第33話 致命的な喧嘩

「あのさ、俺…。最近、彼女が出来たんだよね。」


「うえぇぇ?で?」


「で?ってなんだよ(笑)結婚も視野に入れて付き合ってるよ。」



次の約束をどうやって阻止しようかと必死に考えていた私は、星准せいじゅんの思わぬ告白に

祝福する気持ちよりも、安堵する気持ちの方が強かった。



「そうゆう事は早く言いなよ!居るんだよなぁ、お開きって時に凄い話しするヤツ(笑)」


「しょうがないじゃん。なかなか言えなかったんだもん。」


「今日連れて来たら良かったじゃん。」


「ホントよー。そんな人が居るなら連れて来なさいよ。」


「じゃあ、次回に(苦笑)」


「星准なら幸せになれるよ。おめでとう。」


「まだ、結婚は先だよ?(笑)でも、うん。ありがとう。」




次回、星准は恋人を連れてくる。

こんなに嬉しい事は無い。

星准は幸せだし、私たちもこれで楽になれる。

一番良い形で4人で会う事を阻止する事になり色んな意味で嬉しかった。





星准に恋人が出来て悠紫ゆうしの気持ちも楽になったと思ったのに、帰り道でも口を開こうとしない。

最寄り駅から家に向かう途中に公園があり、横切ると近道になる。

公園に入った所でようやく口を開いた。



「早苗さんと2人でって言ったとき何考えてたの?もしかして俺に気使った?」


「よくわかったね。」



悠紫が歩みを止めた。



「当たり前だろ。」


「もう、定期的に会うのはやめよって言おうと思ったんだけど、星准に彼女が出来たし次回連れてくるだろうから言わずに済んだよ(苦笑)幸せそうで良かったよね(笑)」


「本当は、ショックだったりするんじゃ無いの?」



直ぐに言葉が出て来なかった。

星准に恋人が出来て全てが解決すると思ったのに、そうは行かなかった。

悠紫は私から目を逸らし、辛そうな表情をしていた。



「ずっと聞きたかったんだけど、どうして星准はダメなの?」


目を逸らしたまま返事をしようとしない。

私は話を続けた。



「私が会社で、どんなに男の人と仲良さそうにしてたって全然気にして無いじゃん。なのに何で星准はダメなの?」


「3年だからだよ!!」



私の目を見据え声を荒げた。

少し心臓がドキドキしている。

正直言うと、少し怖かった。



「俺とは1年…。それも付き合って無かった。なのにあの人とは3年も一緒に居ただろ!」


「時間の問題!?それならこれから一緒に居れば埋まっていくでしょ!?」


「3年の間、何も無かったって信じると思ってんの!?」


「は?何も無かったよ。」


「じゃあ、証明しろよ。3年も一緒に居たのはあの人とのアレが良かったからだろ!」



(どうしよう。この人の言っている事が理解できない。)



絶望感が襲う。

悠紫の心を救う事が出来そうにない。

でも、私は本当に星准とは何も無かった。

ただひたすら訴え続けるしかない。



「付き合って無い、好きになった事も無いって何回言えば良いの?」


「付き合って無くても好きじゃなくても、やろうと思ったらやれんだろ。それが良かったから離れられなかったんだろ。」


「私、好きな人としかそんな事やれない!ひどいよ。最低な事言ってるって自分で分かってるの?」


「じゃあ、なんでずっと、3年も変わらず一緒に居たんだよ。一緒に居たい理由があったからだろ!」


「悪い事も無かったし、そのまま居続けただけだよ。理由なんて無い!」


「あんなに杏実が好きだった人が杏実に手を出さないはずがないだろ!何も無かった事、証明してみろよ。」



(もう…。ダメだ…。)



「証明なんて…出来ないね。」


「だよな。」



(関係があった証明だって出来ないのに何言ってんだろう。)



「もし、仮に、そんな事があったとしたら何なの?過去なんて変えられないのに。」


「あった事をひた隠しにして、2人の秘密みたいにしてるのが嫌なんだよ。上手く隠せてるって2人で笑ってんだろ!」


「いつまで、そうやって無かった事の妄想に取り憑かれて苦しむつもり?ずっと1番に…悠紫くんを1番に考えてたのに…ショックだよ。私の…何を見て来たの?全く理解出来ない。酷過ぎるよ。」


「じゃあ、もう、こんな俺とは一緒には居られないよな。出て行きたかったら…」


「…え?」


「…出ていけよ。」



どういう意味で言ったのだろうか。

意図がまるで分からない。

ただジワジワと更なる絶望感が襲う。



「そう...そうか...。追い出したかったのか。人のせいにしないで、普通に言いなさいよ。出て行けば良いんだね…。望み通り出て行ってあげるよ。」



目を逸らしていた悠紫が私の顔を見る。

今の私に、悠紫の表情から感情を読み取る事は出来なかった。

もう言葉も出ない。

悠紫に、さっきの言葉を撤回して貰いたかったのに、何も言ってくれなかった。


悠紫を置いて家に向かった。





(絶対に泣かないんだ…。泣いてすがったり出来ない。)


後ろを付いてくる気配がない。

胸が痛かった。

追いかけて引き止めて欲しかったのに、追いかけてくれない。



(どうしよう。もう泣いちゃいそうだよ。出て行くなんてしたく無い。気付いてよ。私は嘘つきなんだよ…。)





