第27話 露呈されたエリカの本性

SUGAYA自動車の本社に着くと、社長室に連れて行かれた。

扉を開けるとまず大きな応接室があり、その奥に社長個人の部屋。

私は個人の部屋の方に通された。


本社内で会議中のため、終わるのを待っていて欲しいとの事だった。


フカフカのソファーに腰掛け待っていると、絵に描いたようなスタイル抜群の美人秘書が、お茶を淹れて持って来てくれた。


エリカとは迎えの車も待機部屋も別で、一切の接触が無い。

悠紫の優しさや頭の回転の速さは、お父さん譲りで間違いない。


30分程して秘書が、悠紫の両親と若い男性を連れて来た。




「杏実さん!大丈夫でしたか?」


「はい、お陰で助かりました。ありがとうございます。」


悠紫の母親がホッとした顔で、背中を撫でてくれた。


「それは良かった。こんな時に何ですが紹介しておきます。」


悠紫の父、菅屋光司が隣に立つ若い男性の肩に手を掛けると、その男性はスーツを正しニッコリと笑った。

つられて笑ってしまいそうな程の、可愛い満点の笑顔。

彼の心の中に一点の曇りも無いと、信じて疑わない程の天使の様に、可愛い笑顔だった。



「悠紫の弟のほずきです。秀でるの秀の字に希望の希で秀希ほずき。宜しくお願いしますね。」


「初めまして。秀希ほずきです。兄から色々とお話し聞いてます(笑)仲良くして下さいね!(笑)」


「初めまして。何、聞いてるんだろう(汗)宜しくお願いします(笑)」


「じゃ、応接室に出ましょうか。」






――トントン


「一条エリカ様をお連れしました。」


さっきとは別の、これまたスタイル抜群な美人秘書がエリカを連れて来た。



「おじさん!早くこの人なんとかして下さい!」


私を大袈裟に指差し、泣きそうな顔をしている。

この場にいる全ての人が、その分かりやすい演技に戸惑っていた。




――ガチャ!



「杏実!!!」



悠紫が私の名前を大きな声で呼びながら、応接室に飛び込んできた。

その勢いのまま、私の側に駆け寄って来る。



「杏実!!大丈夫!?怪我してない!?」


息を切らし慌てた様子で顔を覗き込み、頭や肩を触り異常がないかを触ったり、摩ったりしながら確認している。

こんなに慌てる悠紫を見るのは、初めて。

可愛くて、ほんの少し笑ってしまった。


「大丈夫!何ともないよ(笑)」


「良かったぁ。」


人目もはばからず、思いっきり抱きしめられた。



「悠紫くん。ふふっ(笑)」




「ちょっと!!離れなさいよ!!」


エリカの怒鳴り声が部屋に響く。



「エリカちゃん、やめなさい。」


悠紫の父親が、厳しい声で制止した。


「おじさんひどい!やめさせるのはこの人達じゃない!」


「少し落ち着きなさい。話し合おう。みんな席に着いて。 悪いが飲み物を頼む。」




菅屋光司が2人の美人秘書に向かい声を掛けると、秘書達は直ちに部屋の一角へ移動してコーヒーを淹れ始めた。


部屋の中央にあるテーブル席へと移動する時、場違いな質問とは分かりつつも、悠紫に小声で聞いてみた。



「あんなキレイな秘書さん達…お母さんは大丈夫なの?」


「あぁ(笑)秘書は全員、母さんが採用してるんだよ。」



世界的企業の社長夫人とはそうなのか。

普通の大きさの器では出来ないという事か。

お父さんだけじゃ無い…


お母さんも相当カッコいい。




8人掛けの丸い机に悠紫の両親はエリカを挟んで座り、父親の隣に秀希、私、悠紫と並んだ。



秘書達はコーヒーを机に置いて回ると会釈をし、足早に部屋を出て行った。




悠紫の父親が扉が閉まるのを確認し、口火を切った。



「エリカちゃんに尋ねたいのだが、何が望みだね。この際、素直に話しなさい。」


「この2人に別れて欲しいです。そして、悠紫

さんと結婚したいです。」


「はぁぁ。」


悠紫が深いため息をついた。



「2人が別れたからといってエリカちゃんと付き合うとは限らないだろう?ましてや結婚なんて、普通に付き合ってもたどり着くとは限らないじゃないか。」


「大学にいた時はずっと一緒に居たんです。この人が邪魔なだけなんです。お付き合いしたら私、悠紫さんの好みの女になります。だから結婚出来るんです!!」



「こえぇ…。」


私の隣に座った秀希が呟いた。

この様子だと、私にしか聞こえなかった様だ。



「俺、お前の事好きじゃ無い。たとえ杏実と別れても絶対に好きにならない。」


「どうして?私はこんなにも悠紫さんが好きなのに?」


「俺は、俺の作る音楽を愛してくれない人は好きにならない。エリカ…俺の音楽好きじゃ無いよな?」


「そんな事無いよ。悠紫さんの音楽、大好きだよ?」


「そんなわけ無いだろ。お前、滅多に来る事は無かったけど、演奏会に来てもあくびしてるよな。気付かれてないとでも思ったのかよ。」


「それは、いつも疲れてて。」


「杏実はもっと疲れてたよ。なのにあくびしてんのなんか一度も見た事無いからな!俺が金持ちの息子だから結婚したいだけだろ?あの日までは信じてたよ。お前が俺のこと、真剣に好きでいてくれてるのかなって……。」




