第47話 移り変わる関心の的

菅屋兄弟の生配信は、どこにも情報を出していないにのにも関わらず

噂が噂を呼び、観覧者数を伸ばして行った。

毎分毎秒、観覧者数が増えていく。




――――――――――――――――――――

@たえちゃん

 :兄弟仲良さそうだなぁ♡


@マンちゃん

 :あぁ!秀希ほずきさん!

 :出て頂きありがとうございます(泣)

 :メール出した甲斐があった(泣)


@きょうこ

 :どちらも素敵すぎて…どうしよう。


@肉球

 :こんなイケメン兄弟、存在するんですね。


――――――――――――――――――――

「兄弟ゲンカはしますか?どんな理由でケンカしますか。う〜ん。しないよな。」


「しないね。全然性格が違うし(笑)好きなものもやりたい事も被らないから、取り合いにもなんないしねぇ〜(笑)」


「そういうわけで。ケンカにはなりません。」


「はい。なりません!あはっ(笑)」


「では、次の質問は…。  …。」




ゆうが前屈みになりノートパソコンを覗き込んだ。

気になった質問があったのか、悠は流れていくコメントからその質問を探し出し、黙読していた。

私とエマが別室で見ている画面と、悠の見ている画面がリンクしているため、私たちも読むことが出来た。


―――――――――――――――――――

@ウソつきはキライ

 :実は私、悠さんに

 :サインを頂いたことがあります。

 :レストランで写真を撮られた人

 :楽器屋さんのお姉さんですよね?

 :あの頃のお2人複雑だったみたいですけど

 :今は幸せなんですね…

――――――――――――――――――――

悠がコメントに反応したのは明らかだった。

雰囲気を察したファン達も、どのコメントに反応したのかを探ったようだ。

たわいもない話の中に、具体的な話しをするそのコメントは目立っていた。

そのコメントに便乗するかの様に、具体的なコメントが後に続いた。


――――――――――――――――――――

@たえちゃん

 :@ウソつきはキライさん

 :お2人に会った事あるんですか?


@sugarless

 :奥さんも気になるところ!


@ソルト

 :次は夫婦配信ですね


@ココ

 :その楽器屋さん

 :悠さんもバイトしてましたよね


@ウソつきはキライ

 :え?悠さん、バイトしてたんですか?


@ココ

 :短期間でしたけどね

 

@ソニア

 :ソレイユの写真見た時

 :SJ楽器の2人だ!って思ったんだよね

 :んで調べたらピアニストだったから

 :まぁ、びっくりしたよね。うん。

――――――――――――――――――――

ノートパソコンを覗き込む2人が、顔を見合わせた。

秀希の顔からも笑顔が消えて、いよいよ本当に放送事故のようだった。

昨日までの私なら震える身体でオロオロとしながら、エマに「どうしよう?」と縋り付いていたかも知れない。

ところが今の私は、どちらでも良いからとりあえず何か話して!と念力を送っていた。



――ブブッ!ブブッ!ブブッ!


エマのスマホのバイブの音が聞こえる。

エマはスマホを取り出し画面を確認すると部屋から出て行った。


この状況に1人置かれても尚、私は冷静な頭で打破するための策をあれやこれやと考えていた。

程なくして、やっと悠が口を開いた。



「あのぅ。この際なので、少しお話ししますね。妻は楽器屋さんで店長をしていましたが、知り合ったのは随分前です。まぁ…ひょんな事から?僕もバイトをしてみたんですが。良い経験となりました。ピアノの好きな方々とお話し出来たり。楽しかったです。 あ、その楽器屋さんは…その、興味本位では行かないで下さいね。ファンの皆さんを信じてますけど(笑)行くなら必ずお買い物して下さい。お願いしますね(笑)」



