第45話 記者会見

翌朝、

神矢かみやゆうの部署に所属する音響スタッフも含めた全員が、会議の為に集められた。

全員でのミーティングは、私が事務所に入社してから初めての事だった。


昨晩は誰一人、自宅に帰る事も出来ず疲労の色がうかがえる。

それでも最高責任者のエマが会議室に入ると、全員が背筋を伸ばし注目した。



「みんな、お疲れ様。ミーティングを始めます。まず資料を配るわ。これ後ろに回して。」


ホチキス留めされたA4サイズの書類が回って来た。

全員に行き届いたタイミングで、エマは話を続けた。



「先程SUGAYA自動車からマスコミ各社にメールが送られました。手元の資料の中にそのメールのコピーがあります。本日イーストプリンスホテルで、菅屋光司社長と次男の2人で記者会見をするそうです。 この事務所への配慮から特別窓口を設置し、全ての対応をそちらで引き受けてくれます。この事務所のホームページに、問い合わせ先を掲載してくれたので、もうこちらには問い合わせは無いはずよ。」


「良かったぁ…。」


「ね?」



音響スタッフ達が、安堵の声を洩らした。



「流石よね…。こんな短時間に特別窓口が作れるんだから。ミーティングが終わったら皆んな、休んでくれて良いわ。」


「はぁ!良かったぁ。」


「寝られるぅ。」


「何があるか分からないから着替えや、用事を済ませたら直ぐに戻って来てね。仮眠室を開けて貰ったから、そこで寝てちょうだい。」


『はい!』


数名のスタッフが同時に返事をした。



「今夜、2曲目のMVを予定通り公開します。悠くん。」


「はい。」


「今日も配信しましょう。」


「…はい。」


「記者会見の反応によっては、叩かれるかもしれない。だけど、配信で反論や補足が出来る。もし、記者会見の反応が良ければ?あなたの対応次第で神矢悠の方向性が決まる。神矢悠のこの先を決めるのはあなたよ。やるわよね?」



神矢悠の歩む道を、違う誰かに託すなんて事はしないだろう。

菅屋すがや悠紫ゆうしは強くなったのだから。

悠を見ると、覚悟を決めた顔をしていた。



「やります。」


エマは、その力強い声に頷いた。

皆んなの方へ顔を向けるとまた話をはじめた。


「今回のこの様なことは、私にとっても初めての事で…。明確な事を言えなくて申し訳ないと思ってる。だけど、大丈夫よ。神矢悠のピアノがあれば…。だからお願い。神矢悠がピアノを弾いていられる世界を一緒に守って欲しい。」


「当たり前だろ。信じてここまで来たんだ。」


「神田さん…。」


「な?みんな。」


全員が神田の言葉を聞いて、顔を見合わせ頷き合った。


「皆さん。ありがとうございます。」


悠は瞼に溜まった涙が溢れない様に、たくさん瞬きをしながら声を絞り出して礼を言った。


私は…机に置いた資料に、水溜りが出来る程に泣いてしまっていた。




――――――――――――――――――――

今日の夕方のニュースは、どの放送局も

『18時になりましたら予定を変更して、菅屋自動車の記者会見の模様をお送りします。』

と予告を出していた。

局によっては記者会見の最初から最後まで全てを放送するらしい。

私たちはその局を選び見ることにした。




――――――――――――――――――――

「あはは(笑)そうなんですね(笑)あ!すみません。もう18時になりますね。菅屋自動車の記者会見の中継が入ります。ではイーストプリンスホテルと繋ぎます。記者会見が終わりましたらスタジオに戻ります。どうぞ!」




画面が切り替わり、ホテルの中継と繋がった。

長机の手前には、沢山の記者や報道陣の頭が写っている。

机の上には、沢山のマイクや録音機材が並んでいる。



長机の横に立てられたスタンドマイクの前に、パンツスーツの女性が立ち話し始めた。



「皆様。定時になりましたので、始めさせて頂きます。」


画面の左側、下手から弟が現れ

その後ろに社長が続いた。



――パシャ!パシャ!


テレビ画面の下に

『フラッシュにご注意下さい。』

と注意書きが表示された。


2人は長机の所まで来るとこちら側を向き、同時に会釈をした。


――パシャ!パシャ!パシャ!パシャ!



