第31話 悠紫の愛ある説教

スタジオに入ると笑い声や明るい話し声が聞こえた。

全員納得の素晴らしい楽曲になったに違いない。



短い通路を抜け部屋に入ると、ゆうはソファーに座り音響スタッフや神田さんと談笑している。

悠のそばに亜弥が座っていた。

亜弥は私と目が合うと得意げに笑って、さりげなく悠にくっ付いた。


悠は特に気にするでも無く笑いながら神田さんの話に耳を傾けている。

その光景にほんのちょっとだけ嫌な気分になってしまった。

その気持ちが伝わったのか、亜弥はまた得意げに笑った。

私は…咄嗟に目を逸らしてしまった…。





エマが音響スタッフに声を掛けると、録音したばかりの楽曲を聴かてくれた。


悠が満足そうな顔をしている。

アルバムのリード曲になるのは間違い無さそうだ。

私は泣いてしまいそうになるのを我慢出来ず、そっとスタジオを出た。



この仕事をするようになって分かった事がある。

それは、悠の楽曲で泣いてしまうのは

疲れているとか辛いだとかは関係ないという事。


ただただ、悠の音楽は私の琴線に触れるらしい。




「ふぅ。」


何とか涙を引っ込めスタジオへ入り今日の仕事を終わらせた。




――――――――――――――――――――


録音が終わるたびにささやかな『打ち上げ』をするのが私たちのお決まりになっている。

駅からほど近い線路沿いのイタリアンレストランで待ち合わせ。

自転車をマンションの駐輪場に停めてバスで駅に向かう。

先に入っていた悠紫ゆうしが前菜を2種類とビールを注文してくれていた。




『カンパーイ!』



「うまっ(笑)」

「はぁ!おいしっ(笑)」


「お疲れ様。ひと段落ついたね。」


「うん。何とか。まだ半分あるけど(苦笑)」


「まあ、ゆっくりやろう?納得出来ないもの作っても意味ないんだもん。」 


「うん、そうだね。…杏実あみは、仕事どう?やっぱり大変?」


「まあね。だけど楽しいよ。売れて欲しい!って1人のアーティストを、チーム一丸となってただひたすら応援してサポートするってさ、素晴らしい世界だと思う。悠紫くんを皆んなが自分の事の様に応援してくれててさ。それだけで幸せだしありがたいよね。」


「うん。本当に感謝してる。」


悠紫がニコリと笑った。



「特にエマさんなんてさっ、悠紫くんの事をただひたすら信じてる。私と同じベクトルの人に出会えるなんて。ホントに幸せだよ。」


「エマさんには頭が上がらないよ。杏実を一緒に働かせてくれたしね。」


「うん…。そうだね(笑)」


「でさ。」


悠紫の顔から笑顔がゆっくり消えて行き、少し真剣な表情に変わった。



「うん?」


「何か、困った事とかない?嫌な思いしてるとかさ。」


「ないよ。大丈夫だよ?」


「また!嘘ばっかり!それもう良いって!」



心当たりは大いにある。

だけど心配をかけたくなくて嘘をついたら

速攻叱られてしまった…。



「何の事言ってんのか分かんないんだもん。」


私は嘘ばかりだ…。



「ちゃんと話さないとエリカの時の二の舞になるだろ!?」


「何の事よ…。」


「亜弥っちに嫌な事言われてるんだろ?」



悠紫は亜弥の事を、神田さんと同じく

『亜弥っち』と呼んでいる。



「何で知ってんのよ…。」


「神田さんに聞いてんだよ!」


「神田さん!?そっか神田さんか。」



神田さんは1番悠紫の側に居る人で、家からスタジオまでの送迎や身の回りの細かい事を色々してくれている。

第一のマネージャーの様な存在だ。

悠紫が録音ブースに居る間はスタジオにいて私たちと会議や話をしたりしている。

当然、私と亜弥のやり取りも見せている。

悠紫の耳に入っているとは思わなかったけど。



「杏実が入社して2ヶ月くらい経ったくらいかな、亜弥っちに色々言われるようになったんだよ。」


「うん?」


「『あの人、新人のクセに馴々しいから気をつけて下さい。』だの『良い人そうに見えてるだけですからね。』とかさ。だからその度に言い返してたんだけど神田さんが言ってたんだ。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《悠紫side》


