第15話 両親との対面
玄関に入ると男性物と女性物の靴が揃えて置いてあった。
綺麗に磨きあげられているハイブランドの靴。
食器棚に頂き物だという高級な食器が並んでいる理由。
今になってやっと理解が出来た。
大企業の息子との交際なんて荷が重すぎる。
継がないと決めていてくれた事に感謝した。
家の中は静まり返っている。
悠紫の両親は客間で就寝している様だった。
自分の部屋で素早く着替え、悠紫の部屋に入った。
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ちゃんと眠るように言われていたのに、一睡も出来なかった。
静寂の中に女性の声が、かすかに聞こえた。
少しして男性の声。
「悠紫くん、ご両親起きてきたみたいだよ。」
声をかけると悠紫は直ぐに起きた。
「うん?…もしかして…寝てないの?」
「うん…。」
「何やってんの?」
「だって…いっぱい泣いたから…。寝たら目腫れちゃうもん…。」
「そんなの気にすんなよ。で?何でフルメイクなんですかぁ?」
呆れ顔で睨まれた。
お父さんに会う事を、楽しみにしている事がバレている。
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「おはよ。」
「あら、おはよう。帰ってたのね。」
「おはようございます。」
「紹介するよ。
悠紫が私を紹介すると、大企業SUGAYA自動車社長の菅屋光司がソファーから立ち上がり姿勢を正した。
母親も隣に立ち2人が同時に頭を下げた。
「初めまして柊杏実です。朝早くに申し訳ありません。」
「いえいえ(笑)初めまして菅屋光司です。」
「存じ上げております…。その…。色々読ませて頂いています。」
「それはそれは。そうですか(笑)こちらはこの子の母親の
「初めまして。あなたが杏実さんね。」
「はい…。」
「エリカちゃんが『おばさん、おばさん』と言うから、どんなおばさんかと思っていたが。アハハ!(笑)全然イメージと違っていたよ。その、あれだな。まぁ、私が言うとセクハラになるらしいから、やめておくよ(笑)」
「とてもキレイな方よね。あなたの代わりに私が言うわ(笑)」
「アハハ!(笑)」
「いえ…。エリカちゃんからすれば私はおばさんですから。」
「あなたが悠紫を救ってくれたんですね。本当にありがとう。」
「救ってくれた?ですか?」
「この子が音楽を続けられるのはあなたのお陰です。本当にありがとうございます。」
「あの…。どういう事か…ちょっと分からないんですが…。」
「あなた!もしかして…何も話してないんじゃない?」
悠紫は母親に詰められると、バツが悪そうに頭を掻いた。
私は更に状況が読めず、3人の顔を交互に見るしか出来なかった。
「自分の事も話せないなんて。彼女が離れて行くのも無理はないわ。話すってね大事な事なのよ?杏実さんにちゃんと話さなきゃ。」
「わかってるよ…。…あのさ。…今のうちに2人に言っておきたい事があるんだけど。俺、この人と一緒になるから。」
「えぇえ??」
話の展開が読めず困惑している私に
悠紫は追い打ちをかけた。
どさくさ紛れのプロポーズ。
いや、プロポーズと言って良いのだろうか。
会社を継がないとはいえ大企業の息子の嫁に、私みたいな人間を歓迎するはずが無い。
エリカの話もしなくてはいけない時間の無い時に、なんて事を言い出すのか。
反対されるに決まっている。
まずは悠紫をなだめて話題を変えよう。
エリカの話をしなくては…。
「そりゃあ、そうだろうなぁ。言われなくても分かっているよ。」
「えっ?」
「あれだけの話をしておいて、そうならきゃ可笑しいじゃないの。」
昨晩、この親子はどんな話をしたのだろう。
考えてもわかるはずも無く、考える事を放棄した。
「ねぇちょっと。杏実さんのこの顔。もしかしてこれも初耳ですか?」
「はい…。いま初めて聞きました…。」
「ごめんなさいね。この子は何だって一人で決めてしまうのよ…。昔からそうなの…。」
「はぁ、そうなんですね(苦笑)」
「あのう、ところで杏実さん。」
「はい。」
「一つ、お尋ねしたいのですが…。この子が私の息子だと知っていましたか?」
「それが…すみません。昨日、初めて知りました。失礼に聞こえるかも知れませんが…もちろん良い意味ですが。悠紫くん、大企業の御曹司には見えないので想像すらしていませんでした。」
「なんだよそれ。どうゆう意味だよ。」
「良い意味でって言ったじゃん。」
「ちっ!」
「ふふっ。」
悠紫は私に向かい舌打ちをすると父親に顔を向けた。
「本当に俺の事を知らないのか、何度か探りを入れた事があるんだ。親父の会社の名前を出したりして。だけど本当に知らなかったよ。」
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【悠紫side】
《3年半前》
街を歩くと親父の会社の車が沢山走っている。
目の前にいるこの人は俺が何者なのかを知っているのかな。
知っているのに知らないフリをしているとしたら…。
この人がそんな演技派だとは思わないけど。
別に知ってても良いんだけどね。
だとしたら、俺も楽だし。
この人なら財産目的でも良い。
俺に音楽を続けさせてくれたし、愛を疑わずにいさせてくれる人だから。
