第46話 大きな賭け

悠紫ゆうしside》


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      ピアニスト 神矢悠

      本日21時より生配信


     〜しばらくお待ち下さい〜

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スタジオでスタンバイしている今も、むしゃくしゃしている。

早く気持ちを切り替えなきゃな。

だけど杏実のヤツ。


正気かよ?



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21時ちょうど。

配信が始まった。

手元のノートパソコンに自分の姿とコメントが映し出されている。

コメントの流れが昨日よりも明らかに早い。



「…………。」


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@たえちゃん

 :今日はもしかして本当に

 :静止画だったりしてwww


@まりも

 :これが噂の放送事故ですね?w


@とっく

 :悠さん好きですぅ


@ゆーさん

 :記者会見良かったです

 :素敵なご家族ですね


@匿名希望

 :記者会見を見て来ました。

 :お金持ちって嫌なイメージでしたが

 :見る目変わりました


――――――――――――――――――――


「…………。」


「みなさん、こんばんは。今日2曲目のMVが公開されましたが観て下さいましたか?ヨーロッパの様な雰囲気がありましたよね?(笑)実は都内なんですよ。皆さんもきっと知っている美術館です。普段は立ち入れない所にグランドピアノを入れさせて貰ったんです。凄いでしょ?(笑)」


「今回、初めてMVをつくる事になって…3曲も!(笑)1週間で3曲分作ったんですよ。めちゃくちゃですよね。でも、満足してます(笑)」


「………。」

 



は?待てよ…。待ってくれ…。



流れて行くコメントに目を疑った。


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@HOPE

 :弟さんの話し聞きたい!

 :何歳なんですか?


@マンちゃん

 :初めまして!

 :記者会見で秀希ほずきさんが

 :カッコよかったので来ちゃいました。


@sugarless

 :兄弟揃ってイケメンですね。


@音大生

 :秀希さんと並んでるところ

 :見てみたいな!


@青空

 :悠紫派、秀希派で好み別れそう


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【30分前】




「それで、なんですけど…。良い事を思い付いちゃったんですよね(笑)」


「何?」


「秀希くんにゲストとして出て貰いませんか?」



『えっ!!』


エマさんと顔を見合わせた。

瞬間的に怒りが湧いて声を荒げてしまった。



「俺がずっと言ってた事わかって無いのかよ!!」


「わかってるよ。そんなに怒らないで…。」


「売名行為になる事は一切したく無いって言ってんのにバカなのか!?」


「ここまで話題になって記者会見までして、今さら売名行為だなんて誰も思わないでしょ。お父さんを出すとは言ってない、弟だよ!?」


「何が違うんだよ!一緒だろ!」


「面白いかもしれないわね。」


「エマさんまで何言い出すんですか!?」


「あなたの配信はファンか興味のある人しか見に来ないのよ?見る見ないは視聴者の自由。弟を呼ぶ事を告知をしたらそれはダメだけど、会社の宣伝を入れなければ問題にはならないんじゃないかしら。」


「だからってわざわざ弟をゲストに出す必要がありますか?」


「それがね…。」


杏実の表情は自信に満ち溢れていて

意見を変える気など、全く無い事がわかった。



「弟をゲストに出して欲しいとか、弟の話をして欲しいとか配信予告のコメント欄にそんな声が沢山届いているの。売名行為をするのでは無くて相乗効果を狙うのよ。秀希くんにファンがつこうとしている今、それを使わない手は無いでしょ。私たちの目的は神矢悠の音楽を沢山の人に知ってもらう事だよね?悪い事では無いんだからファンの要望に応えようよ。世論を味方につけられたら聴いて貰えるチャンスは増える。売名行為の段階はもう過ぎてるよ。」


「そうね。」


「今日の配信で秀希くんの事、絶対に聞かれるよ?コメント欄には悠くんのMVの感想と秀希くんの名前でいっぱいになるから。直接聴いてみたら?どれくらいの人が菅屋兄弟に興味があるのか。その結果でまた、話し合いましょう。」



――――――――――――――――――――

【現在】


杏実の言う通り、秀希の名前を出す人が沢山居た。

俺の名前の方がもちろん多いが、俺の配信なんだから当たり前だしな?

ムカつくなぁ。



「皆さん。そんなに弟に興味あるんですか?ただの会社員ですよ?」



――――――――――――――――――――

@moon light

 :タイプの違う2人だから興味ありますよ?


@マンちゃん

 :秀希さんがカッコ良くて

 :気になって来ました

 :すみません私…

 :秀希さんのファンみたいです


@にゃんころ

 :SUGAYA自動車に入社したら

 :会えますか?


@たえちゃん

 :2人が並んでるところ見てみたいなぁ


@ラプラ

 :2人とも性格良さそう

 :どうやって育ったか聞きたい


――――――――――――――――――――


「こんなに弟が人気になってるなんて…。驚きですね…。」



もう、いいや…。


「あははは(笑)」



「…………。」


俺が笑うと、なんでこんなにコメントが沸くんだろう。

まぁ、あんまり笑わない方ではあるんだけど…。



「今日、初めて公の場に顔を出したのにやるなぁ。あいつ。あはははは(笑)」


「………。」


はいはい。

わかったわかった。



「さ、弟の話はこれくらいにして…。今日も鍵盤を用意してますので聴いてください。」



――♪♬♪♩♩♫〜



一体どうなってるんだ…。




――――――――――――――――――――

《杏実side》



【配信後】



「ムカつくなぁ。そのドヤ顔。」


「だって私の勝ちでしょ。」


「は?負けてねぇし。」


「ふふっ(笑)」


「チッ。」


悠紫が、私につられて笑ってくれた。




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     ピアニスト 神矢悠

     本日21時より生配信


    〜しばらくお待ち下さい〜

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3日目も予告時間ちょうどに、配信を開始する事が出来た。

静止画の様な神矢悠は、今やお約束になっている。



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@ソルト

 :その角度安定ですねwww


@たえちゃん

 :今日も来れたー!幸せ♡

 :皆勤賞!


