第48話 杏実の戦略①

私の先手必勝の策に手を貸してくれるのは、トゥールレコードしかない。


翌朝、

固い決意を胸に、トゥールレコード演奏家部門・最高責任者の片岡真守に連絡をした。

片岡は神矢悠の3曲のMVと全3回の生配信に加え、SUGAYA自動車の記者会見まで見てくれていて


「絶対に、すぐに連絡してくるって思っていたよ。こちらは何時でも良いよ。」


と、私のためにスケジュールも空けてくれていた。



――――――――――――――――――――

片岡との電話の後すぐに、神矢悠を連れてトゥールレコードに向かい、受付で名乗ると立派な会議室に通された。

会議室には、片岡と一つ星レストラン『ソレイユ』に居合わせた山本友香里の他に、初めて会うスタッフが2人、私たちの到着を待ち構えていた。

会議室に入る私たちを見て、全員が立ち上がり喜びいっぱいに駆け寄って来る。

こんなに歓迎されるとは、思っていなかった。


事務所の小さな部署でもがくすぶっていた神矢悠を、外部の人間が本気で売ろうとしている。

この状況に私は、武者震いした。



「待ってたよ!熱血杏実さん(笑)」


「またあ(苦笑)今日も、ありがとうございます。宜しくお願い致します。」


「うんうん(笑)これはこれは、神矢悠さんも来て下さるとは!ありがとうございます。わたくし、演奏家部門の片岡真守と申します。」


「こちらこそありがとうございます。神矢悠です。宜しくお願い致します。」


「では、紹介しますね。こちら演奏家部門マネージャーの山本です。」


紹介された山本が嬉しそうに笑って悠を見た。

言いたい事はたくさんあるだろう。

でも、山本は満面の笑みで


「山本です。宜しくお願い致します!」


とだけ言った。


「こちらはデザイナーの田畑たばた幸也ゆきやです。」


小柄な体型と、とても小さな可愛い顔。

一見、性別が分からなかった。

独特で複雑な構造をした、カラフルなオーバーサイズの服を着こなしている。

とても若かそうな田畑は表情も変えず


「初めまして。宜しくお願いします。」


と言うと深く頭を下げた。


「それからこちら、ライターのセイラです。ペンネームなんですけど、皆んなセイラって呼ぶので2人も、セイラって呼んであげて下さい。」


東南アジアの方だろうか。

小麦色の肌と、彫りの深い顔立ち。

エマに匹敵するほどの美人で、まじまじととお顔を見てしまった。



「初めまして!私、以前から神矢悠さんの大っファンなんです!一緒にお仕事が出来るなんて!幸せです!」


「ありがとうございます。嬉しいです(笑)」


「あ!そう!お父様達の記者会見も拝見しました。どおりで一般人と雰囲気が違う訳ですね(笑)」


とても上手な日本語だった。


「そうですか?(笑)彼女は…(笑)」


悠が私の顔を見て笑った。


「そうは、見えなかったって言うんですよね(笑)」


「えぇ?そうなんですか?(笑)品があって、私は納得しましたよ! 一つお願いがあるんですが、後でサイン書いて頂けますか?」


「はい。書かせていただきます(笑)」



「あのぅ。失礼ですが日本語お上手ですね。」


私がそう言うとセイラは「あははっ」と、瞬発的に笑って教えてくれた。


「両親共にインドネシア人なんですけど、私は生まれも育ちも日本なんです(笑)」


「そうなんですね(笑)あ、日本でライターをしてるのに上手に決まってますよね(苦笑)失礼しました!」


「いえいえ(笑)いつも驚かれますから。」


「すみません(苦笑) そうだ、片岡さん。サイン色紙をお持ちしました。」


私の手から紙袋を受け取り、片岡は悠に言葉をかけた。


「大変でしたでしょ?ありがとうございます。」


「いえ。行ってみたいなぁと思いながら、店名を書かせて頂きました(笑)」


「あぁ!良いですね!店舗訪問!ツアーの合間にでもどうですか?」


「してみたいです!」


「じゃ、企画しましょうね。さ、ではお座りになって。始めましょう。」





「さ、まずは緊急会議をしたいと言った訳を、教えてくれるかな?」


「はい。神矢悠のコーナーを作るにあたり、無料で配布する神矢悠だけのフライヤーも作ると仰ってくださいましたよね?」


「うん。作るよ。」


「そこに、私の事を書いて欲しいんです。」


「杏実さんの事?」


「はい。配信を見てくださったので知ってらっしゃると思いますが、私はSJ楽器という楽器店で店長をしていました。その事がファンの人達に知られてしまっています。」


「うん。そうだね。」


