第35話 エマ部長の華麗なる采配
《エマside》
【7ヶ月前】
「
「はい?」
「私と一緒に………。」
「ん?」
「世界デビュー、目指さない?」
「え?」
「準備はしていたのよ。あなたにその意思はある?」
「あります!世界デビューしたいです!僕の本当の夢は世界デビューです!」
悠の顔は真剣そのもの。
日本だけに留まる気はないって事は、初めから分かっていたわ。
「じゃあ、その音をアルバムにしましょう。」
私が微笑むと悠も返してくれた。
「ありがとうございます!」
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【昨日】
「順調に行くと思ったらまた音が曇りだしたの。楽器屋のオーナーさんがその人を好きだと言っているのに、ずっと一緒に働いているのが気になるって。『僕と一緒に働けば良いのに』って言うのよ?最初は何言ってんのかしら?って呆れたわよ。」
亜弥がうんうんと頷きながら聞いている。
「でもね。悠くんは愛に生きるピアニストなの。その人が側にいればどんなに素晴らしい音になるかしら?彼の求める最上級の幸せは、その人が側に居る事。私の求める彼の世界デビューの形、それを実現させる為ならなんだってするわ…。」
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【4ヶ月前】
2ヶ月前、悠紫のプライベートでのゴタゴタの延長で、その人が楽器屋を辞めた。
辞めてすぐ、悠とその人と私の3人で食事をした。
初めて会うその人は名前を、
ずっと思い浮かべていた想像とは違っていたのよね。
私の一つ年上だし急に姿を消す様な人だから、気の強いキツイ感じの綺麗系を想像してたんだけど。
実際は、可愛らしさも兼ね備えた綺麗な人で笑顔が優しい。
広告代理店でバリバリ働いた過去があると聞いていたけど、仕事の出来る人だとすぐにわかった。
この人をチームに入れたら間違いなく、うちの部署は成長出来るでしょう。
悠の為だけでは無く、この部署の為にも欲しい人材だと思った。
だから初めて会ったその日に、悠の側で一緒に働いて欲しいと頼んだけどやんわりと断られてしまった。
常識もちゃんと持っている。
悠の人を見る目も確かだった事が嬉しかった。
私は目標に真っ直ぐなの。
何度断られたって諦めないわよ。
杏実と初めて会った日から約2ヶ月間のあいだ、お互いお酒が好きなこともあり何度か食事に行ったりした。
その間、杏実の身の上話は一切聞かず口説く事に力を注いだ。
何度断られた事か…。
この日、私と悠は最後の追い込みにかかった。
事務所近くの喫茶店に悠と一緒に入り、杏実の到着を待つ。
杏実はいつもと違う雰囲気をすぐに感じ取った様だった。
私は杏実の勘のいい所も気に入っている。
4人掛けのテーブルに悠と私が並んで座るのを見て
「え?」
と、一瞬戸惑っていた。
「俺、今日はこっち側。」
その言葉を聞いて全てを察した杏実は、私の目の前の席に座った。
悠の前に座らないあたり流石ね。
「いつも断られてる、あの話しなんだけど。」
「はい。」
「悠さんの側でサポートしてくれないかしら。世界デビューにあなたの力が必要なの。」
「何度も言ってますけど、私達付き合っているんですよ?私には良い事に思えません。」
「ちゃんと仕事してれば良くない?」
悠がすかさず口を出した。
「どんな顔して仕事するのよ。」
「難しく考えないでよ。」
「楽器屋さんをやっと辞められたのに、まさか戻らないわよね?」
「それは…。」
「はぁ?マジかよ…。」
悠が乱暴に、背もたれにもたれ掛かった。
今までの悠の気持ちを考えると、楽器店に戻るなんてあり得ないわね。
杏実のこのリアクション…。
本当に戻る気なの?
