第50話 世界への軌道

トゥールレコードに、神矢かみやゆうのコーナーが設置され2ヶ月が経った。

ニューアルバムのリリースを2週間後に控えた今になると、悠と私の事は美談の様になり、炎上する事なく収束してしまった。


なぜならば、菅屋すがや悠紫ゆうしが学生だった頃の知名度は思った以上に高く、音大時代の悠紫と私を知っている人の情報が、あっと言う間に出揃ってしまったからだ。

私がSJ楽器に勤めていた3年間の情報や、広告代理店にいた時の情報も出たが、どれも面白く無い物ばかりで叩く要素がまるで無い。

SJ楽器のお客様で、私と星准せいじゅんの関係を怪しむ人は居なかった。

広告代理店では仕事しかしていなかったし…。



悠紫は音大1年生の時に初めて恋人が出来た。

その後2人と付き合ったそうだが、3人とも長く続かなかったらしい。

3人とも悠紫が告白をして、彼女の方から去って行ったらしく、エリカが悪さをしたのかと思ったが違う様だ。


悠紫の同級生や学生時代を知る人達は、歴代の恋人の事も明るみにした。

別れた後、悠紫の事を『自分の為にお金を沢山使ってくれると思ったのに、全然だった。』と話していた人や

『ピアノばかり弾いていて、自分の事が本当に好きなのかが分からなかった。』と話す人が居たらしく、悠紫が何だか可愛そうになった。

と同時に、私はそんな人達とは違っていて良かったと思ったりした。

なぜなら私は、スタジオで悠紫のピアノを聴いて過ごす時間が、何よりも大切で幸せだったから。

世間も同じ様に感じたらしく、良い人に巡り会えたんだねと、私の株が上がってしまった。



悠紫の通う大学の演奏会以外は、滅多に顔を出さなかった事。

お互いの部屋に、一度も行かなかった事。

2人で歩いていても、一定の距離を保っていた事。

悠紫のお友達に会うと、ちゃんと挨拶をしていた事。

私が名の通った企業に勤めていた事…。



私たちの普通の事が、悠紫の同級生には良い印象として残っていた。


初めて観に行った演奏会で大号泣した事も、笑い話として広まっていて、私の為に書いた曲も名曲だと、私たちが一緒にいた頃には既に美談として語られていたそうだ。

私たちが会うのは決まってスタジオか、ご飯を食べに行くか、時々映画や美術館に行くしか無い事も知られていて

『なんで付き合わないんだろうね。』

と、噂されていたらしい。



悪い話が出て来ないとなると、人の興味は薄れて噂すらしなくなる。


今は、

『Labyrinth』と『Reborn』の音が全然違うらしいと話題になっていて

毎日数十枚のペースで『Labyrinth』は売れ続け、『Reborn』の予約も着々と増えている。


さすがに事務所の方も、売り上げや知名度の上昇率を認めざるを得なくなって、10人の社員を悠の部署に配属してくれた。

そのおかげでPRや、無料ライブなどの活動がしやすくなった。



――――――――――――――――――――


「おはよ。」


「おはよう。」


最近は忙し過ぎて自炊が出来ない。

昨日買っておいた惣菜パンを、皿に並べガラステーブルに置いていると悠紫が起きてきた。

悠紫はホットコーヒーをマグカップに注いで、ソファーに座りテレビを付けた。


「さ、見てみるか。」



朝の情報番組で神矢悠の特集が出る予定になっている。

私は密かに録画予約しておいた。



――――――――――――――――――――

「では、次はこちらのコーナーです!」


女性アナウンサーがそう言って笑うと

女性リポーターが映し出された。


「おはようございます!今話題の人物を追いかけるこのコーナー『私の推し事!』さぁ、今日はどなたを追いかけて来たでしょうか!?まずはVTRをご覧下さい!」



屋外にいる女性リポーターが、人混みの前に立っている。

周りはガヤガヤと落ち着かない様子だった。



「今日はですね。あの、今話題のピアニスト神矢悠さんの駅前無料ライブがあると情報を得まして、やって参りました!見て下さい!この人の数!既に2回の路上ライブを行っていますが、人が集まり過ぎた為途中で中止になっています。果たして今回も(笑)どうなるでしょうね?(笑)始まるのを待ちたいとぉ!思いますっ!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「私たちが到着しまして10分ほど経ちました。そろそろでは無いかとの情報が、あり…」



『キャャ〜!!!!』


「出て参りました!ちょっ、ちょ」


(テロップ)

《もみくちゃにされるレポーター》



「カメラさん!撮れますか!私からは見えません!!」



(男性ナレーション)

『と、その時!美しいピアノの調べが…。』



――… ♫♪♩〜♬♩〜


「キャー!!」

「わぁ!!」



「これは!奥様の為に作ったとされる『Tomorrow is another day』です!わぁ!素敵ですぅ!」


「あ!見えますでしょうか!神矢悠さんです!カメラがやっと捉えました!とても距離が近いです!」



人の頭の間から、ネイビーのブラウスを着た悠を右から捉えた様子が映し出された。

沸き立つ観客に笑顔を向ける悠は、品と余裕があって本当にカッコいい。

悲鳴や叫び声が止まず、ピアノの音がほとんど聞こえない。

客観的に見て、ただただ感心してしまった。


・ 


(男性ナレーション)