@とっく

 :悠さん、愛してますぅ


@btbtbt7

 :今日のMVが1番好きかも。


@Love Y

 :毎日配信!ありがとうございます!


@マンちゃん

 :今日もお邪魔します!


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「………。」


「今日も…沢山の方に来て頂いていますね。ありがとうございます!」


「今日のMVも観ていただけたでしょうか?今日のMVはコンサートホールの舞台にほんの少しセットを組んで頂きました。音響の素晴らしいホールだったので弾いていて気持ち良かったです(笑)」


「昨日も言いましたが、1週間で3曲分作ったので演奏してるか歩いてるかみたいな僕しか映ってなくて(笑)短時間、低予算で作られているので(笑)あまり面白く無いMVかもしれませんが沢山観てくださいね(笑)」


「…………。」


「低予算には見えない? 今、編集スタッフが喜んでると思います(笑)」


「………。」



「あのぅ。」



画面の外から声が聞こえた。

配信を見ている人達はどう思うのだろうか。

コメントを必死に追いかけた。



「ん?」



声は画面左側から聞こえるのに、悠は画面の右側を見ている。


「どこ見てんだよ。」


左側からすかさずツッコミが入る。

すると、悠は左側を向き

「しー!」

っと、右人差し指を口の前で立てた。


「今、配信中なんだから静かにしてて。」


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@SKY

 :なになに!?


@アリス

 :!!!!!


@Love Y

 :誰か居るの!?


@ピアノマン

 :誰だー!?


@マンちゃん

 :え?え?まさか?(泣)


@ゆきんこ

 :聞いた事ある様な…声?


――――――――――――――――――――


「いやいやいや(笑)」


「うるさいよ?」


「いや、紹介してくれないと、出られないんだけど(笑)」


「………。」


「なんなんだよ(笑)いいから早く紹介してよ!(笑)」


「あはははは!」


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@たえちゃん

 :めっちゃ笑ってる(泣)


@まい

 :これは神回決定だろ…


@音大生

 :どうしよう好き過ぎる


@ソルト

 :スクショしまくり!


@チョコ

 :仲良しなのが分かる!

 :これはもう決定なのでは?


@マンちゃん

 :これは(泣)

 :絶対にそうですよね!?


――――――――――――――――――――


「しょうがないなぁ。実は今日、ゲストが来ています。皆さんに紹介しますね。はい、こっち来て。」


悠が手招きすると、チノパンとTシャツというラフな服装のゲストが横に座った。

カメラが少し左に移動すると画面の中に2人が並んで映し出された。



「弟の秀希です。」


「こんばんは。お邪魔します(笑)」





秀希はニコニコと笑い、昨日の記者会見とは別人の様だった。

こうして見ると秀希も、世界的企業の御曹司には見えない。

品の良い可愛い男の子が、今を楽しんでいる様にしか見えなかった。

奇跡の様なイケメン兄弟が並ぶのを見て、私は身震いした。





「わぁ、見て!コメントいっぱいくれてるぅ!(笑)僕のことカッコいいって!!(笑)」


「皆さん優しいだけだよ。」


「兄さんヤキモチやいてるみたいですよ!キャキャ!(笑)」


「…………。」





自然体の2人が、こんなにも対照的だとは思わなかった。

クールな兄と、愛嬌たっぷりな弟。

2人とも狙ってなどいない。

天然さが伝わる。


ふと隣を見ると、エマは配信を見ながら笑っていた。





「弟に関する質問や、ゲストに出して欲しいとの要望など沢山のメールやコメントを頂きました。ありがとうございます。なので…思い切って呼んでしまいました。たぶん、何でも答えると思うので(笑)聞いてください。」


「聞いて下さーい!(笑)だけど、僕の何が知りたいんだろうね?キャキャ(笑)」


「俺もわかんない(笑)」


「僕はごくフツーの一般人ですからね?(笑)面白く無くても許して下さいね!キャハ!(笑)」





2人で仲良くノートパソコンを覗き込む姿は、眼福でしか無かった。

視聴者達もその様で、歓喜に沸くコメントしか流れて来ない。

クールな悠と、可愛い秀希

人気が二分にぶんしている様だ。





「えーっとぉ。僕は兄の一個下の25歳です。恋人?…残念ながら居ません。」


「え?いつから?」


「大学の時に別れてからずっといない。何でだろね?キャ(笑)」


「そうなんだ…。お前やっぱり凄いやつだな(笑)」


「え?何?」


「いや、何でもない。あははは!(笑)」





きっと、悠紫も私と同じ事を思い出していたのだろう。

エリカとの話し合いで、エリカが悠紫から鞍替えでもしようとしたのか

「秀希くん…。」

と声を掛けた時、秀希は


「ごめん。僕、婚約者がいるんだ。」


と答えたはずだ。


なるほど。

悠紫が「野心家で有能な弟が継ぐ。」

と言った意味がわかった。

可愛い顔の奥に隠れる野心。

菅屋兄弟恐るべし。


この2人をこの様にしたのは両親なのか、はたまた2人の執事なのか。

配信の様子を見ながら、

「2人の執事に会いに行ってみようかな」

などと、考えていた。

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