第18話 星降る夜に

「俺さ、ピアニストとしてデビューしたの知ってる?CDを1枚…出したんだけど。…知ってた?」





ずっと出会った時から、悠紫がピアニストでデビューすると信じていた。

信じて疑わなかった。

離れて暮らすようになってもずっと。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《去年の春》


インターネットで悠紫の名前を調べるのが毎日の日課になっていた。


5月のある日


とうとうその日が来た。



「わ!!」


デビューの決まっているピアニストの情報が出ていないかを調べていたら

悠紫ゆうしの写真が掲載されているのを見つけた。

その写真を見て心臓が止まりそうになった。



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        神矢悠かみやゆう


     新進気鋭のピアニスト

    7月7日 デビュー決定!!

   録り下ろしを含めた12曲を収録

      6月7日予約開始!


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(悠紫くん(泣)おめでとう(泣))


でも、どうして『菅屋悠紫』という素敵な名前があるのに芸名なのか。

違う人かとも思ったが写真はどう見ても悠紫だった。

深い赤色の髪に白い肌。

軽く視線を右に向けて、ほんの少し微笑んでいる。

プロの撮った写真は悠紫の顔の良いところを引き出していてとってもカッコよかった。

女性ファンがたくさん出来るだろう。


デビューすると決まるまでに様々なドラマがあったに違いない。

なのに何も知らない。

芸名をつけた理由も。

デビューすると知らせる連絡も無い。

お祝いも出来ない。

嬉しいのに悲しくて、その日は一日中泣いて過ごした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《現在》


「7曲分は『おめでとう』が言えたけど、後の5曲は言えなかった…。CDになってないのもきっとあるんだよね…。」


「知ってくれてだんだね…。」


「クローゼットの中の段ボールの中に悠紫くんのCD、30枚入ってる。」


「さ、30枚!!?」


目を見開き大きな声を出す悠紫を見て笑ってしまった。


「だって、悠紫くんのファンなんだもん。最初はね横浜中のレコード屋さんを巡って1店舗1枚全部で11枚予約したの。」


「うん。」


「あとは見つけるたびに買ってたら30枚になってた…。」


「買い過ぎだよ(笑)だけど…。お買い上げありがとうございます!」


「ぷは!(笑)」

「くくっ(笑)」


「デビューおめでとう。」


「ありがとう。」


「やっと、言えた(苦笑)」


「やっぱり1番嬉しいよ。」


「やっと芸名の理由もわかった。本名だとバレちゃうからだね?」


「うん、そう。」


「でもどうして神矢なの?」


「全然良い名前が浮かばなくてさ。俺をデビューさせてくれた人が矢沢さんと神田さんで…組み合わせただけ(笑)」


「何それ(笑)でも、良い名前だと思うよ。」


「気に入ってるよ(笑)」


「私ね、何回かファンレターを書いたんだけど結局出せなかった…。私が書いたって分かる文面、分からない文面の2種類書いたりして…でも出せなかったんだよね。けど捨てる事も出来なくてさ。」


「それ、今も持ってるの?」


「それも段ボールに入ってる…。」


「読んでいい?」


「うん…。」


悠紫が嬉しそうな顔をした。

少し恥ずかしいけど、読んで欲しい。

あの頃の想いが報われる気がするから…。



「12曲目の『Meteor Shower』って曲、私に宛ててくれた曲だったりする?」


「そうだよ。分かってくれたんだ(笑)」


「『流星群』なんて…私宛としか考えられないもん…。だってさ、あの日の事は私にとっても未だに夢に出て来る程の想い出だから...」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《約3年半前》



その秋は25年ぶりの獅子座流星群が全国的に観測される予報が出ていて話題になっていた。



「杏実さん流星群って見た事ある?」


「ないない。悠紫くんは?」


「ないよ。一緒に…見てみる?」


「…うん。」




街灯が邪魔しない観測に適した場所を知っていると言う。

観測の出来る予測時間は0時。

会社はいつもより少し早めに退社させて貰った。

帰ってからシャワーを浴び、メイクは入念に。

身支度を整えて待ち合わせ場所に向かった。



黒のスポーツカーでやってきた悠紫は車を停めると運転席から出て助手席のドアを開けてくれた。


「どうぞ。」


「う、うん。」


ドアを閉めて運転席に戻る悠紫を助手席から眺めた。

運転席に乗り込む姿もミラーを確認して発進する姿も全てがカッコいい。

極め付きは、右へ曲がる急カーブで体が傾かない様に私の右肩を押さえて支えてくれた。


こんなカッコいい22歳が存在するなんて。

いつもとは違う雰囲気にずっとドキドキしていた。

この幸せな時間を1秒たりとも取りこぼす事なく覚えていたい。

 


