第49話 杏実の戦略②
プリントアウトした用紙を4人に渡すと、静かに読み始めた。
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愛を失ったピアニストは
〝迷宮〟を彷徨い続け
再び愛を取り戻す
〝生まれ変わり〟目指すものとは…
神矢悠のニューアルバム『Reborn』
彼の音にはどうしてこんなにも
【愛】に満ちているのか。
聞いてみるとこんな答えが返ってきた。
「いま、とても幸せだからです。」
デビューするよりも遥か前の事、
落とし物を交番に届けた事で
神矢悠は、一人の女性と出会う。
毎日を懸命に生きていたその人は
壊れてしまう寸前だった。
同時に彼も、
夢見る事を諦めかけていて…。
壊れそうな彼女に希望をあげたいと
再び立ち上がり出来上がった彼の音楽は
その人を癒し救った。
互いに生かされ、救われた二人は
瞬く間に恋をした。
だが彼の夢の邪魔をしたくないと
彼女は一方的に別れを告げ
姿を消してしまう。
悲しみの淵を彷徨い歩き
〝迷宮〟に迷い込んだ彼は静かに決意する。
絶対にピアニストになる。
彼女との約束を果たす。
と…。
数年後。
念願叶い、ピアニストになった彼は
ふらりと一軒の楽器店に立ち寄った。
偶然見つけたその店ではなんと
消えた彼女が働いていて…。
運命は二人の時間を再び動かし始める。
だが、歯車が動き出したからといって
二人の関係が順調に進む訳では無かった。
様々な困難に立ち向かい、迷い
離れていた時間を埋めながら模索する日々。
それでも【愛】だけは見失う事は無かった…。
やがて時が経ち
全ての苦しみから解放された彼は
〝迷宮〟から抜け出し新しい音を手に入れた。
〝生まれ変わった〟神矢悠の見つめる未来とは…。
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まだ誰も見たことの無い景色を
神矢悠の音楽は見せてくれるに違いない。
神矢悠の音に触れた者は
幸福感で満たされる。
彼は救世主か、はたまた
現代の※パイドパイパーか。
どちらにせよ、あなたは
幸運の持ち主である事に変わりはない。
(※パイドパイパー=ハーメルンの笛吹き男)
2月18日リリースの
セカンドアルバム『Reborn』
あなたも愛の素晴らしさを
再確認する事だろう。
その『Reborn』の前に
デビューアルバム『Labyrinth』を
聞いてみて欲しい。
悲しみを背負い
迷宮を彷徨っているかの様な音に
あなたは戸惑ってしまうだろう。
だが、悲しみや寂しさの中に残る
微かな希望の光を見るはずだ。
そんな頼りの綱の光を辿って
聴く『Reborn』は、
微かな希望に確信を
琴線に触れる神矢悠の音楽は
深い愛となってあなたを包み込み
浄化し癒し、慰めてくれるだろう。
あなたは『Reborn』と『Labyrinth』
どちらの【
writing.SEIRA
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ニューアルバム『Reborn』
2月18日発売
◉購入特典◉
トゥールレコードオリジナル
神矢悠撮り下ろしポスター1枚プレゼント!
◉予約特典◉
トゥールレコードで予約購入の場合
購入特典のポスターともう1枚、
別デザインのポスターもプレゼント!
