第21話 すれ違いの1週間

「はぁ。疲れた…。」



仕事は普段通り何も変わらなかった。

ただ、エリカが来るかもしれない恐怖で気疲れしてしまった。



「さて、作るか…。」



それでも、一緒に暮らす人の為に

何かを作りたかった。

帰り道のスーパーで、男の子の好きなメニュー上位のカレーの材料を買った。

遅く帰って来ても電子レンジでいつでも温められるもの、温めないで済むもの…。

店内をウロウロと色々考えた結果、カレーにした。


「カレー嫌いだったらどうしよう…。いや…?大丈夫だよね…。」



そろそろカレーのルーを入れようかという頃、電話がかかって来た。

悠紫だった。



「もしもし。」


「もしもし。お疲れ様、もう家?」


「うん、カレー作ってる。」


「え。楽しみ(笑) …でもさ。」


「うん。」


「遅くなると思うから先に寝てて。」


「じゃあ、ご飯そっちで食べちゃってね。」


「我慢出来なそうなら、そうするかも。」


「うん、大丈夫だよ。頑張ってね。」




一応、ガラステーブルの上に置き手紙をする事にした。




『冷蔵庫にサラダと福神漬けがあります。』





――――――――――――――――――――


スマホのアラームに起こされ慌てて止めた。

部屋を眺めて、一瞬自分がどこに居るのか分からなかった。

悠紫に気を使わせたく無くて自分の部屋のベッドで寝たのを思い出した。


夜中に物音や気配で起こされる事はなかった。

もしかしたら帰っていないかも?


キッチンに入ると、カレーもサラダも食べた形跡があった。

使った食器がちゃんと洗われている。


ガラスのテーブルに置いてあった私の置き手紙に悠紫からの返事。



『ごちそうさま。うまかった。』



なんて出来た人なのだろう。

悠紫はきっと、御曹司だからじゃ無くて

男性としてモテていたに違いない。



私は残っていたカレーを食べて、悠紫にはチキンのサラダを作った。

それも置き手紙にした。




――トントン


「悠紫くん?」



部屋の前で声を掛けたが返事が無い。

もう、家を出ているのだろうか。

そっと部屋を覗いてみると、ベッドが膨らんでいて寝顔が見えた。


(可愛い♡)



小声で

「いってきます。」

と声を掛けて扉をしめた。




――――――――――――――――――――

今日は店に着くと鍵が閉まっていた。

私の方が先だった。


バックルームから売り場に出て、開店準備をしていると店の固定電話が鳴った。



――プルプルプルプル


出ようとすると星准がバックルームから慌てて出て来て、私を止めた。



「あの女だったらどうすんだよ?」


「あぁ、そうだね。」


「はい!SJ楽器です!はい。いつもありがとうございます。あぁ、任せて下さい。すぐに向かいます。ありがとうございます。」


――ピッ


「やっぱりあの高校だったよ。」


「はぁ。ごめん。」


「でも、男の人だったんだよなぁ。しかもギターのチューニングだって。おかしく無い?」


「確かにね。あの子ならチューニングくらい出来るはずだよね。」


「とりあえず行ってくるから気をつけろよ。」


「うん。いってらっしゃい。」




――――――――――――――――――――

《星准side》



「急にすみませんでした。チューニングが出来なかったんで助かりましたよ...。ありがとうございました。」



どこからどう見ても体育の先生にしか見えない様な、体格のがっしりとした男性教師が申し訳無さそうに頭をさげた。



「あのう。いつもの先生はどうされたんですか?」


「実は数日前から無断欠勤していましてね。一条先生の居場所とかって分かりませんか?」


「居場所!?ですか? どうして私が分かるんです??」


「一条先生の紹介だったんで、てっきり知り合いかと…(苦笑)」


分かりやすく頭をポリポリと掻いて苦笑いを向けてきた。

つられて俺も苦笑いになってしまった。



「私の店が音楽仲間の中で話題になった事があるようで。それを思い出して使って頂いてたみたいです。」


「そうなんですね。失礼しました。」


「もし、一条先生のことがわかったら教えて頂けませんか?実家に連絡をしても居場所は知らない様でして…。」


「分かりました。ただ、あまり期待はしないで下さい。」 



駐車場に停めてある軽トラに乗りこむと、すぐに杏実のスマホに電話をかけた。



「もしもし?どうかした?」


「店は忙しいか?」


「いま、お客さん居ないよ。」


「エリカって奴、もう何日も前から無断欠勤してんだって!だから警戒しとけ!」


「えぇ??」


「もし、エリカが入って来たら逃げるんだぞ?店ん中のもんは保険で何とでもなるんだから。わかったか!?」


「わかった。気をつけて急いで帰って来て!」


「切るぞ。」



頼む!

俺が戻るまで何も起こるな!




・ 


――――――――――――――――――――

「じゃあ。また明日。」


「うん。気をつけろよ。」


店の前で星准と別れ、駅に向かった。

いつもと変わらない流れ。

結局、エリカは店に来る事は無く…。

また今日も気疲れしただけで済んだ。


『今日はご飯は要らないよ。』

と、お昼頃に悠紫からLINEで連絡があった。

1人では何も作る気にはなれず、コンビニで目に新しい物を色々買い込んで帰った。



日が変わってすぐに、悠紫が帰って来た。



「おかえり。」


「寝てなかったんだ。」


「うん。あのさ、今日ね!」


「ごめん。今急いでてさ、話は今度で良い?」


「あぁ、うん。大丈夫、ごめんね。また出るの?」


「しばらく、大学と事務所の往復になりそうなんだ。着替えを取りに来たんだよね…。」


「そっか…忙しいん…だね。」


「一緒に住む様になってすぐにこんな感じで申し訳ないんだけどさ、しばらく帰れないと思う。」


「そうなんだ…。私は大丈夫だよ。」



しばらくとは何日なのだろう。


大きなバッグに下着や服などを詰めて慌てた様子で部屋を出ると、

真っ直ぐに私に近付き、キスをして微笑んでくれた。



それだけで、

エリカが無断欠勤をしている話をしたかったけど、どうでも良くなった。

しばらくとは何日なの?

