第34話 エマの野望

悠紫ゆうしが来る前に、まず亜弥との問題を解決しなくてはならない様だ。


必死に気持ちを切り替え、亜弥に向き合った。

この状況を作ったのはどうもエマらしい。

エマが亜弥側に立ち説明した。



「こんな時に訳が分からないだろうけど、話し聞いてあげて。あなた達には申し訳ないけど亜弥には2人の事話させて貰ったわ。」


「あのぉ、杏実さん。悠さんとお付き合いしてたんですね。…正直に言うと私、悠さんが好きでした。」


「はい。気付いてましたよ。」


「そうですよね(苦笑)前から居た私より、最近入社した杏実さんにばかり悠さんが構うから…羨ましかったんです。私このチームで悠さんの世界デビューを見届けたいです。だから…私をチームに居させて下さい。」



亜弥がしょんぼりした顔で俯いている。

俯く亜弥を眺めながら

(私と別れたらこの人と付き合うのかな。)

などと考えていた。



「どうして、私にそんな事を頼むんですか?私にはそんな権限はないですよ。エマさんや悠くんが考える事です。」


「だけど、杏実さんが悠さんに私を嫌だと言えば、きっと私をどうにかしようとしますよね…。」


「私、そんな事しません。」


「!?」


亜弥が分かりやすく驚いた顔を見せた。



「この際ですからお知らせしますけど、私が言わなくても悠くん、色々知ってましたよ。亜弥さんのしてた事とか言った事とか。」


「どうしよう!!冷蔵庫から勝手に杏実さんの飲み物を飲んだり、カバンにゴミを入れたりした事も!?」


「何それ?…亜弥さんだったんだ(苦笑)」


「わ!あの、あれです!違くてその!…すみません…。」


「もう良いですけど(苦笑)」


またしょんぼりしてしまった。

反省しているようだ。



「悠くんが亜弥さんのした事を知ってるのにチームから外さないのは、亜弥さんを必要だと思っているからじゃないですか。」


「え?」


亜弥が顔をあげた。


「昨日、私達…ケンカしたんです。別れるかもしれません…。外されるなら私の方です。」


「ケンカ位で別れる仲なんですか?エマさんの話ではそんな風に感じませんでしたよ。」


「どうでしょうね。」


次は私の方がしょんぼりしてしまった。

亜弥はエマに向きを変えた。


「エマさん。悠さんが来るまでにスタジオの準備をしてきます。」


「うん、お願い。」


亜弥の後ろ姿をエマと見送った。

悠紫は本当に来るのだろうか。



「エマさん、悠くん来るんですか?」


「来るって連絡があったわ。昨日の楽曲だけど、違うアレンジが思いついたからそれもやってみたいって。」


「そうなんだ…。いや、それより、さっきの何ですか?エマさん一体何したんですか?」


「何したってなによ。一から話してあげただけよ。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《エマside》


【昨日】



「エマさん!!!」


はぁ、亜弥の叫び声から始まる朝。

ロクなもんじゃないわね。

どうせ今日も、大した事じゃないんでしょ。



「静かにしなさい。」


「杏実さん契約違反してます!クビにして下さい!」


「はあ?契約違反?どんな悪い事してるのよ。」


「社員と所属アーティストの恋愛は禁止ですよね!?悠さんと杏実さんが手を繋いで歩くのを見ました!あの会話は付き合っているとしか思えません!契約違反です!」


とうとうバレたか。


「あの女、元々悠さんのファンで近付くのを目的に入社したんじゃ無いですか?エマさん騙されてますよ!」


仕方がない。

亜弥にだけは話すか。

アクリルの壁の中には私たち2人しか居ないけど、念のため端の方に連れて行き小声で話す様に促した。

私も小さな声で話す。



「杏実は契約違反にはならない。」


「はぁ?どうしてですか?」


「入社する前から付き合ってるから。」


「…………」


亜弥は黙ったまま目をキョロキョロと動かし考えている様だった。

とうとうブツブツと独り言を言い出す始末。



「は?え?どうゆう事?じゃぁ、え?あ!そうゆう事?」


「わかった?」


「入社前から付き合ってるって?どうしてそんな事するんですか?付き合ってる人を入社させて担当にするなんて異常です!」


「あなたにそんな事言われたくないわ。私には目的があるの。杏実が入社してから悠くんの音楽、変わったわよね?あなたも業界人の端くれなら、気付いてないなんて言わせないわよ。」


「……それが何なんですか?」


「私は、彼を世界デビューさせたい。世界中の人に愛されるピアニストにしたいの。」


「悠さんの世界デビューと彼女の入社、なんの関係があるんですか!?」


「あなたには、悠くんとの出会いから話す必要があるわね。彼はね、メンタルは弱くないんだけど…。心が音色に、影響してしまうのよ。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【約2年前】