ファーストアルバム『Labyrinth』
Now on sale
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読み終えたエマが口を開いた。
「私が決める事じゃない。杏実が決めなさい。」
「良いんですか?」
「どうして?(笑)これはあなた達の話よ。デザインも含めてお願いするわ。」
「はい…。ありがとうございます。3日後、トゥールレコードのポスターの写真撮影があります。」
「了解。しかし、あなたもやるわね(笑)」
「何ですか?」
「探られる前に先手を打つって事でしょ?(笑)それも無料のフライヤーを使うなんて。ここまで書いてあったら充分だものね。もし聞かれても『そこに書いてある事が全てです。』『一度別れてまた付き合う様になっただけです。』で済むし?(笑)」
「推しアーティストに正式認定されるって、売れているアーティストでも難しいって聞きました。それだけでも有難いのに、80店全ての店舗で神矢悠のコーナーを作ってくれるんですよ?だからトゥールレコード以外には話すつもりはありません。これは私からの感謝の気持ちなんです。雑誌や新聞などの有料記事にはしたくないですし。」
「ふ〜ん(笑) さ、終わりましょうか。今日は皆んなもう帰って良いわよ。」
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3日後、
予定通りにトゥールレコード予約特典用のポスター撮影が行われた。
場所は都内の教会を1日貸切にしている。
グランドピアノや大きなステンドグラスが豪華な、結婚式でも使われる教会だそうだ。
場所や衣装など、こちらが用意した物は一切ない。
悠と私は指定された場所に身一つで来ただけ。
カメラマンに、メイクアップアーティストやスタイリストなど、トゥールレコードは全てを完璧に準備していた。
フライヤーやポスターのカラーテーマは、緑と紫だと、同行した山本が言っていた。
『Reborn』のジャケットが深い緑である事と、悠の本名が『
まず、購入特典のポスター撮影からだった。
黒のスーツに薄い紫のカッターシャツ、様々な紫色の小さい花柄が沢山あしらわれたストールを首に巻いて、髪はマット感のある無造作ヘア。
スーツの胸ポケットからは深い紫のスカーフが覗いている。
紫の花が飾られたグランドピアノの椅子に横向きに座り、鍵盤蓋に左肘を置いて人差し指と中指で軽く頬杖をつく。
衣装も表情も上品な大人の雰囲気で、また新しい一面を見る事が出来た。
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撮影が終わり次の準備に入る前に、メイクさんが
「髪、茶色に染めちゃっても良いですか?」
と聞いてきた。
「髪?今ですか?」
「はい。今。」
「神矢が良ければ…。制限はありませんけど…。」
結婚式にも使われる教会だからだろう。
メイク室にはシャンプー台なども揃っていた。
トゥールレコード側は悠の髪色を変える前提で、この教会にしたらしい。
「なんだか一本取られた気分ですよ(笑)」
山本に声を掛けると嬉しそうに笑った。
「やるからには売れてもらわないと(笑)我々も本気ですよ? 神矢悠に。」
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新しい茶色の髪は、先ほどの雰囲気とは真逆で物凄く可愛かった。
少し切られたのかマッシュヘアにされている。
衣装は、緑とゴールドを基調とした上着に、大きな白いフリルリボン。
白のピッタリとしたズボンとそれに合わせた白のブーツで、ディズニープリンセスの物語から飛び出てきた様な王子様スタイルだった。
山本が駆け寄り悠に声を掛けた。
「やっぱりよくお似合いですぅ!」
「自分じゃ、よくわかんないんですけど(苦笑)」
悠は恥ずかしそうに苦笑いを浮かべ、私の方を見ない様にしていた。
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カメラマンは悠を、屋根の開いたグランドピアノの右側に立たせた。
背後のステンドグラスが、さらに王子様感を演出する。
カメラマンは悠にピアノに右手を掛けて、微笑む様に指示を出した。
悠が微笑むと同時に撮影が始まった。
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「お疲れ様。」
「あ、片岡さん。お疲れ様です。」
「順調みたいだね(笑)」
