第25話 深い後悔

「あなたこういうの、失踪って言うのよ。分かる?よくもまあ、ここまで全てを断ち切るなんて...。   根性あるわね。」


「からかわないで下さい(焦) それより、どうして私の居場所が分かったんですか?」


「興信所に頼んだのよ。」


「興信所?大金を使ってまでそんな…(泣)」


「私の財力を舐めないで貰える?大した事では無いわ。」



早苗には本当に大したことでは無かった様だ。

笑った顔に余裕が見える。



「ご主人はあの会社の専務で、早苗さんはFXでも成功してましたもんね。」


「さ、こうなったら洗いざらい話しなさい。会社を辞めて連絡が取れなくなるなんて思ってもみなかったんだから。」


「そうですよね…。すみませんでした。話します…。」







「なるほど。よく分かったわ。」


早苗は深いため息をついた。



「3年経った今でも、あんな形相で乗り込んで来るんだもの。3年前のあなたは、さぞ怖かったでしょうね。」


「早苗さん(泣)」


「相談してくれなかった事が悔やまれるわね。どうして話してくれなかったのよ。」


「恥ずかしかったんです。」


「恥ずかしい?(苦笑)」


「仕事や生活に精一杯で、前の恋愛っていつしたんだっけ?ってそんな私が、夢や希望にキラキラしている若くカッコいい男の子を好きだなんて。恥ずかしくて言えなかったんです。ましてやそんな彼よりも年下の女の子とライバルになって脅されてるなんて…。誰にも言えませんでした。」


「自分で髪を切っておきながら杏実のせいにしようとしていたのに…。もっと深入りしていれば良かった。後悔してる。ごめんなさい。」


「やめて下さい。そんな風に言われたら…。」




顔を歪ませ泣きそうになる私を見て、早苗は咄嗟に話を変えた。



「そう!今のあなたの職場! ステキな所ね。オーナーはあなたの事、好きな様に感じだけど…。彼は大丈夫なの?ヤキモチやいたりしないの?」



驚いて涙が引っ込んでしまった。



「何で分かるんですか!?彼に会った事ないですよね??男の人って皆んなそうなんでしょうか?」


「会った事…な、い…? そ、そうよね。男の人って…。まぁ、そんな感じじゃないの。」


「実は最近…。嫌がってるみたいなんですよね。」




その時だった。

聞き覚えのある、大好きな声が背後から聞こえた。



「ご無沙汰しています。」



振り返ると悠紫が笑って立っていた。



「えぇ?」


「店に行ったら浦沢さんとここに居るって聞いて(笑)」


「お久しぶりね。」


「お久しぶり!?」


「ご一緒しても良いですか?」


「もちろん。」



私はこの2人を会わせた事はない。

面識のある理由がわからない。

悠紫はコーヒーを買ってくると店に入って行った。



「オーナーとの事が気になって、様子を見に来たってところかしら(笑)」


「どうして彼を知ってるんですか?」


「まぁ、それは。彼が来てからで良いんじゃない?(笑)」


悠紫を待つ事にした。





「その節はどうも。お元気でした?」


「その節は、大変失礼致しました。数々の無礼をお許し下さい。」


「無礼だなんて思っていないわ。過去は忘れましょう。この子への想いを貫いて下さって感謝してます。」


「ありがとうございます。」


「あのぅ。一体、何のお話をされているんでしょうか?」


「私、この菅屋すがやくんとは3度お会いしてお話ししているのよ。」


「3度!?」


「1度目はね…。」







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



【早苗side】



《4年前》






今日は部下たちが全員出払っていて、フロアは静かだった。

書類整理も終わってコーヒーでもと思っていた所に、受付から内線で私に会いたいと男性が来てると呼ばれた。

『すがやゆうし』という杏実の関係者らしい。


1階の受付に行くと、色の白い切れ長の目が特徴的な、品のある若い男の子が立っていた。



「こんにちは。浦沢です。」


「突然申し訳ありません。いま柊杏実ひいらぎあみさんと親しくさせて頂いている菅屋すがや悠紫ゆうしと申します。」


「初めまして。杏実ならCM撮影の同行で居ないわよ?」


「京都で3泊ですよね。知っています。上司の浦沢さんにお願いがあって来ました。」


「何かしら?」


「杏実さん、毎日疲れ果てて辛そうにしてます。あまり眠れてないし、食欲も無いようです。このままでは倒れるのは時間の問題です。働き方の改善をお願い出来ませんか?」


「広告代理店の仕事ってね大変なものなのよ。ご存知無いかもしれないけど。でもまあ、可愛い部下が辛いなんて上司としては放っておけないわね。ご報告ありがとうございます。」







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



【杏実side】



《現在》





「確かに杏実、会社で笑えなくなってたものね。気付かなかった事、反省したのよ。教えてもらえて良かったわ。」


「あの後、杏実と会いやすくなりました。ありがとうございます。」



4年前、本当に疲れ果てていて

悠紫の存在とピアノに生かされていた。

それだけでも私は幸福だったのに、裏で手を回し環境を変えようとしてくれていたなんて…。




「で…2度目は…。」



早苗は話しを続けた。






・ 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



【早苗side】



《3年前》





とうとう杏実まで辞めてしまった…。

性格も合うし楽しかったのにな。


残っている20日間の有給消化に入って1週間が経ち、また受付に菅屋くんが来ていると内線が入った。



一階に降りると菅屋くんは私の顔を見るなり駆け寄り、挨拶も無く捲し立てた。



「杏実さんに会わせて下さい!電話が繋がらないし、家も藻抜けの殻なんです!助けて下さい!会いたいんです!!」


「今回は力になれないわ。会社を休んでいるのよ。そうまでして会いたい理由は?」


「ただ好きなだけです。急に連絡が取れなくなって…。何かあったはずなんです!何でもいいから教えて下さい!」



どうしてこの子は何も知らないの?