・  


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


《悠紫side》



【5年前】



自分の防音の個室に向かっている時だった。

ピアノ以外の楽器用の防音室から、笑い声が聞こえていた。


(扉開けてんのか。何の為の防音室なんだよ)


通り過ぎようとした時、俺の名前が聞こえて足が止まった。




「悠紫先輩のお父さんってSUGAYA自動車の社長ってホント!?」


「そうだよ!」


(ん?エリカ?)



エリカと2人の女友達が、話している様だった。



「いつも一緒に居るのずるーい!!紹介してよぉ。」


「ダメ!私が悠紫さんと付き合うんだから!」


「え?先輩ってエリカの事好きなの?」


「こんなに一緒にいるんだよ?あたり前じゃん?(笑)」


「ずるぃ〜!」


「絶対に結婚して社長夫人になるんだぁ。だから邪魔しないでね!」


「なんか、ムカつくぅ。」


「だけど、何で音大になんかいるのかなぁ。会社継ぐのに意味ないじゃんね!私、悠紫さんの曲退屈で好きじゃないんだよねー。」


「はぁ?良い曲多いじゃん!アンタ耳、大丈夫?」


「大丈夫だし! 私、悠紫さん追いかけてここ入っただけだしよく分かんないんだよね。才能無さそうだし卒業したら音楽やめてくれるかなぁ。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


《杏実side》


【現在】



怒りで身体が震える。

何か言ってやりたいのに、言葉が出ない。

エリカは誤魔化すかの様に、苦笑いを浮かべていた。



「な、な、なんて… ! 酷いことを!!」



全員が怒鳴り声に体を跳ねらせ驚いた。

その怒鳴り声の主は、悠紫の母親の小百合だった。

エリカを睨み体を震わせている。

秀希ほずきが素早く立ち上がり、小百合の横の椅子に座った。

背中に手を置くと、そっと優しく撫で始めた。



「あくびまでは百歩譲って、いえ、一万歩譲って許せたとしても、才能が無いですって?この子の作る音楽が退屈?なんて事を言うのよ!!」


「そ、それは、あのあるじゃ無い、友達、の、前だし...」


「友達への冗談だと言いたいの?本当に好きだったら冗談でもそんな事言わないわ!!」


「母さん…。」


秀希が背中をさすりながら声を掛けたが、小百合の怒りは収まらなかった。



「悠紫の音楽を…悠…紫を、悠紫を傷付けるなんて!絶対に許さないわ!あなたとなんか、絶対に結婚なんて!させるもんですか!!」


「おばさん!ごめんなさい!許して!」



小百合はエリカの言葉を無視して、秀希に助けを求めた。

秀希は小百合を優しく抱きしめた後、黙ったまま背中を摩って慰めた。

小百合は応えるかのように小声で

「ありがとう…」と、言った。


自分の夫に、スタイル抜群の美人を秘書に選ぶ程のカッコいい人が声を荒げ怒っている。

これは母の愛。

私にはやっぱり、カッコいい人に見えた。




「俺が菅屋の息子だって知られない様に、必死に頑張って隠してたのに、ペラペラと喋ってたよな!?ずっとずっとお前と居るのは苦痛だったよ!」


「悠紫さん…。そんな…。」




父親が立ち上がり、机の上の電話機で内線をかけた。



「佐々木さんを頼む。」





――トントン



「失礼致します。」


「あぁ、わざわざ申し訳ない。宜しく頼みます。」


「かしこまりました。」



40代半ばであろう男性が光司に会釈をすると、向きを変え悠紫と私の顔を見た。


「初めまして。」


と、爽やかな笑顔で挨拶をしてくれた。


わたくし、顧問弁護士を務めさせていただいております、佐々木と申します。」


「ここへ座って下さい。」


「はい。」


悠紫の父が立ち上がり、自分の座っていた椅子に佐々木を座らせた。



「では、一条エリカさん。」


「は、い?」


「あなたに見せたいものがあります。」


そう言うと、大きな黒いカバンから黒い革製の書類ケースを取り出し、開いてエリカの目の前に置いた。



「これ…、何ですか?」


「悠紫さんの財産放棄の書類です。」


「ざい、さん、ほうき?」


「はい。悠紫さんは菅屋自動車を継ぎません。後継者は弟の秀希さんです。」


「え?継がない…。なんで?」


「その上で、悠紫さんは財産放棄をしています。」


「エリカちゃん。悠紫はうちの会社を継がないんだ。ピアニストとして生きていくんだよ。それでも悠紫が好きだと、結婚したいと思ってくれるかい?」



エリカは俯いたまま…




「好き…です。」



と、答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る