『噂を聞きつけたファンが詰めかけ、想定していた人数を大幅に超えてしまった為、安全を考慮し即中止となった…。』



VTRが途切れ、スタジオにいる女性アナウンサーが映し出された。



「え?こ、これで終わり?」


「あのぅ。はい(苦笑)終わり(苦笑)」


「でも、そっか、仕方ない、の、かなぁ?(笑)」


「結局ですね、人がとにかく集まり過ぎちゃって(苦笑)一曲を披露した所でっ、中止になっちゃったんですぅ。」


「SUGAYA自動車の記者会見から追いかけて来ましたけど、日に日に人気度が上がって、今や飛ぶ鳥を落とす勢いですよね!」


「そうなんですよね!SUGAYA自動車の御曹司でありながらピアニストの道を選び、既にご結婚もされていて、お相手の方との物語も明らかになりました。3箇所で無料ライブが行われましたが、即中止になってしまうほど人気に火がついた、神矢悠の魅力についてファンの方達にインタビューして参りましたので、そちらをご覧下さい。」


――――――――――――――――――――


「無料ライブは終わってしまいましたが、まだ沢山の人達が残っていますので、少しお話を聞いて参りましょう!」



【女子高生】

「めっちゃかっこいいですぅ!たまたま配信を見て!ファンになってぇ!弟も好き(笑)ピアニストに見えないギャップ?それがいいなって。あはは(笑)」



【20代前半・会社員女性】

「記者会見の時に知って、気になって調べていたらハマってしまって(笑)知った時には既に結婚してたので、変なスキャンダルも出ないだろうし安心できるって言うかぁ(笑)誠実そうだし。奥さんのこと大事にしてるんだろうなって感じが好感が持てます。」 


・ 


【音大生・男性】

「ピアノ、凄く上手くて憧れます。お金持ちでピアノに力を入れられる環境だからって、上手くなるもんじゃ無いんですよね。やっぱり才能の問題で…。神矢さんはピアノも作曲も才能があって羨ましいです。」



【30代後半・会社員女性】

「今…好きな人が凄く歳下で…。奥さんが悠さんの前から一回消えた事があるとか…なんか、分かるなぁって(笑)だけど幸せになれるんだなぁって。私たちみたいな歳下の人と付き合ってる人は、奥さんは希望の星ですね(笑)」


・ 


【大学生・男性】

「元々クラシックは聞いた事が無かったんですけど、SUGAYAの息子なのに偉そうじゃ無いし、落ち着いてて印象良かったんで、聞いてみよっかなって。普通にカッコいいし。今日たまたま見られてラッキーでした。」


・ 


――――――――――――――――――――


再びスタジオの様子が映し出された。

女性リポーターが話し出す。



「いかがでしたでしょうか?沢山の方にインタビューをしましたが、学生から『私は悠さんのおばあちゃん世代だと思うわ。』なんて仰る方まで幅広い世代の方がいらっしゃったのですが、もう!皆さん神矢愛がすごい!(ドヤ!)本当に凄かったんですよぉ。告知は一切していなかったのにあの人だかりは、本物の証ですよね!この番組では、まだまだ追いかけたいと思います!神矢悠さんのニューアルバム、リボーン。再来週2月18日の発売です!全国ツアーもあるそうなので気になる方はニューアルバムをゲットして下さいね!」


「ありがとうございました!神矢悠さん、まだまだ追いかけますからね。お楽しみに! さ、次はお天気のコーナーです。」




――――――――――――――――――――

悠が取材を受けた訳では無かったので、どの様な放送になるのか見当も付かなかったが

神矢悠のイメージが、良くなる様な構成の放送に、胸を撫で下ろした。

悠紫を見るとうっすらと笑っている。



「希望の星…。ふっ(笑)」


「そこかいっ。」


「ふはっ(笑)てかさ、何でアルバムの宣伝してくれたの?」


「昔から、あの制作会社とうちの事務所って、繋がりがあるみたいだよ?」


「へぇ。そうなんだ。」


「さらには、この番組の女性プロデューサーが悠紫くんのファンなんだって!」


「ふ〜ん。」


「もしかしたら、いつか出演依頼が来るかもしれないね!」


悠紫が腕を組み、何かを考えている様だった。


「何!?悩む必要なんてある?」


「あ。依頼が来てから悩めばいっか。」


「悩まないで出なさいよ!」


「ははっ(笑)でもさ、杏実の思い付きが全部上手く行っててさ。杏実が事務所に来てくれなかったら、こんなに早く軌道に乗れなかったと思うんだ。」


「それは違うよ!悠紫くんは元からスター要素があるんだよ。」


「仮にあったとしても、それだけでは上手く行かないよ。杏実は俺のブレーンでありコンダクターだと思ってる。」


「買いかぶり過ぎだよ…。」


「そう思ってるのは俺だけじゃないし(笑)」


「うん?」


「今日、事務所に行けば分かるよ(笑)」



悠紫は何の話をしているのだろうか。

皆目見当も付かぬまま、今日もいつも通りに悠紫よりも早く家を出た。

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