第43話 メディア進出
ボーナストラックの録音から
1週間が経った。
新しいアルバムの発売日も決まり、毎日があっという間に過ぎて行く。
全てが順調そのもの。
部署のみんなも、充実した毎日に生き生きとしている。
結婚した事で、色んな手続きに追われてはいるが、私の人生の中で1番幸せな時を過ごしている。
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3人分のお弁当を買って事務所に戻ると、エマと悠紫は頭をつき合わせ、何やら話し合いをしていた。
私に気付いたエマは、机の上の写真を裏返して見えない様に隠してしまった。
私に含み笑いを向けている。
エマとの関係も更に良くなり、冗談を言い合ったり
「何ですか?(笑)」
「アルバムのジャケット。決まったのよ。見たかったでしょ?(笑)」
「え!?見たい!見たい!きゃはは!」
悠紫が、恥ずかしそうに目を逸らす。
こういう態度を取られると、どうしても…
意地悪してやりたくなる。
「これ、どうかしら?(笑)」
「キャー!!」
「うるせぇな…。」
「どうしよう!めちゃくちゃカッコいい!」
写真の素晴らしさに…
意地悪が出来なかった。
まず初めに、深い緑のフリルブラウスを着た悠紫の上半身が目に飛び込んで来た。
憂いを帯びた表情と視線が何とも…
艶っぽくてセクシーだ。
右上に顔を上げて、こちらを見下ろし鋭い目線を向けている。
神矢悠のファンはこの視線にドキドキするに違いない。
私はこの時の撮影に同行していたが、これほど素晴らしい写真になるとは思っていなかった。
事務所の屋上、23時。
植木の無い所で、悠紫はフェンスの前に立たされていた。
フェンスの向こうには眩い都会の夜景が広がっている。
広告代理店にいた私は、色んな撮影に同行した事がある。
修正でフェンスは取り除かれ、どこで撮られたかも分からない様な仕上がりになるだろう。
とは思ってはいたが、ここまでとは。
都会の夜景がぼんやりと緑色に光っている。
悠紫のブラウスの深緑と夜景の緑、髪の黒と空の黒。
コントラストが美しい。
緑と黒、2色のグラデーションの中に、悠紫の肌の色だけが唯一白い。
髪はこの撮影の為に短く切り落としていた。
「何でこんなにカッコいいんだよぉ(泣)」
「うざっ(笑)」
涙を拭うフリをして笑うと、悠紫も笑った。
「自分でも気に入ってるでしょ?」
「うん、まぁね。やっぱり顔の左側は映りが良いんだよな(笑)」
「悠紫くんはどの角度からでもイケメンだけど、この写真はもう角度から表情から全部が黄金比率でカッコいいよ!ファンがいっぱい増えちゃうね!ホント何なんだよこれぇ!!きゃはは!(笑)」
「あなたのそうゆうトコ。呆れるのを通り越して羨ましいわ。」
興奮気味にデレデレする私に、エマが呆れて苦笑いを浮かべた。
「前回のアルバムのジャケットは明るかったじゃない?照明も表情も髪色も。その対比で今回はクールにしてみたのよ。音源はジャケットとは逆なんだけどね。」
「前回のアルバムと比べて、今回のアルバムは暖かいイメージですもんね。」
「男性としてもピアニストとしても、成長した姿を見せたくてね。」
「凄く良いと思います。メールで音源サンプルを送っている会社がいくつかあるんですが、ジャケットも送っておきますね。」
「任せるわ。さ、お昼ご飯を食べながら話しましょ。」
「そうですね。」
お弁当とペットボトルのお茶を2人に手渡す。
ここ最近は忙しくて3人で食べるのは久しぶりだ。
「YouTubeでMVの配信の予告を出していて、3日後から一曲ずつ3日間に渡り配信するのですが、ジャケット発表も3日後でしたよね?」
「えぇ。そうよ。」
「ジャケットやMVを見た人は、
「1人で話すなんて出来る気がしないんだけど。」
「コンサートはオーケストラを入れたとしても1人で回さなきゃいけないんだよ?良い訓練になるんじゃない?質問に答えたり演奏したりしてたら、きっと話は膨らむよ。興味を持ってもらうためなんだから、上手く話せなくても大丈夫だよ。」
「そうよ。上手く話せなくても、逆に面白いかもしれないわよね。」
「う〜ん。まず、知って貰わないと。か…。」
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ホームページや、ありとあらゆるSNSコンテンツにMV公開と、生配信の予告を出してから3日が経った。
たった今、YouTubeでのMV公開が終わり、生配信のカウントダウン画像に切り替わったところだ。
悠は、事務所の配信スタジオで待機している。
エマと私はスタジオの横の個室で、ノートパソコンを開き配信が始まるのを待っていた。
――――――――――――――――――――
ピアニスト 神矢悠
生配信までしばらくお待ち下さい。
――――――――――――――――――――
MV公開後、3分の待ち時間だけで直ぐに配信が始まった。
と、同時にコメントが沢山流れて行く。
悠は自分の前に置かれているノートパソコンに目を落とし、流れていくコメントを読んでいる様だった。
声を発する事なく表情も変わらない。
微動だにしない様子に、視聴者達は戸惑っている様だった。
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@たえちゃん
:ん?はじまったの?