「お座り下さい。」


社長と弟が着席した。



「本日は、菅屋自転車の記者会見にお集まり頂きありがとうございます。司会進行を務めさせて頂きます、広報の谷口と申します。宜しくお願い致します。今回の件についてご説明させて頂いた後に、質疑応答と参ります。皆様のご質問にお答え致しますので、順番にお願い致します。」


広報の谷口が会釈をすると、社長が引き取り話し出した。



「えぇ。この度、菅屋自動車の記者会見にお集まり頂きまして、誠にありがとうございます。お騒がせして申し訳ありません。」


――パシャ!パシャ!



「早速、本題と参りますが…。昨晩、ピアニストの神矢悠が配信中に、私の息子だと公言致しましたが事実です。」


――パシャ!パシャ!パシャ!



「本名を菅屋悠紫と申します。その名前を使わず神矢悠という芸名を使い、自分の力でピアニストになりました。ですから皆様の目に留めて頂けるまでに、これだけの時間が掛かったのです。」


――パシャ!パシャ!



「この先も、私の息子である事を利用する事無く活動する事でしょう。そんな息子の応援を是非よろしくお願い致します。これは、会社としてでは無く、1人の父親としての願いでございます。この様な事はもう二度と言う事はないと思います。私の長男、ピアニストの神矢悠を宜しくお願い致します。」



菅屋光司が頭を下げると、より一層シャッターの音が増えた。

テレビ越しでもフラッシュが眩しい。

フラッシュが落ち着くのを確認してから、菅屋光司がまた話をはじめた。



「今回の記者会見では、神矢悠についての説明に併せまして、次期社長のお披露目もさせて頂こうと思います。彼はまだまだ修行の身ですので、私は直ぐには退きません。期待した方には申し訳ありませんが、私はまだまだやりますよ!悪しからず。ははは(笑)」



会場にいる記者たちの笑い声が聞こえる。

和やかな会場に少しホッとした。



「では、皆様にご紹介させて頂きます。次男の秀希ほずきです。」



カメラが秀希だけを映し出す。

こうしてよく見ると、彼も少し色が白く肌が綺麗な事がわかる。

兄の悠紫が切長の目なのに対し、秀希は奥二重ではあるが丸みがあり優しい目をしている。

父親の光司が過去のインタビューで言っていた様に天使の様な笑顔がとても可愛い。



「皆様、初めてお目にかかります。秀希と申します。次期社長の候補として修行の毎日でございます。また、皆様の前で就任のご挨拶が出来る様、邁進致します。次男の私も是非、お知りおき下さい。宜しくお願い致します。」


秀希が頭を下げる。

また画面がフラッシュで眩しくなった。



「では、ここから質疑応答と参ります。」


司会の谷口の声が聞こえると、テレビ画面には光司と秀希2人の姿が映し出された。



「ご質問のある方は挙手をお願い致します。挙手された方を前から順番にご指名させて頂きます。最後まで行きましたらまた改めてお伺い致しますのでごゆっくりとお考え下さい。では、挙手をお願い致します。」


「はい、では手前の記者様お願い致します。」



「はい。あのぅ、インターネットNNニュースです。秀希さんに質問です。」


「はい。」


「長男さんが継がないから仕方なく継ぐのですか?自分が継ぐ事をどう思っていますか?」



――パシャ!パシャ!



「はい。私は子どもの頃から乗り物が好きで…電車や、はたらく車といった(笑)その様な大きな車などが好きだったんです。なので、父の仕事にも興味があり…母親によく会社に連れて行って貰っていました。中学生になり、経営学にも興味を持ちましたので会社を継げたら良いなと考えていました。兄は小さな頃から無類のピアノ好きで、ピアニストを目指していると言われなくても気付いていました……」



――――――――――――――――――――

《秀希side》


【11年前】



――♪♫♬♩♫〜



(あ、帰って来た。今日は遅かったじゃん。)


