第14話 悠紫の正体

とうとう、想いのたがが外れてしまった。


泣き過ぎて頭が割れそうに痛い。



こうなる事が怖くて素直になれなかったのに、今までしていた事はなんだったのか。


嗚咽が止んで、このような醜態を晒してしまった事を恥ずかしく思えた頃

強烈に喉が渇いている事に気が付いた。



悠紫ゆうしくん…。」


「うん?」


「お水、持ってきてくれる?」


悠紫は即座に立ち上がり小型冷蔵庫からペットボトルの水を持って来てくれた。

目の前に立つとペットボトルのキャップを取り差し出した。


「ありがとう…。」


下を向いたままほんの少し飲んだ。



「顔あげなよ。」


「無理…。」


「何かあったの? その…星准せいじゅんさんと。」


「無いよ。悠紫くんの話を聞いて貰っただけだから…。」



悠紫と最初の出会いから、自分の気持ちに気付いていたのにずっと向き合わずにいた。

なのに今になって想いが溢れた理由。

その事にやっと、気が付いた。



「あ…。だからか。そっか、だからか、人に全部話せたからだ…。」


「分かんないから。わかる様に話せよ。」


「ずっと、怖かったんだよ。こうなる事が。4年前も…自分の気持ちを表に出したら止められ無くなりそうで怖かった。」


「止める必要なんてないのに。」


「だから…姿を消す事も出来てしまったんだね…。でも、もう逃げたりしないよ。戦うって決めたから。」


「いい加減、俺にも話せよ。エリカと何があったんだよ。」


「星准にも全部話す様に言われた。これからの事を決める上でも話せって。」


「だろ?黙ってるのはおかしいよ。」


「うん、そうだよね。でもね、あれから3年経ってエリカちゃんも大人になったと思うの。今ならそんな事はしないと思うし…。純粋に悠紫くんの事が凄く好きなだけであって…。だからね、もうこの事は責めないであげて欲しいんだ。思い詰めたりしない様に上手く話して…」


「あのさ!」


悠紫が、イライラをぶつける様に声を張り上げた。

思わず顔を上げて悠紫の顔を見てしまった。


「アイツは思い詰めたりする様な人間じゃないんだって! 純粋?笑わせんなよ(苦笑)アイツは俺の事が好きなんじゃ無くて、俺の家と結婚したいんだよ。」 


「家?どういう事??」


「自分では言いにくいけど…。玉の輿に乗る為に、俺に近付く女がいっぱい居るんだ。だから、あんまり友達も作ったりしない様にしてる。杏実は俺が誰なのかを知らないみたいだったから一緒に居られた。まぁ…俺が好きだったのもあるけど…。エリカは玉の輿に乗りたい奴と一緒だよ。」


「玉の輿って何?悠紫くんはお家を継がないって言ってたよね?」


「それを知ってるのは杏実だけだよ。あとは両親と弟だけ。」


「何で?なんで、私だけなの!?」


「長男の俺が継がないなんて言ったらニュースになるからだよ。」


「え?? ニュースになるの?なんで?伝統工芸とか職人さんの息子だと勝手に思ってた。」


「なんでだよ?(笑)」


「継ぐ継がないがあるっていうのと、音楽って芸術だから?」


「なんそれ(笑)」


「じゃあ、何なの?継がない事がニュースになるなんて全く想像付かないんだけど。まさか大企業とか言わないよね?(苦笑)」


「SUGAYA自動車って知ってる?」


「日本人で知らない人いないでしょ。世界的企業じゃん。」


「そうだね。」


「あれ? すがや自動車? …菅屋さん?」


そう言えば、世界的大企業の名称と苗字が同じ…。

理解が追いつかなかった。



「俺の親父、菅屋光司すがやこうじなんだよね。」


「菅屋光司がお父さん!!!?うえぇぇ???ゴホッ!ゲホ!ゴホッ!」


「あはは!(笑)やっぱり俺の事知らなかったんだね。」

 