「はい。ありがとうございます(笑)」
「明後日、全店舗同時に神矢悠のコーナーが設置される。フライヤーの配布も始まるよ…。」
「はい…。」
「1ヶ月…いや、2週間もあれば君たちの取り巻く環境が一変するはずだよ。良い方向へ向かう事祈っているから。お手伝いもするしね(笑)」
「本当にありがとうございます。」
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「ではこれにて撮影を終了しまーす!ありがとうございました!」
――パチパチパチパチ
「ありがとうございました。」
撮影を終えた悠がスタッフに頭を下げながら、こちらに向かってきた。
「片岡さん(笑)お疲れ様です。」
「お疲れ様でした!悠さん!さっきの写真!少し見たけど凄く良かったですよ!」
「ありがとうございます(笑)」
「ちょっとご挨拶に、お顔を見に来ただけなんです。じゃ、私は次がありますのでこの辺で。今日もありがとうございました。また連絡しますね。お疲れ様でした。」
「はい。お疲れ様でした。」
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「お疲れ様!」
「うん。お疲れ。」
「それ可愛い!ふふっ(笑)」
「チッ(笑)やっぱり俺、撮影苦手だな。」
「そう?そうは見えなかったけど?すごく良かったよ!」
「ふ〜ん。」
「今日のスケジュールはこれで終わりだよ。このまま帰って良いってさ。」
「お?じゃあ、久しぶりにデートしよっか。」
「そのまま行こうよ(笑)」
「ふざけんな(笑)着替えてくる(笑)」
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撮影場所の教会を出たあと私たちは、近くのショッピングモールに行き、ウィンドーショッピングをした。
手を繋いで歩くだけなのに楽しい。
その後、夕食にどこへ行こうかと聞くと、悠紫は私たちが初めて食事をしたレストランに行こうと提案した。
「腹減ったぁ。」
「撮影長かったもんね。」
「髪色変えられちゃったしなぁ(笑)」
「ね(笑)」
「乾杯しよ。」
ビールで乾杯。
2人で飲むお酒はいつだって美味しい。
「どうして、ここに来たの?」
「杏実が俺たちの事話してるのを聞いてたら、懐かしくなってさ。初心に帰るのも大事だなって。」
「そうだね。ここで話をしなければ、悠紫くんの音楽に出会えなかったんだもんね。」
「それに…。ちゃんと、話さなきゃいけないなって思ってたんだ。じゃないとまた杏実、おかしくなっちゃうからさ(笑)」
「えぇ?何よ?(苦笑)」
「本当は…、すごく怖いんだろ?」
「バレてたか…(苦笑)」
「自分のことじゃ無くて、俺が悪く言われる事が怖いんだろ?」
「何でもお見通しなんだねぇ(苦笑)」
「俺には隠せないよ。」
「私はどう言われたって良いんだ。だって私が全部悪いんだもん。だけど、そんな私を選んだ悠紫くんが悪く言われちゃうかもしれないって思ったら…。アンチが沢山付いて、悪く言われる様になったら…。順調に進んでるのに水の泡になっちゃう。私の戦略は正しかったのかなって、今さら不安になってて…。」
「良いことしか言われないなんて絶っ対に無いんだからさ。親父や弟の事だって、色々言われてるじゃん。聞かない様にするしかないんだよ。これから俺が、ピアニストとして間違った道に進まない様にしてれば良いだけだからさ。」
「うん…。」
「ただでさえ…俺の夢を一緒に生きてくれてるのに。悩まないでよ。」
「悩んでても、今さら取り消せないんだけどね…。」
「そうだよ(笑)じゃあ無駄じゃん?人は好き勝手言うもんだよ。俺たち、悪い事は一つもしてないんだしさ。」
「うん…(苦笑い)」
「なるようにしかならないよ。きっと悪くはならないから大丈夫だよ。」
「うん。ありがと…。」
「さ、食べよ。とにかく腹減ったんだよ(笑)」
「うん(笑)食べよ。私もお腹空いた!」
悠紫はいつも私の心を軽くしてくれる。
環境が大きく変わってしまったのは悠紫も同じなのに…いや、悠紫の方が新しい経験をし続け世間の目に晒されているのに、どうしてこんなに余裕があるのだろうか。
この期に及んでまだ、吹っ切る事の出来ていない自分が少し恥ずかしかった。
悠紫と過ごす束の間の休息は、私の心と頭をリフレッシュさせてくれた。
明日からの神矢悠の為に、心を入れ直し思い出のレストランを後にした。
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