第28話 あっけない幕引き

エリカは俯いたまま


「好き…です。」


と、答えた。



(どうして?財産目当てじゃないの??)



悠紫の父親も困惑していた。

悠紫と見つめ合うと、軽く頷き口を開いた。



「悠紫はこの会社に一切の関わりは無い。ピアニストになって成功する保証もない。財産分与もない。それでも杏実さんは結婚すると言ってくれている。エリカちゃん…手を引いてくれないかな?」


「そんなぁ…。」 


 


何を思ったのかエリカは秀希ほずきの方へ体を向けると


「秀希くん…。」


と名前を呼んだ。

秀希のすぐ隣には怒りに震えている母親が居るというのに気にしていない様だった。




(なんで秀希くん?まさか… 鞍、替え?)



「ごめん。僕、婚約者が居るんだ。」


「な、何よ。名前…呼んだだけじゃない。」



エリカが不機嫌そうに顔を背けた。

秀希も頭の回転が早そうだ。

全てを察し即答した。


悠紫の母親がほんの少しだけ苦笑いを浮かべ、ため息をついた。




「エリカちゃんは私の大切な親友の娘だ。手を引いてくれたのに何も無いなんて事はないさ。お望みとあれば一流企業の跡取りと見合いの席を設ける事も出来る。いま、2名ほどお相手を探している者が居るのだが、どうだね?」



「私…悠紫さんが……好きです…。」



この話し合いも平行線で決着が付かないと気が遠くなりそうだった。


「はぁ。」


思わずため息をついた。

それに気付いた悠紫がこちらを見る。

見つめ合い目で慰め合っている時だった。


話の流れが変わった。




「好き…。ってなんだっけ?」



全員がエリカを見た。



「私、悠紫さん、好きだったんだけどな。好きなんだっけ?何で好きなんだっけ?分からなく…なって来たな…。」


「じゃあお見合いの話し、進めようか。」


「おじさんの面目も立たないだろうし、お受けします。」



(は?)



「2人に…何か言う事、あるんじゃないのか?」



悠紫の父親に促されたエリカは、渋々私たちに向き合うと顔を引き攣らせて笑った。



「なんか、ごめんなさい。邪魔しちゃって(笑)」



ほんのちょっとの軽いイタズラでもしたかの様に笑うエリカが信じられ無かった。


怒りが沸々と湧いてくる。

自分の中の後悔の全てが怒りに変わって行く。




〔何だと?〕



小声で言ってしまった。

悠紫だけが気付いた様だった。



「悠紫さん、継がないなら早く言ってよぉ(笑)そしたらあんな事しなくて良かったのに!悠紫さんも悪いんだからね!(笑)」



「お前!!!!!」


「えっ?」



私の声にエリカは驚いていた。

椅子が倒れる程勢いよく立ち上がり、エリカに向かって走った。

座るエリカを見下ろし襟元を掴む。

薄いブラウスが破れるかもしれないと一瞬思ったが、構っていられない。

襟を掴んだ腕を大きく揺すりながら、頭に浮かんだ言葉を大声で浴びせかけていた。




「てめぇ!!ふっざけんな!!私たち…、私の3年間返しなさいよ!!おばさんが高望みしてみっともないって??自分で髪を切ってそのまま歩いてるお前の方がみっともないだろ!!」



誰も間に入って止めてくれない。


そんなことを考えられる、ほんの少しの冷静な部分だけでは自分の言動は抑えられなかった。



「玉の輿に乗れないと分かった途端に好きじゃないとか言い出す奴の方がみっともねぇんだよ!!人を犯罪者にしようとしたくせにまともに謝る事も出来ないのかよ!!ぶん殴ってやりたいけどお前なんか殴る価値がないからやめてあげるわ!!感謝しなさい!!」