でも時々、探りを入れてしまう。
俺が何者かを知らずに好きでいてくれている事の喜びを、少しでも長く味わっていたくて…。
SUGAYA自動車販売所のショーウィンドーの前を通り掛かった時、
仕掛けてみた。
「この車良いなぁ。俺、車買い換えようと思っててさ。」
「いま乗ってるの何年目?」
「4年目?」
「余裕あるんですねぇ。」
「え?え?どうゆう意味??」
「大学生で車買い替えるって聞いた事ないもん。」
「あぁ。なんだ。…どちらかと言うと、そうかな。」
「うわぁ感じ悪ぅ(苦笑)でも、あんまり乗らないんだし必要無くない?」
交通事故に遭ってしまったら、夢を追いかける事が出来なくなってしまう。
親や杏実にあまり運転はしない様に言われていた。
「あまり乗らないからこそ、みたいな?(笑)SUGAYA自動車の車良いよね。」
「私あんまり車の事わかんないんだよね。」
「杏実さんだってSUGAYAの車乗ってんじゃん。」
「うちの会社がCM作ったりしてるし、社長さんは凄いと思ってるよ。車と言えばSUGAYAだしね。」
「そんな理由?」
「うんそうだよ?だけどさ、同僚が言ってたんだけど、友達がねSUGAYAに車見に行ったんだって。そしたらね、男性販売員の態度が偉そうで言う事も感じ悪くて、買うの止めて帰ったらしいの。絶対SUGAYAでは買わないってさ。だから、買い替えるなら色々見てみた方が良いと思うよ。」
「う〜ん。そうだね…。」
「さ、早く行こ。映画始まっちゃう!」
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《現在》
「それはどこの販売店ですか!?すぐに調査をして改善を図らないと!けしからん!」
「あの、又聞きなので…どこかまではちょっと…本当の話かも分かりませんし。」
「わかったら教えて下さい。全店舗に調査を入れてみるか…。お客様に…なんて事だ。」
悠紫がうっすらと笑っている。
御曹司に見えないと言った事への仕返しでもしたつもりなのだろうか。
小声で悠紫に話しかけた。
〔なんでそんな話しするのよっ!〕
〔焦ってやんの。くくくっ(笑)〕
〔やな奴!!〕
〔あはは!〕
「あなた達楽しそうね?」
悠紫の母親がニコニコと嬉しそうにしている。
「この子も、こんなに表情をコロコロ変えて楽しそうに出来るだなんて知らなかったわ(笑)ね?お父さん、今まで見た事あった?」
「母さんが無いなら私なんてもっと知らないよ…。」
「それはそうね(笑)」
「杏実さん…、この子の為に確認しておきたいのですが。この子は会社を継ぎません。それでも一緒に居てやってくれますか?」
「知り合った時にはもう既に、家を継がずにピアニストになると言っていました。悠紫くんの決断を尊重して下さるご両親が居るのに、私がとやかく言う事ではありません。それに、昨日知った事ですし(笑)」
「それが、SUGAYA自動車だったんですよ?それでも惜しくはありませんか?」
「私は…会社を継ぐ悠紫くんよりも、音楽で人々を癒す悠紫くんの姿が見たいです。」
悠紫が嬉しそうに笑った。
私はこの笑顔があれば生きていける。
「それは…」
菅屋光司を見ると真っ直ぐに私を見ていた。
「絶対に苦労しますよ。」
「苦労…ですか。」
「音楽で食べていける保証はどこにもありません。もしダメなら別れれば良いとか、そんな事を思っているなら、この子があまりに不憫です。」
「それはありません!もう…離れたく無いんです。悠紫くんの音楽にどれほど救われたか…。もし悠紫くんが成功しなかったとしても彼の音楽があれば私は生きていけます。お金なら私が働けば良いんです。だから…大丈夫です。」
「そうですか。そこまでの想いがあるなら、2人の自由にしなさい。」
「ありがとうございます!」
「ありがとう。でもさ…、自由にするには少し問題がありそうなんだ。エリカだけど。アイツ、ヤバいよ…。」
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「杏実さん。辛い思いをさせてしまったね。私が友人の代わりに謝ります。本当に申し訳ない。」
「やめて下さい。私が誰かに相談していたら良かったんです。悠紫さんを傷付けてしまって…申し訳ありませんでした。」
「杏実さんだって傷付いたじゃないですか。悠紫を守ってくれてありがとうございます。これからの事を考えないと。」
「杏実が危ないと思うんだ。」
「そうだね…。杏実さん。」
「はい。」
「お店には訳を言ってあまり出ない様には出来ませんか?後は1人にならない様に対策してもらうとか。」
「そうですね…。難しいですが…相談してみます。」
「そうして下さい。じゃ、私たちはこれで。」
「お忙しいのに…ありがとうございました。」
「また、ゆっくり会いましょう(笑)」
「はい。宜しくお願いします(笑)」
悠紫の両親は風の様に去って行った。
全てを打ち明ける事が出来た私は、重荷を降ろした安堵感と泣き疲れと寝ていないせいで強烈な睡魔に襲われた。
ソファーに倒れ込む私を悠紫が無理やり手を引っ張り起き上がらせた。
「なんでぇ?」
「ベッドで寝ろ。」
悠紫の部屋のベッドに潜り込むと一瞬で眠りに落ちてしまった。
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