追いかけられないまま家に着いてしまった。

自室に入りへたり込むと、玄関の扉の音が聞こえた。

悠紫も直ぐに自室に入って行った。



(なんだ、すぐ後ろに居たんだ…。私の部屋には来てくれないんだね。こんな終わり方は…やだな。)




――――――――――――――――――――


翌朝、私はいつも通りに朝食を作った。

悠紫が部屋から出て来たらどんな顔をしようか、すぐに声をかけずに無視してみようか。

あれこれ考えたが、悠紫は決まった時刻になっても出てこなかった。


悠紫は本気で出て行って欲しいのだろう。

今になって悲しみが込み上げてくる。


今日、悠紫は事務所に来るだろうか。

悠紫が来なくても問題にはならないが私は違う。

今日は家に引き返すなんて出来ない。

社員証や財布にスマホ、自転車のカギなど忘れ物が無いかを何度も確認する。

いつもより早くに家を出て会社に向かった。




――――――――――――――――――――

《悠紫side》


昨晩の俺は、飲み過ぎた訳では無い。

何がきっかけで爆発したかもよく分からない。


先を歩く杏実を見ながら『ムカつく』と『どうしよう』で心の中が揺れていた。

図々しくも俺は、泣いて嫌だとすがってくれる事を期待していた。

でも怒りに任せて歩く杏実は、一度も振り向いてはくれなかった。



もしかしたら、取り返しのつかない事をしてしまったのかもしれない。

だけど、ずっと気に食わなかったのは確かだ。

俺だったら3年も一緒に居て何も無いなんてあり得ない。

1年だってよく我慢してたよなって思うし。

過去は変えられない、だから関係があった事をどうのこうの言うつもりはない。

関係があったと素直に言ってくれたら、もう会うのはやめて欲しいと言えるのに

そうさせてくれない事に腹が立っている。


ついて良い嘘と悪い嘘がある。

杏実は俺の為に嘘をつき、墓まで持って行こうと思っているんだろう。


そうじゃないんだよな…。




時間が経てばひょっこりとベッドへ潜り込んでくるかもしれないと思って、いつもの様に右側に入った。

だけどなかなか来てくれない。

杏実が来てくれる事を期待し過ぎて、なかなか寝付けなかった。

やっと寝ついたと思ったら、すぐに目が覚めてしまった。



起きてから1時間程してリビングの方で物音がした。

これから朝食を作ったり洗顔をしたり、杏実の平日が始まる。


起床時間ピッタリだな。

杏実は眠れたのかな…。



今日は1人で朝ごはんを食べるのは可哀想だなと思いつつも部屋を出られないでいる。

どうしたら本当の事を話してくれるのだろう。

このままでは、何も無いとずっと嘘をつくだろうし…。


悩んでいる間に、杏実は家を出て行ってしまった。


何でこんなに早くに出ていくんだ?

もしかしたら荷物を持って出て行ったかもしれない!

慌てて部屋を出るとガラステーブルの上に、手作りのハムサンドが置かれているのが見えた。

リビングもキッチンも変わった様子は無い。


杏実の部屋を覗くと荷造りしている様子も無かった。


良かった…。


いや、安心して良いのか?

杏実の真意を確かめるまでは安心は出来ないよな…。


俺が出て行けと言ったのに、出て行ってくれるなと願っている。


そんな虫のいい話…ないよな。

呆れて睨みながら笑う、杏実が見たいよ…。




――――――――――――――――――――

《杏実side》


自転車を押しながら会社に向かっていると涙が出て来てしまった。

悠紫は何も言いには来てくれなかったどころか顔さえ見せてくれなかった。



(悠紫くんは別れちゃって良いんだ?私は別れたくないけど。私は悪く無いのに謝るのは変だし。今日、仕事出来るかな…。)





自分のフロアをいつもより入念に掃除が出来た。

気が紛れるかと思ったが、そんな事は無かった…。



「はぁぁ。」


「おはよ。ため息なんかついてどうしたのよ?」



後ろからエマに声をかけられた。



「おはようございます。うぇ。うぅ。」


「ちょっと!何で泣き出すのよ!」


「どうしたら、良いのか、わか、りません(泣)」


「私が泣かしたみたいになってるじゃない。前置きはいいから早く話しなさい。」


「悠紫くんと別れるかもしれません。」


「はぁ、くだらない。犬が食わないってヤツあなた達もするのね。どうでも良いけど早く仲直りしてね。今日も録音あるんだから。」


「初めてケンカしたんです。仲直りの方法が分かりません。」


「杏実は別れたいの?」


「別れたくないです…。」


「なら良いわ。」



「エマさん。おはようございます。」


後ろから女性の声がした。

泣き顔を見せたくなくて、顔を上げずにハンカチで涙を拭いた。



「あぁ、おはよう。」


「ちょっと良いですか?」


「良いわよ。」


「あの、杏実さん…。」



突然名前を呼ばれて驚き、勢いで振り向いてしまった。

私のすぐ側に神妙な顔の谷崎亜弥が立っていた。



「おはようございます。」


「お、おはよう、ございます…。」


「杏実さん、今まですみませんでした。」


声が出ない。

悠紫と別れてしまうかもしれないという不安な時に、急に態度を変えた亜弥をどう処理すれば良いのだろう。

エマを見るとほんの少し嬉しそうにしていて、更に理解が出来ない。



「も、もう!何なんですか!?頭がおかしくなりそう!」



悠紫が来る前に、まず亜弥との問題を解決しなくてはならない様だ。


必死に気持ちを切り替え、亜弥に向き合った。

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