「お店の方は新しい従業員が来たんでしょ?」
「その人は
「だからってあなたが戻る必要ある?オーナーは杏実さんが好きなんでしょ?」
「もう、それは無いですよ。」
「そんな事分からないでしょ?だからずっと悠くんは苦しんでるのよ。悠くんの不安とか嫉妬とか、分かっているくせに無視し続けるつもり?」
「……………。」
「杏実さんも悠くんの音楽のファンなら、聞いてみたくない?負の感情が無い幸福の音を。一枚目のアルバムは悲しみに溢れていて、二枚目は幸福感しかない…。変化に気付いた人は知りたくなるはず。彼に何があったのか。そして追いかけずにはいられなくなる。」
杏実は真剣に真っ直ぐに私の言葉を聞いていた。
「あなたはこのプロジェクトの一部なの。ただ単に好きな人に側にいて欲しいなんて浮ついたものでは無いのよ。彼に悲しみを与えた罪があるならば、幸福も与えるべきでは?」
杏実が悠を見た。
その目から罪悪感が伝わった。
「彼の求める絶頂の幸せを感じている状態で世界デビューさせたいの。杏実さんも最高な状態で世界デビューさせたいって思うでしょ?」
「…………。」
「杏実…。 俺には杏実が必要なんだよ…。」
杏実は黙って悠紫を見つめていた。
真剣だった表情がほんの少し柔らかくなり口を開いた。
「私たちの事、誰にも言わないで下さい。」
「もちろん、そのつもりよ。」
「私も、悠紫くんの音が変わるなら聴いてみたいです。本当にそんな事が…私に出来るなら、光栄に思います。」
悠が嬉しそうに笑っている。
私も嬉しかった。
世界デビューに一歩近付いた。
絶対に成功させてみせるわ。
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・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【昨日】
「杏実を説得するの、大変だったのよ。なのにあなたにいじめられちゃって。辞められたらどう責任取ってくれるの?」
亜弥が複雑な顔をしている。
口答えをする気力は無くなったようね。
「私は悠くんの音楽が、幸せに満ちている時に世界デビューさせたい。世界中の人に愛を与えるピアニストになって欲しいの。」
「…………。」
「さっきあなた凄い剣幕で怒ってたけど、どういう事?そんなに怒る必要ある?あわよくば悠くんと付き合いたかった?」
「そ、それは、その…。」
「あなたの契約違反は許されるとでも思ってるの?それとも辞めれば済むとでも?そんな事を考えてる人は、このチームに要らないんだけど。」
亜弥が驚き泣きそうになった。
亜弥に辞めて欲しいなんて本気で思ってはいないけどお灸を据えないと…。
「どうする?全てを納得した上で、ここにいて悠くんの世界デビューに立ち会うか、このチームから外れて悠くんと関わらずに生きていくか。選ばせてせあげるわ。よく考えなさい。」
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《杏実side》
【現在】
「で、亜弥はここに残る事を選んだの。口止めしてあるから大丈夫よ。」
「よく、納得しましたね。」
「元々、悠くんに脈が無い事は気付いてたみたいなの。なのに、あなたと仲が良くなって行くから悔しかったみたい。」
「脈は無かったんですか?」
「はぁ?(笑)亜弥はちょっと軽い所があるのよ。硬派な悠くんには苦手なタイプだと思うわよ。この事務所にも元彼が3人も居るし。」
「3人!?」
「独身者だけの飲み会に連れてく事を約束したから、もう大丈夫よ。」
「納得してくれたなら良いですけど…。」
「さ、次はあなた達ね。」
エマは私たちの問題にもちゃんと向き合ってくれようとしている。
悠紫の音楽の為とは言え、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「今日、杏実には営業に行って貰うわ。悠さんを売り込みに行って貰います。」
「誰と行くんですか?」
「この部署、人居ないのよ?1人に決まってるでしょ!」
「そんなぁ!無理です!!」
「やったこともないくせにどうして無理だなんて分かるのよ。」
「やった事が無いからです!お手伝いしてくれる他の部署の方達が居るじゃないですかぁ!1人でなんてどうやって話を進めたら良いんですか!?」
「営業の為に手伝いを要請するなんて出来ないわよ。簡単な事でしょ?いかに素晴らしいピアニストなのか、思う事を話せば良いのよ。悠くんの良い所をたくさん考えて興味を持って貰えるように組み立て話す。つまんない話だとすぐに追い返されるけどね。」
「私の話なんて誰も聞きませんよ(泣)」
「リストを渡すわね。上から順番に回れるように作ってあげるから。」
ダメだ…。
営業に行くのは決定事項のようだ。
「30社位あったかなぁ。そうね...半分?それは可哀想か…。最低10社に名刺を受け取ってもらう。さらに5社から連絡をもらう事。それが条件ね。」
「じょ、条件!?条件てなんですか!?」
「それをクリアしなければチームを外れてもらうわね。」
「そ、そんな…ここまで来たのに!(泣)」
「悠くんの良さを1番知ってるあなたなら簡単な事よ。広告代理店で鍛えられてるでしょ?大丈夫よ。頑張って。」
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――――――――――――――――――――
(どうしよう…野に放たれてしまった。)
エマの作ったリストを片手に事務所を飛び出したものの、まだ覚悟が出来ていなかった。
駅に向かうまでの道すがら、話すプランをシミュレーションしてみるが正解がわからない。
営業なんてした事がないのに…。
不安でしか無かった。
(よりによって、ケンカしてる時にこんな仕事が待ってるとは…。はぁあ!)
ケンカした時だからこそだ。
エマの目的はだいたい分かっている。
(だけど、悠紫くんが納得してくれなきゃ仲直りする意味無いんだよなぁ。)
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《エマside》
朝のいつもの会議で、神田と悠は杏実が居ない事を特には気にしていなかった。
今までも他の用があって居ない事は多々あった。
今日も外部の仕事はないから特に話し合う事もない。
悠達は直ぐにスタジオに向かった。
私は使い捨てのコーヒーカップを片付けてからスタジオに向かうつもり。
アレンジとやらを聞かせてもらおうじゃない。
こんな状態じゃ期待してないけど。
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・
スタジオに入るとピアノの音が聞こえた。
タイミング良く演奏中だった。
――♪♩♬♩♫♪♬
「は?」
何なのこの音は。
4人の音響スタッフが私に気付いて挨拶をした。
「直ぐにやめさせて。」
「はい!悠さん!すみません。中断します。」
音響スタッフのリーダーの
悠はこちらに顔を向け私を見つけると
深いため息をつき、立ち上がった。
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