「ちょ…と、離して…下さい…。」


「私に言う事はないのかよ!!?」


「あの…。」


「それ意外に言う事は無いのかって聞いてんだよぉ!!!」


「ごめんなさい!す、すみませんでした。」



ここでようやく手を離す事が出来た。

ここにいる全ての人が私の味方だった。

気の済むまでやらせてくれたのだ。



「すみませんでした。席を外します。」



エリカと一緒に居るのは無理だ。

社長の個人部屋の方に逃げた。


泣くでもなく、怒るでもなくただ静かにソファーに腰掛け呆然としていた。






――――――――――――――――――――

《悠紫side》



「兄さん、行ってあげないで良いの?」


「あぁ、うん。少し1人にしてあげるよ。」



「教えて欲しいんだが、どうして悠紫との結婚にこだわっていたんだ?」


「だって、おじさんとお父さん、親友なのに違い過ぎるんだもん。おじさんとお父さんが一緒にいると、お父さんが惨めに見えるの。」


「惨め?」


「お父さんも社長だけど作業服で汗流して、おじさんはスーツで涼しそうでさ。町工場まちこうばはどんなに頑張ってもおじさんの会社みたいにはならないもん。私、惨めなのは嫌なの。悠紫さんと結婚出来たら惨めじゃなくなる。大きな会社の社長夫人になりたかったの。」


「町工場って言ってもうちの会社が部品を注文しているほどの大きな工場こうばなんだよ?君のお父さんの作る部品は日本一だと言っていいほど精巧に出来ている。君のお父さんは日本の宝だよ。」


「私はその辺よく分からないもん。だから、お見合いの話し宜しくお願いします。」


「わかった…。話を進めておくよ。うちの者が家まで送るから待っていなさい。」




5分ほどして迎えが来た。

エリカは俺を見る事なく帰って行った。



「父さん、あんな奴紹介して良いのか?」


「まぁ、後のことは相手が決める事だし何人か紹介したら手を引くよ。それに。エリカちゃんのためじゃ無い。親友のためだから。しかし…あんな素晴らしい人のことを惨めだなんて。彼のお陰でこの会社が大きくなったと言っても過言ではないのに…。」



俺もおじさんの工場は素晴らしいと思う。

日本の最高技術者として名前も知られているのにな。


エリカは本当にひどい奴だ。



「あぁそうだ、悠紫。この書類だけどな。」



――ビリッ!ビリ!



「父さん!何やってんだよ!!」


父さんが財産放棄の書類を破いてしまった。



「こんなものは必要ない。お前たちには平等に財産を分ける。それ以外はない。」


「せっかく書いたのに。これ、こんな事して大丈夫なんですか?」


佐々木弁護士に聞いてみた。


「あぁ(笑)大丈夫ですよ。」


「エリカちゃんを説得させるには充分な物だったな。うん。ははは(笑)」


「笑えねぇよ。」




――トントン


「失礼致します。社長、次のお時間です。」


父さんは相変わらず忙しい。




「さ、あなたは杏実さんの所に行ってあげなさい。」


「うん。…ありがとう。」





――――――――――――――――――――


社長部屋に入ると杏実はソファーに座って、

ボーっとしていた。



「杏実…。」


俺の声に直ぐに反応してこちらを見た。

大丈夫そうだ。




「あんな声出るんだな(笑)」


杏実が力なく笑った。



「よく我慢したね(笑)」


「ぶん殴ってやっても良かったかなって思ってるよ。」


「あははは!(笑)」


「ふっ(笑)」


俺の笑い声につられて笑ってくれた。



「もう、終わったの?」


「もう、終わったよ。全部終わった。」


「あんなに辛かったのに。何だったんだろうね…。」


「あっけなかったなぁ。」


「ね!? はぁ!疲れた!!」


「あははは!(笑)」




これからは何にも気を使わず、邪魔される事なく2人で生きていける。

ただただ嬉しい。



「ふふっ(笑)」


「ははっ(笑)」



――あははは!(笑)



笑っているのに涙が出て来た。

杏実にもこの不思議な現象が起きていた。

抱き合ってほんの少しだけ泣いた。




「俺たちも、帰ろう。」


「うん(笑)」







俺たちは、辺りを気にする事なく

堂々と手を繋ぎ



家に帰った。

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