 【3週間前】



「最近、女性陣がバチバチでさぁ。女の世界ってのはどうしてこうも恐ろしいんだろうね。」



俺の所属する事務所は、そこそこデカい。

女性社員は山ほどいる。

だけど神田さんの言う女性陣とは、俺の担当の女性社員を指すのだろう。


俺の担当の女性陣とは。

エマさん、亜弥っち、音響の沙知姉さちねえ

そして、杏実の4人しか居ない。


杏実が来るまで、何の問題も無かったのだから杏実の事だろう。

相手は絶対に亜弥っちだ。


放ってはおけない。




「誰の事ですか?」


「亜弥っちと杏実ちゃんだよ!」


やっぱり。



「と言っても?亜弥っちが一方的に吠えてて、杏実ちゃんは上手くあしらってるけどね。」


「チーム内でいざこざがあると面倒なんで、どんな話ししてるか報告して下さい。」


「そうだよなぁ。エスカレートして喧嘩に発展したら困るしなぁ。どこかで俺が入って止めないとな。」


「そうですよ。僕の事に集中してくれないと(苦笑)」


「わかった、わかった(笑)」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《杏実side》


【現在】




「今日も報告貰ってるから!」


「今日?」


「担当変えるか辞めるかしろとか、したたかな女だとか?」


「あぁなんだ(苦笑)そんなのも知ってんだね。」


「何で自分から話してくれないの?」


「告げ口みたいでなんだかさ...。愚痴りたく無いっていうか...。自分で解決出来ると思ったし...。」


「告げ口ってなんなんだよ!?俺たちの関係って何なの?」


「何って?」


「俺たちの場合は相談って言うんだよ。」


「あぁ!相談!!そっか相談か!(笑)あはははは!(笑)」


「笑ってる場合か!!」


「ごめんなさい。」


「ったくぅ。俺たち結婚するんじゃないの?何でも話せるようにしてなきゃ上手く行かないと思うんだけど。」


「それは、そう…だ、よね…。 そう思います…。で、でも!亜弥さんの事を話せなかったのはぁ…。」


「なんだよ。」


「いや、何でもない。」


「俺の話し聞いてた? 言いかけて言わないのはもっとナシだな!」


「いや、だからさぁ!」



亜弥との事を話すのは何だか嫌だ。

このモヤモヤを説明するのも嫌だ。

でも、この状況では話すしか無さそう。…か。



「なんだよ!?」


「亜弥さんの事を話すとするじゃん?そしたらさ、何でだ?ってなって、亜弥さんがどうも悠紫くんの事が好きみたいって説明しなきゃいけなくなってぇ。はぁ。」


「で?」


「亜弥さんが悠紫くんを好きだからって言ったら…。 悠紫くん…意識する様になるのかなって…。」


「俺が亜弥っちを意識する様になって好きになると思ったって事?(笑)」


「だって…。 亜弥さん、悠紫くんと同い年だしぃ。悠紫くんの家の事も知らないのにさ…好きなんだもん…。」


「はぁ?(笑)」



悠紫がニヤニヤと得意げな笑顔を向けている。

予想通りの反応だった。




「うぅ〜。」


「俺が亜弥っちを好きになると思ったの?で、言えなかったんだ?そっかそっか心配だったのか。ふ〜ん(笑)」


「ちっ。むかつく。」


「あはははは!かわいっ(笑)」


「やな奴!!」




悠紫はひとしきり笑ってビールを飲み干すと、

表情を変え言った。



「今回はさ、近くに居るから気付けたし対策も考えられるけどさ。この先、俺の担当で居続けるとは限らないんだよ。担当じゃなくなったら見てあげられないから。何でも話すようにしてよ。」


