第37話 嘘つきな君に奏でる愛の音①
「本日はお時間を頂き、ありがとうございました。」
「話してる途中で泣き出しちゃうんだもん。びっくりしちゃったよ(笑)」
「お恥ずかしいですね。すみません(汗)」
「いやいや、それだけ一生懸命だって事だからね。僕、熱い人好きだよ(笑)久しぶりにワクワクしたよ。ありがと。」
「そんなぁ(泣)ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
何度も何度も頭を下げる私を見て、
外資系CDショップ『トゥールレコード』日本本社の演奏家部門・最高責任者である彼が私の話を熱心に聞いてくれた。
この業界の新人である私の話を聞いてくれるなんて…。
この業界日本トップの会社だけあって余裕があり寛大だ。
「後でまた、皆んなと聴いてみるよ。」
「皆様に宜しくお伝え下さい。売れてしまう前の今この時に
「わかったわかった。きっと連絡するから。」
「宜しくお願い致します!」
・
・
片岡さんは最後まで笑顔で見送ってくれた。
これが手応えというヤツなんだ…。
リストの半分まで来て一番の反応だった。
・
・
トゥールレコード本社を出て駅に向かう。
駅まで徒歩15分。
一瞬、タクシーを拾おうか迷ったが歩く事にした。
駅の改札は2階にある。
改札に向かうと、すぐ隣にあるパン屋から香ばしい美味しそうな匂いがした。
――ギュルル。
(お腹空いたな…。)
・
・
パンを3つ買い外へ出る。
窓から外を眺め、パンを食べるのに良さそうな所を探すと、大きなバスロータリーが見えた。
緑豊かなバスロータリーに、沢山のベンチが見える。
(あそこにしよう…。)
ただいま14時。
食事も摂らず歩き回り話し続けて、流石に少し疲れている。
自動販売機でペットボトルのお茶を買い、バス乗り場から離れたベンチに腰掛けた。
塩パンをかじりながら、後半戦に向けて1人で作戦会議。
リストを見ながら午前中の事を思い返してみる。
この芸能事務所の仕事は、つくづく奥が深いなと思う。
タレントというのは、容姿が良く歌や演技が上手などの才能があれば、自然と売れると思っていた。
それは大きな間違いだった。
もちろん才能や運も売れる要素だが、タレントの力だけでは売れないし、有名にはなれない。
横柄でわがまま放題、思いやりの欠片もない様な人間は、いくら才能があっても干されて終わり。
自分に関わるスタッフに、どれだけ愛されるかがカギとなる。
事務所スタッフの戦略や行動力があってこそ、タレントが光り輝き注目される。
その後やっとタレントは表舞台に立ち、真の才能のある者は人を魅了し知名度を上げる。
うちの部署は人数が少なくても、全員が神矢悠を信じて一生懸命に動いている。
誇らしさの中に、何故か嫉妬が入り混じっていた。
(私が誰よりも1番愛してるんだからっ)
私は一体、何と張り合っているのだろうか。
空を飛ぶ鳥を目で追いながら、フッと笑ってしまった。
もし悠紫と別れたら…
やはりこの仕事は、辞めなければならないのだろうか。
別れたとしても、側に居てこの仕事を続けたいい。
付き合うとか結婚とか、こだわったりしない。
ただ、側に居たい。
そんな事を考えてみるが、もうどうにもらならい。
悠紫に何度訴えても、理解してもらえなければ終わりなのだから。
でも、どうしてこうなったんだっけ?
何がいけなかったのか。
私の行動の全てが、いけなかったのかもしれない。
自分にも、悠紫にも腹が立つ。
(ムカつく!ムカつく!ムカつく!!)
「もう!! ムカつくなぁ!!」
口から心の声が漏れてしまった。
でも、ほんのちょっとスッキリした。
「それ、俺の事?」
後ろから声をかけられ、ドキッとして身体がちょっとだけ跳ねた。
聞き覚えのある声に、振り返って笑ってしまいそうになる。
(ガマン、ガマン…。)
「そうだよ!!」
「ノールックで答えんな(笑)」
「ふんっ(怒)」
事もあろうかその声の主が、私の身体に自分の身体を密着させ座った。
左手を私の腰に回したりなんかしている。
馴れ馴れしい奴め。
でもやっぱり…、笑ってしまう。
私はこの人に弱いのだ。
私の、大好きな人。
悠紫の顔を見ると、複雑な表情をしていた。
どうやら反省しているらしい。
「ごめん。」
「ごめん?(笑)」
「ごめんなさい。」
「ふんっ(笑)」
私の笑顔を見て、悠紫もほんの少し笑ってくれた。
手に持っていたパンを、悠紫の口に持って行くと、悠紫は迷わずかじった。
「塩パン(笑)」
「(モグモグ)うん(笑)」
悠紫が目の前にいて、笑ってくれる事が嬉しかった。
とりあえず、ややこしい話は後回しにしよう。
この笑顔を消したくない。
「何してるの?どこか行くの?」
「まぁね。 トゥールレコードは終わった?」
「うん、終わってお昼ご飯。」
「じゃ、あと半分だね。」
「え、なんで?」
私の質問を無視して、悠紫は話を続けた。
「名刺は?受け取ってくれた?」
「9…枚…かな。」
「え?凄いじゃん(笑)」
「へへ(笑)」
「返事貰えそう?」
「トゥールは絶対大丈夫だと思う。あと反応が良かったのは2箇所かな…。」
「そっか。」
「私…、チームから外れたくない…。」
「わかってる…。俺のために…ありがとう。」
「悠紫くん…。」
「俺も、今から一緒に行くから頑張ろ。」
「えぇ?」
「何?」
「ヤダよ!」
「はぁ?」
「悠紫くんは来なくて良いよ。」
「なんでそうなるの?(苦笑)」
「なんか、ヤなんだもん。」
「何が!?(苦笑)」
「営業してるの見られたくない…。」
「しょうもねぇなぁ!そんな事言ってる場合かよ。それ食べたら行くよ!」
「えぇ〜!」
嫌がる私を見て、悠紫が笑っている。
一生懸命に営業をする姿を、悠紫に見られるのが気恥ずかしい。
そんな、くだらないと笑われて当然な気持ちもあるのだけれど、それだけではない。
好意的な反応を示してくれる会社ばかりなら良いが、あからさまに嫌な態度をとったり嫌味を言う会社もあった。
悠紫本人に営業の辛さを経験させたくない。
タレントは何も知らず、表舞台に立っていれば良いと思う。
裏で起こる、嫌な部分は知る必要は無い。
それに…、
私は悠紫の恋人だから…。
嫌なことを言われている姿を見て、悠紫が何も思わない訳はない。
それを思うと憂鬱だった。
残り、15社…。
良い会社ばかりなら良いが、そうは行かないだろう…。
「他にパン無いの?」
「あるよ?」
悠紫もお昼ご飯を食べていなかった。
悠紫は私の心配を余所に、楽しそうにパンの袋を漁った。
パンを分け合い食べた後
悠紫に促されるまま、次の営業先へと
足を進めた。
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