会に参加させて頂きまして…、そこに副社長も参加されていたので、アルバム発売日に何かPR活動をさせて貰えないかと直談判した所、トゥールレコードの都内3店舗でアルバム購入者を対象にした、神矢悠の握手会が決まりました。今日改めて会議をする事になっていますが、高い確率で決まると思います。」


「抜かりなしか。やるなぁ。ははは(笑)」


神田は『もう笑うしか無い』といった表情で私を見ると、イスの背もたれにもたれかかり頭の後ろで手を組んだ。




「じゃあ、やっぱりここは、今の人数では足りないし、それに…、杏実。やってくれるわね。話しやすくしてくれてありがとう。(笑)」


「??」


エマの笑顔の意味が分からず、見つめるしか出来なかった。

そのままエマが言葉を続けた。



「みんなもこの部署の状況が、一刻一刻と変わっている事を理解してると思う。こうやって次々に仕事を見つけてくる人がいてくれるお陰でね(笑)」


その場にいる人間が皆、私を見た。


「異例ではありますが、1週間後の月曜日より人事移動があります。異議のある者は申し出て。話しは聞くわ。でも秒で論破してあげる。移動を命じられた者に拒否権はありません。良いわね?」



なぜかエマは悠の顔を見た。

すると悠は返事をするかの様に、嬉しそうな顔で頷いた。



「柊杏実。」


「は、はい!?」


「あなたをこの部署の総合プロデューサー、つまりは最高責任者に任命します。」


「え?え?えぇぇ??」


「異議のある者は居る?」



「そんな人、居るはずありませんよ(笑)」


亜弥がそう言うと笑った。


「だよなぁ?(笑)1人だけ臨時ボーナスが出たって文句は言えないよ(笑)」


神田がそう言って、亜弥と顔を見合わせ笑った。



「新しくこの部署に来た10名は、この会社では杏実の先輩だけど来週からは彼女が最高責任者です。敬意を払い接する様に。わかったわね?」


『はい!』


――パチパチパチパチ


自然と拍手が湧き上がる。

何が起こっているのか、なぜそうなったのか。

後で聞く必要がありそうだ。



「神田さんはチーフディレクター、亜弥は主任、私は音楽の方の総合プロデューサーになるので宜しく。あと、来週また10名程この部署に配属されます。それに伴い部屋も広くなるから、少しずつ荷物を移動させといてね。」


『はい!』


「杏実、トゥールレコードの打ち合わせは何時?」


「15時です…。」


「じぁ杏実は、各部署へ挨拶周りを兼ねた、重役会議に出てもらうわね。」


「はい…。」



頭を切り替えなければと思うのに、理解できない。

過大評価されている様で居心地が悪い。

悠紫が言った

『杏実は俺のブレーンであり、コンダクターだと思ってる。』

『そう思っているのは俺だけじゃ無い。』


その言葉の意味をやっと理解しただけで、まだ受け入れ自信に繋げるには、時間が掛かりそうだった。



――――――――――――――――――――

《悠紫side》


杏実は時々、予想外の反応をする事があるんだ。

今だってそうだよ。

ここの…俺の部署で、総合プロデューサーになれるっていうのに。

嬉しく無いのか?



3週間前、杏実が3回目に行う駅前ライブの打ち合わせに向かうと、そのタイミングを見計らったかの様に、エマさんに声をかけられた。



「悠くん、ちょっと早いけどランチに行かない?」


「え?(苦笑)珍しいな(笑)良いですよ、行きましょう。」





「こうやって2人になるのは久しぶりね。」


「出会った頃は、いつも2人でしたね(笑)」


「あの頃はあなた、よく泣いてだけど。」


「やめて下さいよ(苦笑)1、2回でしょ?」


「そう?(笑)」


「どうしたんですか?何か話でもあるんですか?」


「杏実がこの事務所に来てから、状況が急激に好転してる。私は杏実に初めて会った時、仕事に対しての才能を感じたけど、悠くんもなの?だから引き抜きたかった?」


「そう思ったけど…。ここまで、この仕事に向いていたのは、正直僕も驚いてます。杏実と出会った頃、彼女にアドバイスを貰って作った曲は、決まって評価が高かったし、演出して貰って出た演奏会ではウケが良かったんですよね。」


「へ〜。」


「消えた時の絶望感が強かったのは、単純な失恋では無かったから…。ピアニストになる夢も…人生そのものも見捨てられたって…地獄に突き落とされた気分でした。」


「うん…。」


「恨んだ事もあったけど…杏実は俺を、SUGAYAの息子だって知らずに好きになってくれたし、音楽を愛してくれたから。そんな人を好きでなくなるって難しくて…初めて愛した人だし。ピアニストになる為にも必要な人だったんです。」


「その気持ちに答えるかの様に、奮闘してるわね。」


「彼女なりの、罪滅ぼし…ですかね?(笑)」


「いいえ。愛よ。」


「え?」


「あなたの愛に、愛で応えているのよ。お手上げだわ。」


そう言われて、嬉しかった。



「プライドの高い私でも、認めざるを得ないわ。彼女を総合プロデューサー兼、最高責任者にしようと思ってる。会社も同意よ。」


「エ、エマさんは!?」


「もちろん居るわよ(笑)私は音楽プロデューサーに徹するわ。私だって悠くんを信じて愛してるのよ?アーティスト生命が終わるまで一緒に居るつもりよ。」


「良かったぁ(笑)僕を信じてデビューさせてくれて、ずっと感謝してるんです。もし、世界に行って感謝を述べる機会があったら、ファンと両親の次にエマさんの名前を出すつもりなんですから(笑)」


「そんな事したら、杏実に怒られるんじゃない!?」


「エマさん!まだ分かって無いんですね!?そんな事で目くじらを立てる人では無いですよ。」


「そ?…それは、そっか(笑)」



俺は本当に嬉しかったんだよ?

杏実の才能や想いを、第三者が良い評価をしてくれて。

杏実がちゃんと俺を、愛してくれてるって人から言われて、本当に嬉しかったんだ。

杏実…。

頼むから、嬉しそうな顔してくれよ。



――――――――――――――――――――

《杏実side》


重役との会議は、さらに私を困惑させた。

噂に聞くお偉いさん達が、私の功績をニコニコと褒めてくれる。

入社した時から密かに抱いている野望。


『この会社にギャフンと言わせてやる。』


その野望が叶いそうな所まで来ている。

落とし穴がある様な気がして、ソワソワしてしまう。

私はエマに、助けを求めた。



「エマさん。」


「ん?」


「急過ぎませんか?どうしてこうなったんですか?」


「急にそうさせたのはあなたでしょ?(笑)」


「はい?」


「人気も評価も急激に上げたのはあなたでしょ?って(笑)あなたの成績への評価と、今後の展開への期待を込めての移動なの!わかった?早く理解しなさい!(苦笑)」



そうか…。

私が神矢悠の評価を上げたのか…。

当たり前のことを、思い付く限りの事を躊躇しないでしているだけで…。

それだけで神矢悠の評価が上がるのか…。

なんだ、簡単な事じゃないの。

それだけでいいなら…そうか、どんどんやってやろうじゃない…。

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