第16話 悠紫の挫折
「
「今何時?」
「13時。」
「え!?もうそんな時間?」
目を開けると昼の日差しが、部屋に差し込み眩しい。
漆黒の遮光カーテンを、全開にした部屋は違って見えた。
「腹減ったよ。」
「何か作る?」
「作ったから食べよ。」
「えぇ?ありがと(笑)
「うん、曲作ってた。」
「あぁ、そうなんだ。」
寝起きの顔がとんでもないことになっているのだろうか。
目を見て話す視線がどこかおかしい。
愛おしいとかそんな気持ちは、全く感じられない。
ただ無表情で、観察する様に見ている。
「何よ?」
「いやぁ、面白くねーなと思ってさ。」
「何が?」
「目、腫れてない。」
「腫れてない?良かったぁ。」
「笑ってやろうと思ってたのに。」
「ホントやな奴だね。」
・
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悠紫はチャーハンを作ってくれていた。
見た目も味も完璧。
美味しいと言うと、うっすら嬉しそうに笑う彼は、やっぱり御曹司には見えない。
広告代理店で働いていた時、沢山の芸能人に会ったが彼らの方がよっぽど気取っている。
思い返せばこの人の事を何も知らない。
両親との会話も気になる。
「悠紫くん料理上手いけど何で?」
「何でって?」
「料理なんてする必要無かったんじゃないの?お手伝いさんとか居なかったの?」
「お手伝いさんは常に2人居たよ。あとは、母さんも会社の重役をやってて、忙しい人だったから幼稚園に入る少し前から、高校まで1人の執事がずっと着いてくれてた。」
「執事!?執事ってあの?ビシッとした格好の男の人の?」
「そうだよ。30歳上の男の人。凄くカッコいい人だった。」
「執事て…。本物じゃん…。なのに料理うまいのは趣味?」
「ハタチになって1人暮らしを始めてさ、外に食べに行ってたら時間が勿体無いから自炊も始めたんだよ。やってみたら結構楽しかった。」
「ふ〜ん。素質があったんだね。」
「かな?」
「悠紫くんの事、教えてよ。私何も知らない。ご両親との話も教えてよ。」
「しょーがないな(笑)話すよ。」
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――――――――――――――――――――
《悠紫side》
「まずは、そうだな。小さい時からの話をしないとね…。」
物心ついた時にはすでに執事が付いていた。
小林祐介さんって人で自分の名前と同じ『ゆう』が名前に付いていたから親近感があった。
俺はその執事を『祐さん』と呼んでたんだ。
幼稚園の受験に向けて、祐さんは沢山の勉強を教えてくれた。
算数、漢字、常識問題。
教え方の上手い人で、俺は反発する事なく勉強が出来た。
お陰で幼稚園受験は合格。
そのあとの小学校受験も祐さんのお陰で合格が出来て、高校まではエスカレーターで上がった。
ピアノは3歳から始めたんだ。
両親は俺たち兄弟に色んな物を触らせた。
何に向いているのか探ってたらしい。
バイオリンやフルートなどの楽器類、パソコンやビデオカメラなどの機械類。
キャンバスに絵を描かせたり、水泳などのスポーツをやらせたり。
その中で俺はピアノに強く惹かれた。
祐さんが両親に、ピアノをやらせると良いと思うと話してくれた。
両親の祐さんへの信頼も厚くてすぐにやらせてくれてね。
ピアノの先生が家に来る様になった。
誘拐されない様に幼稚園も学校も毎日送り迎えをしてくれていたんだけど、
小学校に入った頃に車の中で話したんだ。
夢を打ち明けたのは祐さんが初めてだった。
「祐さんっ。僕ね、ピアニストになりたいんだよね。なれるかなぁ。」
「ピアニストですか?悠紫くんならなれると思いますよ。ピアノを弾く悠紫さんはとても楽しそうです。とってもお上手ですしね。きっとなります。楽しみにしていますね。」
そう言ってミラー越しに笑ってくれた。