杏実と1番親しくしてたはずなのに。

電話が繋がらない?

番号替えたの?

私も知らない…。




「あなたに何も言わないで居なくなったなら、それが答えじゃないかしら。無理に探すのは、あなたにとっても良くない事かもしれないわよね?私はあなたに何もしてあげられない。申し訳ないけど。」



キツイ言い方だったかしら?

でも、私も何も知らないんだもの。

何もしてあげられない。

私には連絡…くれるわよね?



菅屋くんは何かを言いたげにしながら足早に出て行った。

私はすぐにフロアに戻り、杏実に電話をかけた。



繋がらなかった…。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



【杏実side】



《現在》


 



「あぁ。私はなんて事を…。」



これが2度目なら…、3度目は…。




「3度目は…私も辛かったわ…。」







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【早苗side】



《2年9ヶ月前》





杏実と連絡が取れなくなってから3ヶ月が過ぎた。

ほとぼりが冷めたら杏実の方から連絡が来るでしょう。

私にはまだまだ希望が残っていた。



そんな時、外から会社に戻ると私を待ち伏せする人間が居た。



直ぐにわかった。

菅屋くんだ。



私を見つけてノロノロと近付く菅屋くんの変貌ぶりに息が詰まった。

目は充血して頬がコケている。

人間という生き物が、短時間でこんなにも変貌するものなのか。



「あなた…大丈夫?」


「どこにも居ないんです。居場所知りませんか?黙っていなくなるなんて考えられないんです。」



菅屋くんの目からポロポロと大粒の涙が溢れた。



「事故や事件に巻き込まれてるかもしれない。どこかで死んっ…。はぁっ。心配で眠れないんです!助けて下さい!」


「そ、それは無いわよ。大丈夫よ。前に訪ねて来た時はまだ社員だったから、あなたに教えてあげられなかったけど。あの子、この会社を辞めたのよ。ちゃんと自分の意思で辞めたの。」


「そんな!!そんなの嘘です!」


「事件や事故じゃない。自分の意思で環境を変えたのよ。もう探すのは止めて、あなたも新しい環境に慣れなさい。あの子の意思を尊重してあげて。」


「辞めたのが!自殺をするためだったらどうするんですか!?あなた達が追い込んだんだ!僕にも何も言わないなんておかしいんです!どうして平気でいられるんですか!?」



これを『悲痛の叫び』と呼ぶのだろう。

私とのこの温度差は何なのだろう。

もしかすると私は間違っているのではないだろうか…。



「お願いします!知ってる事を教えて下さい!じゃなきゃ、一緒に探して下さい!」


「私も何も知らないのよ。落ち着いたら連絡をくれると思っていたのだけど、何もない。本当よ!私もどうしているのか知りたいわ。お互いに何か分かったら知らせる事にしましょうよ。

ね?私も探してみるから。それで良い?」




しゃがみ込み、むせび泣く彼の背中をさすってやる事しか出来なかった。

彼の悲痛の叫びは、楽観的な私を非難した。

ただ事では無かったのだ。

どうして助けてあげられなかったのだろう。




泣き止み立ち上がった菅屋くんに名刺を渡し、携帯の番号を聞いてから別れた。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



【杏実side】



《現在》




「結局…一度も連絡を取り合う事は無かったわね。」


「再会を果たせたのに連絡せずにすみません。ちょっと色々立て込んでしまっていて。」


「まぁ、色々あるでしょうね。察しはついているわ。」


「でも、こうしてあの時の事を思い出すと恥ずかしいですね(苦笑)悲しみとか苦しみとか…経験した事が無かったので…。耐性が付いてなかったんです(笑)」


「幸せな人生を歩んでいるのね(笑)」


「否定はしません(笑)」


「あら、そう(笑)こうして、2人が再会して同棲までしてるなんてね。奇跡を見ているようだわ。」



早苗と悠紫が会話を重ねるのを聞いているのが辛い。

言葉の全てが私を責めている様に感じる。



「早苗さん…ごめんなさい。うぅっ。悠紫くん…ごめんなさいっ。ひっ。私は…なんてひどい事をしたんだろう。一番傷付けたくない人を…ひっ。こんなに傷つけてっ。うぅ。そんなに、想ってくれてたなんて。どうして分からなかったんだろう…。どうしてっ、ううっ。」



「なんだよ(笑)もういいよ。泣くなよ(笑)」



どうして悠紫は笑っているのだろう。

酷い事をした私に、向ける顔ではない。



沢山の後悔を少しずつ償っていける様にと、前向きに歩き出したところだった。


だけど、第三者から聞く悠紫の過去は

私をまた深い後悔の溝へと


引きずりこんだ。


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