第30話 新しい人間関係

「あれぇ?まだ辞めてないんですかぁ?」



大学卒業後、新卒で入社し今年で5年目の谷崎たにざき亜弥あやが、私の顔を睨みながら近付いて来た。


私は、新しい環境でも

なかなか厄介な状態に、置かれている。




「あれ?私、辞めるとかって話しありましたっけ?」


「中途採用で変な時に入って来て調子狂っちゃうんですよねぇ。辞めるか担当替えるかして下さいよ。」


「ここに居るみんながそう思うならそうします。エマさんどうですか?」


「辞めさせたりしないわよ。」


「エマさん!どうしてですか?」


「あなた私の人事にケチ付けるの?私が杏実あみをここに入れたのよ。文句があるなら私に言いなさい。」


「もういいですぅ!」


亜弥は分かりやすく顔をプイッと彼方に向けた。





お昼休憩に入り、ゆうは私に話しかけた。



「杏実さん、ちょっと良いですか?」


「はい。何かありましたか?」


「いつも使っているノートがさっき無くなってしまって...。予備も買い忘れて無いんですよね。」


「薄い黄色のレポート用紙タイプのノートですよね。」


「そうです。」


「すぐに買いに行きますね。」


「すみません。お願いします。」


「大丈夫ですよ。お昼ごはん、準備が出来てますから召し上がってて下さい。」


「ありがとうございます(笑)」



ふと視線が気になりそちらを見ると亜弥が睨んでいた。



睨まれても憎まれ口を叩かれても、私は彼女に何もしてあげられない。

悠紫と付き合っている事を隠しながら働いている事に、ほんの少しだけ罪悪感を感じているからか、亜弥は憎めない。

悠紫を好きなのでは無く、私の事が嫌いなだけなら良いのになと思いながらノートを買いに出掛けた。




――――――――――――――――――――

《エマside》



「あのぅ。悠さん。」


「はい?」


「買い物だとか雑用も私におっしゃって下さい。新人より確実に対応出来るので。」



亜弥が悠に直談判するとは。

悠はなんて答えるのかしら。

ちょっと楽しんでしまうのは不謹慎かしらね。



「新人かそうで無いかの問題ですか?僕は杏実さんが1番安心なので頼んでるだけなんですけど。」



そう来たか。



「誰でも出来る事なら私にも割り振って下さい。私だって担当なんですから。」


「……わかりました。」





「お腹空いたぁ。」



音響スタッフ4人が、杏実の用意したお昼ご飯に群がった。




「これ何だろう。初めてみる袋だなぁ。」


「紙袋がもう美味しそう(笑)」


「それな(笑)」


「杏実さんってさ、お店とかも色々知ってるよね。」



亜弥がまた不機嫌な顔をしている。

近いうちに何とかしなくちゃいけないわね。

空気を変えるために割って入る事にした。



「どれどれ?何これ。カニとローストビーフ?」



『カニ』と書かれている紙袋が2つ。

『ローストビーフ』と書かれている紙袋が2つ。

中を見るとアルミで巻かれた物が沢山入っている。



「サンドイッチみたいね。そのビニール袋は?カニのサラダと…ミネストローネ。ふーん。」


「いまちょうど、カニが食べたいって思ってたんだよなぁ!杏実さん何で分かったんだろう!?(笑)」


悠が、嬉しそうにはしゃいでいる。


それは匂わせ?それとも本当に驚いているの?

亜弥が苦虫を噛み潰した様な顔をしているのは分かっているのかしら?



「偶然ですよね?そんなに驚かなくても...。そんな事もあるんじゃないですか?」


「偶然だから驚くんですよね?よくある事ではないです。」



亜弥が噛み付き、悠が反論すると

亜弥はしょんぼりしてしまった。


杏実への風当たりが心配だわ。





「杏実さん!おかえりなさい!!(笑)」



おい!おい!