なんて面倒くさい質問もどうでも良い。



でも…。



ドアの前で手を振る悠紫にちゃんと笑顔を向けられただろうか。

ドアが閉まってからの静けさが寂しかった。

この何とも言えない不安は何なのだろう。


不安な気持ちを掻き消すかの様に

悠紫のベッドで神矢悠のCDを聴きながら眠った。



翌朝

さっき見た夢を、ベッドの中で思い起こしていた。

またいつもの流星群の夢だった。

だけど内容が変わっていて、泣いて起き上がらずに済んだ。


夢の中で私は悠紫の告白に

『私も好きだよ』と答え、キスも受け入れる事が出来た。

朝からニヤニヤとしてしまう位に嬉しかった。

これくらいの事で『しばらく』を乗り切る事が出来る。



だが…、本当に…

しばらくとはどれくらいなのだろう。


悠紫が家を出てから1週間が過ぎた。

私の休みの日もあったのに1人で過ごした。


ここまで来ると疑問しか湧かなくなった。

1週間も帰って来ないなんて…。

地方や海外にでも居るのだろうか。



「ちょっとでも帰って来れ無いもんかね!?」


仕事中、星准が配達で居なくなると

あれこれと考えて独り言を言ってしまう。

毎日、連絡はあるが何をしているかなどの明確な話が無かった。

守秘義務でもあるのだろうか。

私が誰に話すと言うのか。

不安とも怒りとも言えない私の中に蠢く複雑な感情を、星准は感じ取っている様だった。

元々、勘の良い人だ。

隠すつもりもない。



「お前どうした?何かあったのか?最近変だぞ。なんか怖い。」


「怖いって何よ。何も無い。ってか…、何が起こってるのかわかんないから話しようがない!」


「なんだそれ(笑)30分前だけどもう店閉めちゃってさ、アジサイ公園で遊ぼうぜ(笑)」


「アジサイ公園で遊ぶ?」





駅から店に向かう途中にある公園。

そこそこ大きい公園でアジサイが沢山植えてある。

春には桜も咲く。

暖かい気持ちの良い日に、ベンチでお昼ご飯を食べたりはしたが、遊具で遊んだ事はもちろん無い。



――きゃははは!


「滑り台ってもっと長いイメージだったんだけど(笑)地面近っ。」


「星准がデカくなったんだよ!(笑)」


181センチと背の高い星准が滑り台の上に座ると、滑る部分がほとんど無くなってしまう。

交代で2回滑ったが、飽きてしまった…。


「次ブランコ行こうぜ。」



星准に従い歩き出すと、振り返り話し始めた。


「お前さ…。もしかして、悠紫くんとすれ違いの状態なのか?」


「ねぇ…なんでわかるの?怖いんだけど。」


「なぜか分かっちゃうんだよなぁ。お前の事はな(笑)」


「ふ〜ん。」


「相談に乗るぞ?彼氏の相談を聞いてもらってるうちに、その人と付き合っちゃうってよくある話だよな!?(笑)」


「はぁ?」


思いっきり睨んでやった。



「こわっ。冗談だって。」


「すれ違いなぁ。しばらく帰れないって、本当に1週間帰って来なくてさ…。何やってるかくらい教えてくれても良いのになぁ。」


「それには理由があるんだよ。そう長くは続かなさいさ。」


4つあるブランコの中の、真ん中2つに並んで座った。

大きい成人男性がブランコに乗る姿はやっぱり面白い。



「どっちが高くまで行けるか競争な!」


「よし!負けないよ!」



ブランコなんて何十年振りだろう。

最初はなかなか上手く漕げなかったがだんだん勘を取り戻しどんどん高くなって行った。

隣を見ると星准も同じくらいの高さまで来ている。



「お前なんだ?その足!(笑)」


「普通に漕いでるだけじゃん!」


「待て待て(笑)何でそこで足曲げて地面に付かないの?(笑)」


「ちっちゃい時からずっとこの漕ぎ方なんだけど!」


「ちょっと見とけ!背中側に上がった時に足を曲げるだろ?落ちる時に振り落とすんだよ!そんな下の方で足曲げないって!(笑)」


「うるさいなぁ!漕げてるんだから良いじゃん!(笑)」


「ちょ、マジでやめろ!あははは!面白過ぎる!(笑)」


「ちょっとやめてよ!(笑)漕ぎ方分かんなくなって来たじゃん!(笑)」


「あははは!マジでやめて(笑)」


「笑い… ははっ…過ぎだから!(笑)」



笑い過ぎて漕いでいられなくなってしまった。

2人とも漕ぐのをやめて笑った。




「はぁ〜あ(笑)笑わせられ無かったら勝ってたのにぃ!!」


「俺の方が勝ってたっつうの!(笑)」



その時、背後から声をかけられた。



「楽しそうだね。」



悠紫だった。

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