その頃、学校の方ではSUGAYAの息子だと何故かバレてたんだ。
有名人の子どもが通う学校ではあったけど車で送り迎えをしてもらっている子どもはそうは居ない。
政治家か大企業の子どもと相場が決まっている。
みんな親のことがバレてたね。
俺はそうゆう奴らと仲良くしてた。
学校が終わったら迎えが来て、放課後に遊ぶなんて出来ない奴らは一緒に居て楽だったんだ。
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中学に上がると一般入試で入って来る奴が沢山いて初めて会う奴らは俺たちに群がった。
純粋に仲良くなりたい奴、興味本位な奴、金目的な奴、色んな奴らが集まって来てた。
その頃から女子にモテるようになったんだ。
手紙やプレゼントを貰ったり。
実際はモテてなんかいない。
わかってる。
中には好きになってくれた人もいたかもしれないが確認しようがない。
「はあ。」
「どうしたんですか?深いため息なんかついて。」
「また手紙を貰ったんだけど、みんな同じ事ばっかり。好きです。付き合って下さい。僕が普通の人じゃないからでしょ?」
「私はこの世に、2種類の人間が居ると思うんです。」
「2種類?」
「愛したい人と愛されたい人です。悠紫さんは愛されたい人なんですね。」
「よくわかんないや。」
「そうですね(笑)まだ分からなくても良いと思いますよ。」
・
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高校生になってすぐ父親にピアニストになる夢を打ち明けたんだ。
会社の事は弟に任せたいって。
父親は驚いていたけど才能を信じているからやりなさいと言ってくれた。
1年から3年まで毎年夏休みに、ジュリアード音楽院に短期留学をさせてもらったりした。
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大学は日本で1番の音楽大学に入れた。
大学生になって、もう誘拐はされないだろうし1人で何でもやれる様にと祐さんは僕の執事で無くなった。
ずっと一緒にいた祐さんと別れるのは悲しい。
父親は、その気持ちをわかっていたのか祐さんを自分の会社の相談役で入社させてくれた。
だから未だに時々会って食事をしたりしているよ。
中学生の時から作曲はしていたけど大学に入ってすぐに作曲する事に没頭した。
毎日毎日ピアノを弾きまくった。
課題曲の練習に作曲。
毎日ずっとピアノに触れて幸せだったな。
曲が出来るたびに音楽事務所に持って行ったけど、どの事務所も褒めてはくれない。
酷評が続いた…。
大学でもどこからバレるのか見当もつかないがSUGAYAの息子だと気付かれて人が群がった。
もう、本当にうんざりしたよ。
沢山曲を作って事務所に持って行くのにどこも認めてくれない。
なのに大学ではチヤホヤされる。
理想と現実のギャップに壊れそうになりながらピアノに向かっていた。
3年の時にエリカが入学して一緒に行動するようになった。
エリカの父親に頼まれたのもあるけど、人が群がるからエリカは人避けにちょうど良かったんだよね。
小さい頃から好きだと言ってくれてたから、もしかしたら本当に俺の事が好きなのかもしれないと期待もあったし、信じていたんだ。
あの日までは…。
・
・
4年の冬。
もう何十回目だろう。
心は荒み腐りかけていたけど曲の売り込みは続けた。
ある日、曲を持ち込んだ事務所で
「使えない」と言われたんだ…。
「どうしてですか?何がダメなんですか?教えて下さい!」
「じゃあ逆に聞くけど、この曲はどうやって作ったの?」
「どうやってって…?」
「君のやっているのはピアノだけで成立する音楽だよね?これはどんな想いで作ったの?」
「それは…。」
「君の音楽には心が無い。」
「ここ…ろ?」
「ただ浮かんだメロディーを並べただけなんだろ?この曲に歌詞が付くなら意味はいくらでもつけられるが君のやりたい音楽は違うよね?」