悠が優しくニコリとカメラに向かって、確実にファンへと笑顔を送った。

また画面には、悠の笑顔を褒めるコメントが溢れた。


その後、たわいもない会話を楽しむ兄弟の姿を見せて配信は終わった。





――――――――――――――――――――

「お疲れ様でした。」


エマが声を掛けると秀希が満面の笑みで頭を下げた。


「ありがとうございました。あんなので良かったんでしょうか(苦笑)」


「凄く良かったですよ(笑)」


――トントン


「失礼します。」


亜弥が配信室に入るとエマに向かい声を掛けた。


「只今、お見えになりましたので応接室にお通ししました。」


「わかった。ありがとう。」


亜弥が部屋を出て行った。


「秀希さん、実は来客がありまして。申し訳ありませんがここで失礼致します。」


「あ、はい。」


「スタッフが駐車場までご案内致しますのでお待ち下さい。お忙しい中ありがとうございました。」


「いえ、楽しかったです(笑)ありがとうございました。兄を宜しくお願いします(笑)」


「ええ(笑)では、また。」


「はい(笑)」


「悠くんと杏実にも来てもらいます。」


「はい。」


――――――――――――――――――――


――トントン


エマは応接室をノックすると、返事を待たずに入った。


「お待たせしてすみません。初めまして、矢沢エマです。」


「初めまして。金城かねしろです。」


「え!?星准せいじゅん!!」


「おう。」


ここに星准が居る事が理解出来ず、説明して貰おうとエマを見た。


「以前からご連絡頂いていたんだけど、なかなかお会いする機会が無くてね。でも今日の配信の途中でお電話を頂いて…」


「あぁ、さっきの…。」


「早急に相談すべきでは無いかって。」


「以前から連絡があったと言うのは…?」


「それがさ…」


エマでは無く、星准が話し出した。


「うちのお客様って音楽やってる人が多いからさ、ピアニストの悠くんとバイトの悠紫ゆうしくんが同一人物だって気付く人が多くてね。ソレイユのあの写真や動画が出た時、相手が杏実だって気付いた人も沢山居たんだ。どこまで話したら良いのやら…。それで、連絡したんだよね。今日の配信を見て、さすがに話し合うべきだと思ってさ。」