悠が嬉しそうに杏実に駆け寄った。

皆んなの反応を見ると、若干戸惑っている。



【新しく担当になったお姉さんを気に入って構わずにはいられないアーティスト】



皆んなの目にはそう映っているのは間違い無さそう。

だって杏実がここで働く様になる前まで悠は、大きく笑ったりはしゃいだりするような子では無かったんだもの。




「うぇ?(苦笑)ただいま戻りました…。どうかしましたか?(苦笑)」



杏実も戸惑っている。



「杏実さん凄いですね!!」


「な、なんですか?」


「今カニが食べたかったんです(笑)」


「あぁ(笑)それは良かったです。ノートどうぞ。」


「ありがとうございます!」




――――――――――――――――――――

《杏実side》



「では、レコーディング再開しまーす。悠さんお願いします!」


「はい。お願いします。」



悠が録音ブースに入るのを待っていたかの様に亜弥が私に近付いた。



「褒められたからって喜んでんじゃ無いわよ。」


「誰に褒められても私、嬉しいですよ?亜弥さん、仲良くしてもらえませんか?私のせいで雰囲気が悪くなるの、嫌なんですよね。」


「そんなの無理です!」



はっきりと言われてしまった。

エマが間に入ってくれた。



「亜弥。あなた悠くんが好きで嫉妬してるの?」


「だったらどうだって言うんです?それを言うならこの人ですよね?私よりも随分後から来たのに悠さんと距離近すぎますよ。悠さんを好きな事バレてないとでも思ってんの!?エマさんこの人なんとかして下さい!」


「あなた今すごく怖い顔してるわよ。悠くんが見たらどう思うかしら。悠くん、人に優しく出来ない人嫌うわよ。嫌われたら担当外されるわよ。良いの?」


「酷い!どうして私に言うんですか!!この人何くわない顔して悠さんに近付いて、したたかな女なんです。騙されないで下さい!」



(あぁ!もう!)



ここで全てを話す訳にはいかない。

ひたすら自分を落ち着かせ我慢した。



「わかった!わかった!私が杏実を監視しておくから仕事に集中しなさい。杏実は私とデスクに戻るわよ。」


「はい。」


「亜弥、ここは任せたわよ。」


「大丈夫ですぅ!!」


亜弥はそっぽを向いたまま不機嫌に答えた。




――――――――――――――――――――


デスクに戻りエマと私は、それぞれの仕事や雑用を忙しくこなした。

ふと時計を見ると6時間が経っていた。




「杏実、どんな感じ?」


エマが様子を見に来てくれた。


「とりあえずは終わりましたよ。」


「じゃ、コーヒー飲みましょ。」


「はい!淹れますね(笑)」


「ありがと(笑)」




「ってかさぁ!あの子私にも反抗的だったわよねぇ!悠くんに嫌われてしまえ!!」


「えぇ?(笑)エマさんそんな事言うんだ(笑)」


「人間だもの?」


「そうですね(笑)なんか、安心しました(笑)」


「ふん(笑)あ、そうだ。悠くん、カニ食べたかったんだぁって、何で分かったんだろってはしゃいでたわよ(笑)そんな事までわかるの?」


「あぁ(笑)それはですね…。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今朝は珍しく、悠紫ゆうしがコーヒーを飲みながら情報番組に釘付けになっていた。

気になり私も見てみる。



『11月6日、例年通り松葉ガニ漁が解禁になりました!その漁に密着してまいりました!ご覧ください!!』



松葉ガニ漁の様子をレポートしていた。

今年は大量に獲れそうとの予想だった。

その番組を見ながら悠紫がつぶやいたのだ。



「カニ食いてぇな。」



つぶやいた事を自覚して無さそうな程の小声だった。


カニかぁ。

事務所へ自転車を走らせながらカニを扱うお店を思い出していた。




それだけの事…。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「面白くなーい!」


「はい?(笑)」


「何その話し!ぜんっぜん面白く無いんだけど。」


「そう簡単に面白い話なんてありませんよ(笑)」


「ピアニストらしいエピソードとかないの?ピアノの音で優しく起こされるとかさぁ。」


「私が先に起きてますね。」


「お誕生日に『君に作った曲だよ』とかってお花いっぱいのピアノで演奏してくれるとかぁ。」


「ないないないない!!どこの国のお話しですか!?」


「えーっ。無いのぉ?つまんないのっ。」


「エマさんってロマンチストなんですね(笑)」


「そりゃそうよ。じゃなきゃ、こんな仕事やれないわよ。」


「私たちが知り合った頃は大学院の学生でしたし。付き合っていた訳でもないので普通の事しかしてませんよ。」


「ふ〜ん。」



エマがつまらなそうな顔をしている。

なんだか可愛くて笑ってしまう。



――ブーッ、ブーッ、ブーッ


デスクの上に置かれているエマのスマホが鳴った。

エマが直ぐに出る。



「うん?どうした? あぁそう。すぐに行くわ。」


エマはスマホ画面をタップすると私を見た。



「悠くん、レコーディング終わったって。」




こだわって作っていた楽曲。

早く聴きたい。


エマと急いでスタジオに向かった。

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