「はい…。」
「君のメロディーは良いと思うよ。だけど何も訴えてこない。どういう思いで作ったのか誰に向けられているのか。癒しも楽しさも感じ無い。聞いていて面白く無いんだよ。何回来ても同じだよ。帰りなさい。」
どういう気持ちで作ったのか。
誰に向けてられているのか。
ただ単に作っていた事を指摘されて恥ずかしかった。
音楽ってそういうもんじゃ無いもんな。
部屋を出て扉が閉まる瞬間会話が聞こえた。
思わず、指をかけて閉まらない様にして聞いてしまった。
「アイツ、何回も来るからちょっと調べたんですよねぇ。」
「お前、良い趣味してんなぁ(笑)で?」
「アイツ、SUGAYA自動車の菅屋光司の長男ですよ。」
「マジ??じゃあ、本気じゃねえな。」
「おそらく。」
「金持ち息子の遊びに付き合ってる暇なんてねぇっつうのな(笑)次来たら、もう聞かなくて良いよ。すぐに追い返せ。」
家の事。
才能の事。
相談する人が居ない。
相談したって答えも出ない。
才能がないからやっぱり家を継ぎますなんて絶対に嫌だ。
ピアニストになると決めている。
だけど認めてもらえない。
心が折れてしまった。
重役を辞めて家に入った母親が、時々家に来ていたから大学に行かなくなった事は直ぐにバレた。
ピアノも触らなくなった俺を母親は心配してたけど何も言わなくて…。
それは逆にプレッシャーなんだよなぁ。
何もやる気になれないから言われても反抗的な態度をとって終わってただろうけど。
このまま卒業しても箸にも棒にも引っかからない、何者にもなれないのは明らか。
親の心配もあったし大学院に行く事にしたんだ。
大学院に行く条件も満たしていたからね。
家に居ると母親に出くわすし、外をウロウロとすることが増えた。
それで、杏実の忘れ物を拾ったんだ…。
一瞬面倒臭くて無視しようと思ったんだけど、何故かその時父親が常に言ってた
『人に優しく』
って言葉を思い出したんだ。
【世界で1番誠実な車を作る】
親父の掲げる企業理念。
人の命を預かる私たちは誠実でいなくてはいけない。
特にお前たちは色眼鏡で見られてしまう、常識を持ち誠実で優しくありなさい。
耳にタコができるほど聞いた。
封筒の持ち主を勝手に、男性サラリーマンだと思ってたから、少し驚いたよ。
汗を流しながら安堵した顔で礼を言う姿を見て
届けて良かったと思った。
でもお礼をしたいと電話で言われたとき警戒した。
菅屋光司の息子だとわかっていて近付きたいのかなって。
「おばさんにそんな事言われても困りますよね。ほんと私何やってるんだろう…。」
自分をおばさんだと言う人が俺を口説いたりしないだろうし、なんだか可哀想になって行く事にした。
俺の事を知ってたって1回食事をすれば終わりなんだし気にしすぎだよなって…。
真っ直ぐ俺を見る目の前の人は、俺の事を知らなかった。
必死に働いて崩れそうになっていて、自分の事が恥ずかしくなった。
話を聞きながら音楽には人を癒す力がある事を思い出した。
『君の音楽には心がない。癒しも楽しみも感じない。』
音楽プロデューサーの言葉も思い出した。
目の前の人を癒す事が出来たら、俺の音楽が変わるんじゃないかなって思った。
挑戦したい。
でも3ヶ月以上もピアノを触ってない。
急にすごく焦ってソワソワし始めた。
こんな所で酒なんて飲んでる場合じゃ無い!
あの場では挫折を味わっているなんて本当の事は言えなかった。
毎月の演奏会だってプログラムに入れられているのに3回も出てない。
ピアニストになる夢を追いかけている前向きな自分を演じてた。
この人を癒す音楽を作りたい。
早くピアノに触りたい。
居ても立ってもいられなくなって、練習があるだなんて言って店を出たんだ。
俺は…あの瞬間からずっと
杏実を想って生きているんだよ。
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