「そうだよね…。」


「俺の担当外れたらSJ楽器に戻るとか言わないよね?」


「無いよ。それはないぃ。」


「良かった。」


「この仕事…本当に楽しい。ありがと、引き抜いてくれて。」



悠紫が微笑んでいる。

胸が暖かくなる。

亜弥の事も考え過ぎ。


だと、思う。




「私、悠紫くんの担当を外れたとしても続けるよ。この仕事。」


「じゃあ、隠し事は無しだからね。」


「うん。わかった。ふふっ。」


「じゃあ、お説教は終わり!打ち上げなんだから飲も!(笑)」


「私お腹空いた!」


「食べろ!食べろ!(笑)俺ビールお代わり。」


「私も明日休みにして貰っちゃったんだ。だから今日は沢山飲んじゃお(笑)」


「じゃあ、明日は2人でゆっくりしようね。」


「うん!」




2人で同じ日に休みになるのは久しぶり。


飲んで食べて、沢山笑った。




――――――――――――――――――――

《亜弥side》



今日の合コンもハズレだったわ。


もっとマシな男連れてこいよな。



好きな男は振り向いてくれなそうだし、むしゃくしゃするからワンチャンあっても良いかなって思ったけど…


今日のはハズレ過ぎ!!



久々に早く仕事が終わって、やっと合コンに参加出来たのにさぁ。

まぁ。

奢ってくれたのは良かったけど。



私はどちからと言えば惚れやすい。

すぐに人を好きになっちゃう。

あの、悠紫って人はやっぱり失敗だった?

だけどさ、向こうも私を好きになったらしょうがないじゃん?

アーティストとスタッフだけど誰も止める権利は無いでしょ。




あんまり飲めないのにちょっとやけ酒しちゃった。

だってさ!?

今日も悠さんは私じゃなくてあの年上新人ばっかりかまってさ!

あの人より仕事だって出来るし、何だって私の方が良いはずなのに見る目無さ過ぎだよ。


あの人が仕事を覚えて、スタッフのみんなと打ち解けた頃にさ、悠さんの事を『悠紫くん』って呼んだ事があったんだよね。

はぁ??って耳を疑っちゃった。

あの人も悠さんも『あっ。やばっ。』って顔しててさ。

あの時、自覚したんだ。

私、悠さん好きなんだなって。

んで、あの人も…。


取られたく無いよ…。

早く辞めてくん無いかな…。



もう!嫌んなっちゃう!


ゲーセンでも行こ。



駅横の大きなゲーセンに向かっている時、酔っ払ったカップルの楽しそうな声が聞こえた。

日常茶飯。

気にしなかったんだけどね。

でもね。

近付いてくる大きな声に聞き覚えがあったの。



え??



「あははは!うぜぇ(笑)」



え?え?

悠さん!?



こんなとこで会えるなんて運命じゃない!?



嬉しくなって駆け寄ろうとした瞬間、足が止まった。



か、隠れなきゃ!




「ホントにやな奴だなぁ!!(笑)」



どうして?

あの人が居るの?


悠さんと杏実さんが一緒に楽しそうに歩いてた。

物陰から観察すると2人が手を繋いでいるのが分かった。



ありえないんですけどぉ!!




「明日起きてから食べるもんコンビニで買って帰ろうよ。いつも作ってくれてるからさ、明日は楽して。」


「えーっ。悠紫くん優しい!さっきのやな奴だけ取り消してあげるね(笑)」


「全部取り消せよ(笑)」


「ちょっと無理(笑)総じてやな奴だから!」


「後で覚えとけよ(笑)」


「△#☆%0&」




あぁ!もう!聞こえない!



いつも作ってくれてる?

朝ご飯を食べるって事は泊まるの?

どっちの家に?


いや、そんな事どうでも良いし!!



まさか、付き合ってるの?

だとしたらいつから!?



明日エマさんに報告しなくっちゃ!!

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