その観測に適した場所は千葉にあるという。

時間が少しかかるからと途中、入りやすそうなレストランで食事をした。



「もう少しで着くよ。」


そう言われて見渡すとあたりは真っ暗、何も見えない。


「ここどこ?」


「なんて言ったらいいのかな。工事現場みたいな感じ?」


「工事、現場…?」



真っ暗な道を進むと右手に小さな監視小屋が見えた。

明かりが点いていて中に守衛がいる。

悠紫は車を停めてシートベルトを素早く外すと

「ちょっと待ってて」

と小走りで小屋に向かった。

守衛に声を掛けている。

話している途中に目の前のゲートがゆっくりと自動で開き始めた。


悠紫はまた小走りで戻ると素早く乗り込んだ。


「工事現場に入れてもらえるの?」


「うん。お願いしといたから。」


この人は一体何者なんだろう。

こんな完璧なデートプランを立ててくれた元彼なんていただろうか。

いや、いたら別れてはいない。



しばらく進み車を停め、エンジンを切った。

駐車場というわけでも無さそうだった。



「この辺りで良いかな。降りよ。」


車から降りると少し潮の匂いがした。

月の光が辺りを照らし街灯が無くてもよく見える。

足元はコンクリートで整備されていて360度見渡す限り山以外は何も無い。




「今日、月が明るいね。こんな日に本当に見えるのかなぁ。」


「大量発生って言うから見えるんじゃない?」


「月に背中を向けた方が良いかも。」



月に背を向けるために振り返ると悠紫と目が合った。


「はぁ…。」


あまりの美しさに息を飲んだ。

月の光が悠紫の肌をさらに輝かせ、まるで悠紫が光を放っているかの様だった。


見惚れていると悠紫越しに流れ星がいくつも見えた。


「悠紫くん!始まった!後ろ!」


悠紫は素早く振り返ると空を見上げて少し興奮する様に

「すげー!」

と、声をあげた。



「今、すごい音したね!?」


「した!音もするんだね!」



流星と言うより火球と呼べる程の大きさの星が音を立てながら燃え尽きる。

月の明るさなど問題にならない程の流れ星が視界の中を横切って行った。



「こんなに流れ星が見られたら願い事叶いそうだよね(笑)」


「何、お願いする?」


「…内緒。悠紫くんは?」


「ピアニストになれます様に、とか?」


「それは勿体無いよ。願わなくても叶うもん。」


「ふんっ(笑) うん。じゃ…。俺も内緒。あのさ…、ちょっと、話しがあるんだけど聞いてくれる?」



そう言うと悠紫は体をこちらに向けた。

悠紫に体を向けると真剣な顔をした。




「俺…、杏実さんが好きなんだ。」


「えっ…。」


「俺の気持ちに気付いてたでしょ?」


「そ、それは、えっと…。」


「ずっと杏実さんの側に居たいんだ。今すぐとは言わないから、杏実さんも…俺を好きだと言って。」



今すぐにでも言えるほど悠紫が好きだ。

でも喉に想いが詰まって声が出ない。

ただ見つめるしか出来ない私に悠紫は顔を近付けた。

唇が触れそうになった瞬間離れてしまった。



「ご、ごめんなさいっ。」


「なんで?俺の事…好きじゃ無いの?」


「その、あの、またの機会に取っておこう?」


「ん?」


「だって、今日はなんだか、もったいないんだもん。」


「何?(笑)」


「今日はハグだけにしよ?」


そう言うと呆れた様に鼻で笑いハグをしてくれた。

悠紫の肩越しに月と流れ星が見える。



ほんの少しだけ欠けた明るい大きな月。

こんな日に満月じゃ無いなんて、私らしいよなと思う。


私の人生で最も美しい瞬間。




しばらく流れ星を見た後、悠紫は家の近くまで送ってくれた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《現在》



