第17話 僕が音楽を続けられる理由

《悠紫side》


最初は決して、恋だとかそういうモノでは無かったかもしれない。

だけど


俺は…あの瞬間からずっと

杏実を想って生きているんだよ。





杏実と知り合った時に住んでいた家にも防音室があって、タクシーで急いで帰ると真っ直ぐにピアノに向かった。


もう演奏会まで4日しかない。

まともに弾けるかどうかも分からない状態なのに演奏会に誘ってしまった。

まずは練習から始めないと。

とりあえず弾いてみたら意外と上手く弾けた。



「良かった…。で、どうしよう…。」


もう、時間がない。

過去に作った曲をアレンジする?

いや、何の為の挑戦なんだよ。


一から作るしかないだろ。


思い付くまま弾いてみた。

違う。

それでは何も変わらない。



楽しみも癒しも見出せないまま時間に追われ仕事だけに生きている。

大事なものを忘れてきてしまうほど疲れているあの人を癒す為の音楽。


あの人の様な人達のお陰で経済は回り

俺は好きな事に生きていられる。


俺は生かされている。


これは感謝の音楽だ。


俺からあの人に捧げる感謝の音楽。


食べる事も眠る事も忘れて作り続けた。

1曲書き上げ、時間を確認したら丸2日を過ぎていた。

3日目は泥の様に眠り、4日目はただひたすら弾き続けた…。





演奏会であんなに緊張するなんて初めてだったよ。

だってさ、感性で作ったんじゃない。

心で作ったんだ。

なのに反応が悪かったら?


俺の音楽人生は終わってしまう。


生きるか死ぬかの瀬戸際にいる様な心境だった。




舞台に立つとあの人が真ん中の座席に座っていた。

ちゃんと来てくれた。



もう何十年とピアノを弾いていて、数え切れないほどの発表会や演奏会に出ている。

だから、弾き始めたら緊張は無くなってしまった。


弾きながら反応が気になった。

視界に入る人達の反応は良さそうだ。

あの人の反応は?

見るのが凄く…怖かった。



「うぇえ〜ん。あぁ。うっ。うぅ。」



ピアノの音に紛れて聞こえる嗚咽。

一瞬、幻聴かと思ったよ。

観客席を見ると杏実が身体を揺らして泣いていた。



【琴線に触れる】



その瞬間に立ち会えた。

それも、自分の作った音楽で。




そうだ。

そうだよ。

あなたに作ったんだ。

間違ってない。

その反応は間違ってはいない。



なんて幸せなんだろう。

心を込めて作れば心で反応してくれる。

音楽とはなんて素晴らしいのだろう。

やっぱり俺の生きる世界はこれしかない。



演奏が終わっても号泣する姿を見て笑ってしまった。

それにしても泣き過ぎだって。

でも…ありがとう。

本当にありがとう。

あなたに出会えて良かった。

音楽を続けさせてくれてありがとう。

僕の命の恩人。

僕の大切な人…。





演奏会が終わってから教授に声をかけられた。



「菅屋くん。」


「はい。」


「あの曲は新曲だな?」


「数日前に急遽作ったものなんですが…。」


「急遽?そんな風に感じなかった。とても素晴らしかったよ。泣いている人が居たね。」


「そうですね(苦笑)」


「今までの演奏会であんなに泣く人は初めて見たよ(笑)それだけ君の曲が良かったと言う事だ。自信を持ってやりなさい。せっかく大学院に進むと決めたんだ、学校に戻るよな?」


「はい。戻ります。」


「そうか、良かった。新曲の楽譜を提出しなさい。色んな所に売り込んでおこう。」


「はい。宜しくお願いします。」





教授と別れてから直ぐにあの人に電話をかけた。

凄く会いたかったんだ。


知り合った時、汗だくで疲れ果ててボロボロに見えた人が

桜のライトアップの光のせいなのか

それとも、もう好きになっていたのか

キレイなお姉さんに見えた。

元々おばさんだなんて思ってはいなかったけどね。



大学生になってから何人か好きな人が出来て、自分から告白をして付き合ったけど

心を開くってよくわからなかった。

なのに俺は知り合ったばかりのお姉さんを『杏実さん』と名前で呼び

あなたの事が知りたいだなんて口走っていた。


俺に正の感情の全てを教えてくれる人。

愛おしく思うとはこうゆう事なのか。

この人の一番近い人になりたい。

ずっと一緒に居たい。

離れ難かった。







――――――――――――――――――――


「あの曲のお陰で一目置かれる様になったんだよね。」


「悠紫くんを蹴っていたどの事務所もどうかしてるよ。理解出来ない。」


「何で?(笑)」


「私、3曲目で泣いたんじゃなくて、1曲目から泣いてたからね?」


「そうなんだ(笑)」


「悠紫くんの作る音楽はずっと素晴らしかったんだから。」



杏実はいつも嬉しくなる事を言ってくれる。

やっぱり正の感情を教えてくれる人だ。



「杏実は俺の命の恩人なんだ。音楽を辞めずに済んだ。今の俺が居るのは杏実のお陰だよ。…感謝してる。」


「そんな風に思ってくれていたのに…私はやっぱり最低だ。」


「杏実が消えた3年間は生命維持装置を外されたみたいに死んでたよ。それは杏実もだろ?だから、もう良い。責めるのはやめよ。」


「そうだけどさ…。」


「ただ、3年間は作曲するのも苦労したよ。杏実は作曲する上での指針の様な人だったから。」


「指針って何?」



杏実の手を引いて防音室に入れた。

折り畳みの椅子に座らせるとキョトンとした顔をした。

そういうところも可愛くて好きなんだ。



「さっき出来上がった曲、聞いてくれる?」


「…うん。」





―♪♩🎶♬♩♫♪〜



弾き終わって杏実を見ると泣いていた。



「あはは(笑)」


「凄く良い曲だね(泣)」


「直すとこありそう?」


「無いと思う(泣)おめでとう。」


「ありがとう。昔もそうやって曲が出来るとおめでとうって言ってくれたね。」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《約4年前》



杏実は家に誘っても来る事は無かった。

大学も時々しか来てくれない。

でも一緒に居たい。

考えた結果スタジオを借りる事にした。

杏実の仕事終わりに来られる様に夜の時間と、杏実の休みの木曜日は丸一日、毎月借りていた。




―♪♬♩🎶♩♫〜



「今のどうかな?」


「私、専門用語も分からないし上手く言えるか分かんないよ?」


「良いから、気にしないで言ってみて。」


「展開がちょっと早いかな?盛り上がる前にもう少し欲しい感じ。なんて言ったら良いかなぁ。感情移入できる前に盛り上がりが来ちゃってる感じがする。」


「う〜ん。展開が早いか…。」




―♫♩🎶♩〜


「ここまではこのまま」


―♩🎶♪♩♫♩♪〜


―♪♬♩🎶♩♫〜





「これはどうかな?」


最後まで弾いて振り返ると杏実は泣いていた。



「よし(笑)出来た。」


「うん(泣)出来た。おめでとう(泣)」


「ありがとう(笑)」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《現在》




「杏実の意見は参考になったし、感性を信じてたから指針を無くして最初のうちは発表するのが怖かったよ…。」


「悠紫くんは元々才能があるんだよ。私は関係ないよ。」


「俺さ、ピアニストとしてデビューしたの知ってる?CDを1枚…出したんだけど。


…知ってた?」

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