この時、担当していた男子6人のアイドルグループが、だんだんと世間に知られる様になって来たところだった。

バラエティ番組に初めて出たとき、面白いし可愛いと話題になったの。

今や6人ともドラマやバラエティ番組など見ない日はない程の大スター。

私の見る目はいつも正しかった。


悠紫に初めて会ったのは、高級ホテルの会員制ラウンジだった。

そこでピアノを弾いていたわ…。




その日は、大手テレビ局のプロデューサーとの打ち合わせだった。

新しいバラエティ番組に6人を週替わりで2人ずつ出演させてくれるという。

キャラや容姿など、どの組み合わせにしたら良いかを一緒に考えていた。

ペアを3組作り出演順を決めて今日の会議は終わり。

先方はすぐに帰って行った。


会議中ずっと気になってたピアノをじっくり聞いてみようと、コーヒーをやめてロイヤルミルクティーをお代わりした。


ピアノを弾くのは随分と若い男の子だった。

黒のスラックスにネイビーで合わせたブラウスとベスト、蝶ネクタイ。

それとは対照的な白い肌。

優雅にピアノを弾く彼は、清潔感があり品もあった。

ずっと観ていられる容姿をしている。

だけど、この音色は何なの?

胸がザワザワする。

こんな悲しくなる音は初めて聞いたわ。

この子は何かを抱えているに違いない。

この子の事が知りたい!

こんなに興味深い人に出会ったのは久しぶりだった。

どんなにワクワクしたか。

誰にも分からないでしょうね。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【昨日】


亜弥が次の展開を知りたいって顔で、黙って聞いている。

怒りは収まったようね。



「次の人との交代までの1時間、悠くんのピアノを聴き続けたわ。ピアノから離れた時に声を掛けたの。聞けば好きだった人が目の前から消えて辛いって。ニューヨークにピアニストとして渡ったけど、音色が悲し過ぎるって追い返されたそうよ。私の耳は確かだって自信が付いたわ。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【約2年前】


悠紫を捕まえて話を聞きたいと無理やり座らせた。

怪訝な顔をする悠紫に名刺を渡すと、表情が一変した。

そうなればこっちのもんよ。

何でもご馳走するわよと言うと、コーヒーでいいと言う。

私もコーヒーのお代わり。


初対面の彼は、私にすがり付く様に色々と話してくれた。

色々と言ってもただ1人の女性の事だけだけど。

なんて痛々しいのかしら。

立ち直って演奏のバイトをしていると言うけど、私には立ち直ってる様には見えない。

悲しみに打ちひしがれている今の音を収めてみたい。

録音だけでもさせてくれないかしら。



「あの。」


「うん?」


「僕ピアニストになりたいんです!デビューさせて貰えませんか!?すぐにデビューしたいんです!」


「あなたならその内、デビューできると思うわよ。」


「その内じゃダメなんです!今すぐにでもしたいんです!」


「どうしてそんなに急いでいるの?」


「ピアニストは小さい頃からの夢です。目の前から消えたあの人は、僕がピアニストになるのを信じてくれていました。早くピアニストになって、夢を叶えたことを知って貰いたいんです。連絡をくれるかもしれない...お願いします!」


「う〜ん。うちの事務所は演奏家を扱う部署が無いのよ。アイドルとか歌手の事務所でね。」


「なんとかなりませんか!?お願いします!」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【昨日】


「人探しをしているピアニストなんて面白いじゃない?生き別れた親とかそんなんじゃなくって愛する人だなんて。なんてロマンチックなの!探しているその人が見つかったら、音色が変わるかもしれない。聞いてみたくなった。あの音色が悲しみから愛に変わったら…世界に行ける。だから部署を作ってデビューさせたのよ。」



悲しみに満ちたアルバムを一枚作ってデビューさせた。

悠の作る楽曲はどれも良い。

だからクラシック音楽の好きな人や、ピアノをしている人達の中で徐々に人気は出て来ている。

世界に行く為にはそれではダメなの。

万人から愛される必要がある。

愛に満ちたアルバムを作らなくちゃ。

その為に本格的にその人を探そうと思っていた矢先だった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【7ヶ月前】


悠が事務所に来るなり2人で話したいと言った。

廊下の隅に連れて行くと、さっきその人が見つかったと言う。

それなのに、辛そうだった…。



「で?どこで見つけたの?」


「横浜の楽器屋に居ました。」


「横浜!?」


「はい。やっと再会したのに、僕を避けたんです。どうしてなのか理由が分からなくて...。だからとっさに、そこでバイトさせて欲しいとお願いしてしまったんですが契約違反になりますか?」


「そんな事は無いわよ。復学中だし好きにしなさい。私の作った部署だし、ルールも私次第よ(笑)」





程なくして、悠のピアノの音色が変わった。

優しく暖かい愛に満ちた音色だった。

私の求めていた音。



「ピアノ、変わったわね。」


「一緒に暮らし始めました。」


「いつのまに、そんな事になったのよ(笑)」


「僕、いま、幸せです。」


「ちゃんとピアノに表れてる。思った通りだわ。」




私はただ自分の信じる道へ進めば良い。



小さく見える光を辿ると、そこには決まって大きく光輝く星がある。

私はいつもそんなふうにして進んできた。



「悠くん。」


「はい?」


「私と一緒に………。」


「ん?」




「世界デビュー、目指さない?」

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