「そうだ!そこ行こうよ。夕日もキレイなんだよ。今なら間に合うかも!」


「行けるの?」


「ちょっと待って、弟に電話して聞いてみる。」


そう言うとポケットからスマホを取り出し電話を掛けた。



「あ、もしもし、ごめん。あのさ、千葉の実験場あるじゃん?今日何かやってる? うん、ちょっと調べてみて。」


30秒程の沈黙の後、通話相手の悠紫の弟が会話を再開した。


「じゃあ、行っていい? なんだって良いじゃん(笑)うん、宜しく。じゃあな。」


悠紫はスマホをポケットに入れながら嬉しそうな顔をこちらに向けた。


「いけるよ(笑)」


「実験場?」


「うん、親父の会社の実験場。新しく出来た車の性能を見たり、事故のシミュレーションをする所。」


「あぁ、なるほどぉ。」



メイク直しに少しだけ時間を貰って家を出た。

地下駐車場に停められていた車は以前と同じ黒のスポーツカーだった。

同じ車を大事に乗っていた事が嬉しかった。





――――――――――――――――――――

運転をする悠紫は相変わらずカッコよくて優しい。

渋滞のせいで2時間以上も掛かったが日没には間に合った。


監視小屋の近くまで近付きパワーウィンドウを開けると守衛がこちらに近付いた。



「お疲れ様です。急にすみません。」


「悠紫さんですね?すぐ開けますからどうぞ。」


「ありがとうございます。」


守衛が小屋に戻ると何かを動作させた。

ゆっくりとゲートが開く。



真っ直ぐ進み見晴らしの良い場所に車を停めた。

車から出ると潮の匂いがする。

辺りを見渡すと海が見えた。



「こんなにも海の近くだったんだね。」


「うん。」


「こんなに何も無いんだ…。広すぎて怖いくらい。ここどれくらいの広さがあるの?」


「東京ドーム2個分って聞いた事あるけど。」


「えぇ? なんかさ…」


「うん。」


「 … 引く。」


「あははは!(笑)俺も言いながら理解出来てないよ(笑)」


「ずいぶん庶民的なんですねぇ。」


「俺はずっと庶民的だよ?(笑)」


「よく言うよ。」


「誰も来ないからこんな事も出来るよ。」


そう言うと、悠紫は両手で私の頬を包み

キスをした。




「…監視カメラはあるけど(笑)」


「ちょっと!」


「へへっ(笑) あのさ。あの時…流れ星に何を願ったの?」


「私はぁ…。 悠紫くんとずっと未来も一緒にいられます様に。って…。悠紫くんは?」


「俺は…。杏実と一緒に世界を見たい。って。俺の本当の夢は世界デビューなんだ。」


「その夢が叶う時には…、一緒に居られるんだね。楽しみ。」


悠紫が優しく笑っている。

もう、絶対に離れたりはしない。

絶対に…。




空がオレンジ色に染まり始めた。

空と地面の境目に雲が広がっていて長くは見られそうにない。

オレンジ色の夕日がゆっくりと雲に吸い込まれて行った。



「見てるとあっという間だね。」


「あ!コーヒー忘れてる!」


来る途中のコンビニで買ったホットコーヒーを忘れていた。

車に乗り込み、冷え切ったコーヒーを笑いながら飲んだ。



「明日から仕事どうすんの?」


「どうするってさぁ。行かないとね…。」


「あ!あぁ! 言い忘れてる!オーナーに電話しなきゃ!」


「なに?何なの?」


悠紫は慌てて星准せいじゅんに電話を掛けた。



「もしもし!今いいですか!? 一緒にいます。大丈夫です。伝えておくのを忘れてる事があって。川崎の音楽高校ありますよね?星准さんが対応してるメガネの女教師!あれ、エリカなんです!」


「はぁああ??」



とんでもない事実に体が震えた。


私が行くはずだったところを、悠紫がやめた方が良いと止めてくれた事を思い出した。


私が行っていたら、どうなっていただろうか。


エリカとの問題を早急に解決せねばならない。

悠紫との未来のために逃げずに戦おう。

改めて、心に誓った。

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