@SKY
:クルクルしてる?
@たえちゃん
:固まってる
:電波悪いかも
@MIKAさん
:静止画ですか?
@たえちゃん
:待って
:まばたきしてるww
@ココ
:悠さーん!
:ラビリンス毎日聴いてます!
@たえちゃん
:ラビリンス持ってます!
:次のアルバム楽しみ!
@ピアノマン
:お話ししてください!
:声聞いてみたい!!
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悠はノートパソコンから目を離しカメラを見たが、何も言わなかった。
エマも、私と同様に不安そうだった。
「ねえ。あの子大丈夫?」
「これって完全に放送事故ですよね(苦笑)」
エマと固唾を飲んで画面を見ていると、悠がやっと口を開いた。
――――――――――――――――――――
「こんばんは。神矢悠です。沢山の方が見に来てくださっていますね。ありがとうございます。初めての配信なので緊張しています。皆さんのコメントを読みながら、お話ししてみようと思います。」
悠は表情を変える事無く、ノートパソコンに目を落とした。
また沈黙の時間が流れる。
視聴者がまた戸惑い始めた時、顔を上げて話し始めた。
「来年、2月18日に僕のセカンドアルバム、リボーンがリリースされます。ぜひ聴いてください。コンサートもありますので遊びに来て下さいね。」
――――――――――――――――――――
@btbtbt7
:ジャケットを見て来ましたが
:やっぱりこの方、どタイプかも…
@たえちゃん
:声もやばい♡低っ!
@あこ
:前のアルバムと髪色違ってる
:写真かっこよかったです!
@SKY
:声までカッコ良いなんて聞いてない!
@たえちゃん
:絶対にコンサート行きたい!!
@moon light
:ソレイユで生演奏見ました!
:一緒に居た方は彼女ですか?
@音大生
:ソレイユの話し聞きたい!
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悠はノートパソコンを見ながら話し始めた。
一つの質問に答える度に訪れる沈黙。
静かな配信は神矢悠らしく、ファンもそんな静かな会話を楽しんでいる様に見えた。
「あぁ、はい。髪色は…赤から黒に戻しました。」
「レストランで一緒に居た人は、彼女じゃ無いです…。」
「家族ですね。結婚しているので。」
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@LOVE Y
:結婚してたの!?
@たえちゃん
:軽くショックですぅ…
@ソルト
:彼女じゃ無くて奥さんにサプライズ!?
:最高!
@sugarless
:売れる前に結婚してるとか
:なんか良いな!
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「あの時はサプライズでは無くて。まぁ、なんと言うか。成り行きと言いますか…。どうしてそうなったのかは…内緒にさせて下さい。」
「サプライズは苦手なので、もうやらないです。」
「大丈夫です。サプライズは妻も苦手ですから。」
「年齢は内緒です。」
沈黙のあと、悠が不意に笑った。
コメント欄は、悠の笑顔を褒める言葉でいっぱいになった。
「いや、嘘です(笑)年齢は26歳です。」
「大学院を休学していたのですが、卒業が決まりました。」
悠がノートパソコンから目を離し、カメラを見た。
表情は穏やかだ。
「この配信の前にミュージックビデオが公開されましたが、皆さん見てくれましたか?ここにピアノがあるので弾いてみたいと思います。」
悠がおもむろに、目の前の電子ピアノを弾き始めた。
先程公開されたMV『Tomorrow is another day』だった。
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@たえちゃん
:生配信に、生演奏なんて!
:最高な1日!!(ToT)
@SKY
:笑顔のギャップやばい!
@あこ
:アルバム絶対買う!!
@りょうこ
:この方初めて知りましたが
:ファンになっちゃいました
@ゆきだるま
:カッコいい!
@Taka
:良い曲ですね
@アリス
:良い曲!アルバム聴きます!
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「どうでしたか?この曲は、1枚目のアルバム、ラビリンスに入っているのですが、新しいアルバムにも録り直して入れる予定です。聴き比べてみて下さい。」
「また、明日明後日とミュージックビデオが公開されますので、ぜひ見て下さいね。」
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悠がノートパソコンに目を移すと、表情がほんの少し変わった。
悠を良く知る私たちで無いと分からないほど、ほんの少し。
焦る様な、怒りに似た表情だった。
コメントを見ながら配信を見ていた私たちには、その理由が直ぐにわかった。
「エマさん!どうしよう!?一度止めますか!?」
「待って!悠くんに委ねましょう。」
それは、匿名希望と名乗る人物のコメントだった。
『神矢悠って菅屋光司と親子ですよね?SUGAYA自動車は?二足のわらじですか?』
と、書かれていた。
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