「変に噂になる前に、私の事が表に出てしまえば、神矢の音楽を聞いてもらえると思うんです。神矢に興味が集中するために、私の事を書いて下さい。」


「わかったけど、聞いて面白く無かったら却下するからね?」


「分かりました…。」



私は悠紫ゆうしとの出会いから現在に至るまでを、全て話した。

エリカの事も、名前は伏せたが包み隠さず話した。

最初は笑って聞いていた4人も、怒りや悲しみに顔を歪ませたりしていた。

聞き終えた今、誰も笑ってはいない。

山本は泣きそうになりながら口を開いた。



「再会出来て良かったですね…。じゃなかったら、今の悠さんは居ない訳だし…。運命って存在するんですね…。」


その後、片岡が続けた。


「熱血杏実さんが、ここまで必死になる理由。わかった気がしたよ。音が変わるほどの想いがあるから、悠さんの音楽は説得力があるんだね。杏実さん。うちを…選んでくれてありがとう。」


「私の話を真剣に聞いてくれて、尚且つ手を貸してくれるのは…ここしか…片岡さんしか居ないって思ったんです。」


「そうか。嬉しいよ。」


「あの。セイラさん。」


「はい。」


「Aさんの事は伏せて欲しいんです。だから、私を悪く書いて下さい。神矢の音楽が良い印象で際立つように…書いてくださいね。」


「私は誰のことも悪く書きません。ファーストアルバムも聴いてもらえるように、書きましょうね。だって私、悠さんのファンなんですもの(笑)」


セイラはもう書く事が決まっているのか、真っ直ぐと自信に満ちた顔を向けて来た。

悠紫との4年間の物語が、自分の手から離れ人に渡った様な感覚だった。

不安はある。

だけど逃げてはいられない。



『逃げるだけが防御じゃないんだぞ。攻撃こそ防御になる事もある。』


星准せいじゅんに言われた言葉。


星准にも、悪い事したよね…。

本当にごめんなさい…。




「じゃあ、今後のスケジュールを決めよう。ファーストアルバムの在庫はあるの?」


「あ、はい。いま急ピッチで作っています。」


「全80店舗にぃ、そうだな、とりあえず10枚ずつ発注させるから頼むね。」


「はい。」


「フライヤーが印刷出来たら直ぐに神矢悠のコーナーを作るよう手配するから。セイラ、どれくらいで書けそう?」


「今日中に書きます。出来たら片岡さんと杏実さんに送ります。問題が無ければ明日には提出出来ると思います。」


「幸也、デザインはすぐ出来そうかな?」


「はい。悠さんの写真があれば直ぐに作ります。」


「新しいアルバムのジャケット用に撮った写真のデータが、今持って来ているUSBに入っているんです。一緒に選んで貰えますか?」


「よし!じゃ、このノートをモニターに繋げよう。」




――――――――――――――――――――

その日の夕方、セイラからメールが届いた。

メッセージには、

『片岡は杏実さんが良ければ、直ぐに印刷に出すと言っています。』

と、書いてある。


フライヤーサンプルも2種類添付してあった。

どちらもB4サイズを二つ折りにする見開きタイプで、文面は中に掲載される様だ。



私は緊急会議で見てもらう事にした。

緊急会議にはエマ、神田、亜弥と悠と私の5人でおこなった。



「さ、始めましょ。亜弥から報告お願い。」


「はい。ファンクラブの件です。1月5日からの運営を前に、12月中旬からプレオープンします。早期入会の申し込み期間は12月15日から1月4日。早期入会の特典はキーホルダーにしました。キーホルダーデザインは、デザイナー課と明日打ち合わせがあります。全共通の入会特典は、会員証とトレーディングカード3枚セットを予定しています。」


「了解。ありがとう。杏実、駅前ライブの件はどう?」


「はい。許可が降りたという連絡が沢山来ています。ですが、大きな路線の三社に絞り申請を出しました。大きなコンコースがある駅の三箇所にて行います。通行人の動線確保と、観覧者が殺到した場合に即中断が出来る体制を、整える様にお願いしました。」


「了解。他は何もない?」


私は亜弥と顔を見合わせた。

何も無さそうだ。



「じゃ、杏実の例の話し聞きましょうか。」


「はい。フライヤーサンプルが2パターン届きました。どちらにするか一緒に決めて頂きたいのと、掲載する文章を読んで貰えますか?」


「良いわ。見せて。」



プリントアウトした用紙を4人に渡すと、全員が静かに読み始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る