兄さんは学校から帰ると直ぐにピアノに向かうんだ。

音色で兄さんの機嫌や気持ちが分かる。

今日は嫌な事でもあったのかな。


高校に入学して間もないのに…。



「今日、兄さん機嫌が悪そうだね。」


「よく分かりますね(笑)」


たくさんもわかるでしょ?」


「はい(笑)分かります(笑)さ、宿題を済ませましょう。」


「はーい…。」



僕の執事の拓さんも、毎日毎日一心不乱にピアノを弾く兄さんを感心してた。

僕は兄さんのピアノが大好きだったから、時々こうして音色が変わる事で心配したり、

一緒に嬉しい気持ちになったりしてたんだ。

それが、ある日を境に波が無くなったんだよね。


――悩んでる。


直ぐにわかったよ。




――♫♩♬♩♩♪〜



「兄さん…。」


弾くのをやめて振り返った。

その顔を見るとやっぱり悩み事があるみたいだった。



「いま、ちょっと良い?」


「何? 長い話ならパス。」


「じゃ、単刀直入に聞くよ。兄さん、いま何か悩んでるよね?ピアニストになりたいんでしょ?」


「えっ?」


「父さんの会社の事、継ぐかどうかで悩んでるんじゃない?」


「あ、えっ…。」



分かりやすく頭掻いちゃってさ。

何でも僕にはわかるんだよ。



「そうだよ…。会社は継ぎたくない。ピアニストになりたいんだ。父さんに打ち明けるべきか悩んでる。」


「僕、高校は受験して違うとこに行こうと思ってる。経営学部のある大学に行きたいから。このままエスカレーターで上がったら経営の勉強が出来ないからさ。兄さんが継ぎたく無いなら僕が継ぐよ。良いよね?」


「え…。本当にそれで良いのか?」


「うん。兄さんの為じゃ無いよ。本当に継ぎたいと思ってるんだ。」


「ありがとう。じゃあ、機会をみて父さんに話してみるよ。」



――――――――――――――――――――

《杏実side》


【現在・記者会見】



「なので、兄はピアニストになり私は会社を継ぐというのは、私たち兄弟には自然の流れなんです。両親は僕たちに好きな事をやらせてくれました。長男が会社を継ぐべきといった考えも無く、僕たち兄弟に平等にチャンスをくれました。そのおかげで僕たち兄弟はやりたい事をやり、良好な関係も保てています。私はこの会社を継ぐ事が夢です。そしてもっと大きくしたい。父を超える事を目標としています。」



「何とも複雑ですな。あははは(笑)ですが、喜ばしい事でもあります。この家に生まれた事を悲観して欲しくは無いですからね。自分の子どもに、自分の歩む道を選ばせる事が出来たのは恵まれた環境だからです。我が社のために一生懸命に働いて下さる社員の皆んなと、寂しい想いをしても愚痴を漏らさずにいてくれた妻、そして菅屋自動車を選び乗って下さる皆様。ひとえに、皆様のお陰だと思っております。」


――パシャ!パシャ!



「乗って下さる皆様が居なければ我が社は成り立ちません。心より感謝申し上げます。」


「ありがとうございます!」



光司と秀希が頭を下げた。

フラッシュの光で一瞬画面が見えないほどだった。



「では、次の方、はい。お隣の記者さまお願い致します。」



「太陽新聞です。自動車のCMなどに神矢悠さんの楽曲を使うなどプロモーションに起用する事はどうお考えですか?」



「我が社の新作発表と、兄の新曲のリリースが重なったからといって起用する事はありません。新商品のコンセプトと楽曲が合えばオファーすると思いますが、その時に決めるのは兄の事務所ですので必ず起用に繋がるとは思っていません。もし起用された場合は、お互いの意見が合致したと思って頂けたらと思います。」



「では、続きまして…。」






――――――――――――――――――――

SUGAYA自動車の記者会見は、息子を2人紹介するだけのものだったにも拘らず、丁寧な質疑応答のため56分にも及んだ。

ニュース番組のアナウンサー達は慌てふためき、感想もままならないままエンディングとなった。





「20時に2曲目のMVを公開しました。観覧数が昨日の4倍になっています。低評価がほとんどありません。今日の配信は21時で予告を出しました。」


「そ、わかったわ。ありがとう。」


「記者会見の反応はどう?」


「好感が持てたなどの良い意見が、大多数となっています。中には妬みの様な嫌な意見もありますがほとんど良い意見です。」


「56分の記者会見だったけど、聞きたいことがちゃんと答えられていて、記者たちも納得してたわよね。」


「最後はもう、聞く事が無くなってましたもんね(笑)あと、圧倒的に多い意見が一つあるんです…。」


もったいぶって黙ると、エマと悠が私に注目して言葉を待った。



「何なのよ。」


「それはぁ、秀希さんがカッコいいっていう意見です!」


「はぁ?」


悠が絵に描いたような苦笑いをした。


「あぁ、やっぱり?人気が出そうだなと思ったわよ。」


「そうですか?」


悠が嫌な顔をしながら聞いた。



「えぇ!どれだけの人間をデビューさせたと思ってるのよ!?」


「ふんっ。」


悠が鼻で笑い首をかしげると、エマが笑いながらチッと舌打ちをした。



「それで、なんですけど…。良い事を思い付いちゃったんですよね(笑)」




この後に続く私の言葉で、神矢悠だけでは無く私の人生まで変えてしまうとは


夢にも思っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る