「そうだよね…。明日からのお店を考えると…そうだよね。」


「あの、ウソつきはキライってハンドルネームの人…常連のあの子だと思わないか?」


「やっぱり?…そうかなって、思ったんだよね。」



――――――――――――――――――――

【SJ楽器を辞める3日前】


エリカは昨日の話し合いで、悠紫から手を引いてくれる事を約束した。

が、果たしてどうだろうか。

悠紫はもちろん、悠紫の両親も星准でさえもSJ楽器を辞める様に言う。

私ももちろんそのつもり。

早く次の人が来てくれたら良いんだけど…。



――カランコロンカラン♪


「いらっしゃいませ。」


「こんばんは…。」


「いらっしゃい(笑)こんな時間に珍しいね。」


「ちょっと大変で…。」



いつも、ピアノ教室に行く前に立ち寄ってくれる常連の女子高生だった。

居心地が良いのか時々来ては話をしたり、ピアノを弾いたりしている。

お母さんと弟もともよく来てくれていて、家族みんなと顔見知りだ。

その一家はピアノの調律や、楽器関連の買い物をSJ楽器でしてくれている。

例の神矢悠のファンで、サイン入りポストカードを嬉しそうに見せてくれたあの子が、今日は落ち込んだ様子で来店してきた。

こんな閉店間際に来るなんて、初めての事だった。



「ん?大丈夫?」


「あ、はい。あの…譜面台を下さい。」


「譜面台?ピアノに譜面台って使うの?」


「弟のです。壊れちゃって。」


「あぁ、バイオリンしてる弟くんのかぁ。ピアノにバイオリン。生きた音楽に溢れたお家って素敵だね!」


「そんな良いもんじゃありません!!」


私の言葉に瞬発的に声を荒げた。

眉間には皺まで寄っている。


「ママは私たちをプロにする事しか考えて無いし!譜面台が壊れたのも弟が練習を嫌がって壁に投げつけたからです!」


「あ、あの、大丈夫?」


「は! ごめんなさい…。」


「こちらこそごめんね!何も知らないのに。本当にごめんなさい。」


「ううん。良いんです。」


しょんぼりしてしまった女子高生が心配になった。

何か、助けてあげられる事は無いだろか。



「もしかしてピアニストになりたく無いの?」


「なりたいです。」


「え?あ?なりたいんだ??」


「はい。なりたいです。」


「お、応援してるね…(苦笑)」



――カランコロンカラン♪



「杏実ぃ。迎えに来たよ。」


「キャャー!!!」



もしかしたらエリカが来るかもしれない。

そう心配した悠紫が私が辞めるまでの間、迎えに来てくれる事になっていた。

店に入って来た悠紫を見て、その子が悲鳴をあげた。



「えっ。」


「あの、あ、あ、あの、わ、わたし、神矢、悠さんの、ファン、です!」


「わぁ!(笑)ありがとうございます(笑)」


「お姉さん!前に言ってたピアニストの神矢悠さんですよ!!」


「ああ!?そっか!そうだね…うん…。」


「あれ?あみって? あみって、このお姉さんの名前ですよね?」


女子高生が悠紫に聞いた。


「う、うん。」


「いま、迎えに来たって言いました?」


「言った、かなぁ(苦笑)」


「もしかして、付き合ってるんですか?」


「えっと、そ、れは、長い知り合いなだけだよ。」


「長い!?長いって、どれくらい長いんですか!?」


「そうだなぁ。」


〔悠紫くんっ!悠紫くん!〕


口止めをしようと小声で名前を呼んだが、悠紫は気付いてくれなかった。


「ピアニストになる前からだから、もう何年も前からだよ。4年位になるのかな。」


「お姉さん!!私が話した時、知らないって!そう言いましたよね!?私がファンだって言ったのに!何でウソついたんですか!?ひどい!!超ウソつきじゃん!!」


「そ、それには事情があってね…(焦)」



「そんなに、怒ってあげないで(笑)」


バックルームから星准が出て来て、女子高生に声を掛けた。


「これにはね、深い深い事情があるんだよ。君も嘘を付かなきゃいけない時があるだろう?大人の世界は何とも複雑なんだ。ついて良い嘘と、ついてはいけない嘘があるじゃん?君にも分かるよね?君が大人になったら分かる日が来るよ。」


「今知りたいです!」


「今は難しいね(笑)きっと理解出来ないんじゃないかな。君を騙すためじゃなくて、嘘をつかなきゃいけなかったんだ。だから、許してあげて。」


「えぇ…?」


「星准兄さんが君に悪い事を言ったことは無いだろ?(笑)ね?(笑)」


「もう。しょうがないな…。」


女子高生は、星准から悠紫に向きを変えた。


「あの。神矢さん。」


「はい。」


「サイン下さい!握手も良いですか?」


「あぁ。そんなことなら喜んで(笑)」



――――――――――――――――――――

【現在】


「今日、秀希くんが表に出た事でファンは少し満足したはずなの。知りたい事を知れると関心が薄れる。次は杏実への関心が高まるわよ。探られて色々と表に出るから、覚悟してね。」


「分かりました。星准。」


「ん?」


「私が働いていた事は事実だし、知っている人も多いから私については話して貰って…、悠紫くんとの関係は知らないと言っておいて。」


「わかった。」


「悠紫くんがバイトをした経緯についてだけど…星准は何も知らずに採用したわけだから、そのままの事を話して構わない。私たちの関係を知るまでの事はそのまま話して良いよ。」


「うん。」


「お店に迷惑掛けたくなかったのに。ごめんなさい。」


「なんだよ。水臭いな…。気にすんな。」


「うん…。悠紫くん。」


悠紫が黙ったまま私の顔を見た。


「私に考えがあるんだけど、付き合ってくれる?」


悠紫はやはり黙ったまま、コクリと頷いた。

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