SUGAYA自動車とは昭和初期から代々伝わる自動車会社で日本に知らない人は居ない。

シェア率も50%以上ある。

現社長の菅屋光司の手腕で世界的企業に成長させ、働き方改革もいち早く取り入れた事でも有名だった。

従業員の満足度が高く離職率が低い。

大学生が選ぶ入社したい企業のトップにいつも入っている。


残念ながら私は携わらなかったが、私の勤めていた広告代理店で何本かCMを作った事がある。


菅屋光司独自の経営学に興味があって、伝記やインタビューなどを沢山読んだ。

広告代理店に居た頃、SUGAYA自動車の従業員が羨ましいと何度思った事か。


そう言えば、インタビューで自分の子どもについて言及してたっけ。



『子どもは男の子が2人おります。長男は私とは真逆の様な静かな子で、信念を持ち才能豊かな生き方も容姿も美しい子です。次男は元気で明かるく、優しさを振り撒いて歩く天使の様な子です。2人とも私の自慢の子であり誇りです。』




「美しい子…?…なの? 悠紫くんが?」


「何?美しい子?(笑)」


「お父さんがインタビューで言ってた。」


「親父の記事なんか読まないからなぁ。」


「ってかさ?何で継がないとかそんな秘密を私に握らすのよ!!?危ないじゃん!」


「あはは(笑)」


「誰にも言ってないから良かったけどさ…。」


「打ち明けてたら絶対に付き合わなかったでしょ?」


「そんなの分かんないじゃん。財産目的に結婚迫ってたかもしれないよ?」


「杏実なら良いし…。」


「…冗談にならないじゃん…。」


「エリカは…俺の財産だけが目当てだよ。何があったの?」


「はぁ。 3年前にね…。 エリカちゃんが私の会社に来たの…。」


「会社に?」


「うん… その時…」



・ 



悠紫は私の話しを遮る事なく、黙って聞いていた。

早い段階で舌打ちやため息をつき、怒りに震えていてこの後の展開が怖かった。

エリカが会社にタクシーを呼び頭を隠さず帰った所までを聞いて、体を怒りで震わせながら口を開いた。



「なんですぐに話さないんだよ…俺たちって…そんな事も相談出来ない仲だったんだな。」


「…………。」


「俺を…そんな人間とくっつけたかったのか?」


「そうじゃ無い。」


「そんな奴を俺が好きになるとでも?」


「私だって悠紫くんをエリカちゃんとくっつけないだなんて思って無かったよ。好きになるとも思って無かった…。ただ、本当に怖かったの。」


「すぐに話せば良かった事だろう!!?」


「あの頃はまともに考える事が出来なくて…心も折れて…」


「だからって酷すぎるだろ!?どいつもこいつも…頭おかしいよ…エリカも…杏実も…最低だな…。」


「ごめんなさい…。」


悠紫の顔を見ることが出来ない。

自分でも最低だと思う。

仕事が大変で疲れていたとしても、言い訳にもならない。



ただ単に、面倒事から逃げただけだ…。




「もういい…。」



悠紫は呟くとベッドから立ち上がり、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。



——パタン

 


もう体には涙なんて残って無いと思っていたのに…。


さめざめと泣いた。

夢の様な幸せな時間は2日間で終わってしまった。

新しい家を見つけるまで、ここに泊まり続けようか…。

それとも横浜?

考えを巡らせている間も涙は流れ続けた。

私のしでかした事は最低な事。

大人のする事では無い。

怒って当然。


ベッドに座っている事が辛い。

体を滑らせ床に寝転んだ。



「もう…疲れちゃった…。」



この世から消えて無くなりたい。

楽になりたい…。

どうしたら楽になれるかな…。



目を閉じると、床にポタポタと溢れ落ちる涙の音だけが響いている。


少し眠ったら、また続きを考えよう…。






――カチャ


――キキィ


――パタン



どれくらい経ったのだろうか。

眠りの淵を彷徨いながらも涙は流れ続けていた。

誰かが入ってくる気配を感じたが、顔を向ける気力がない。


テレビの置かれた机に、固い物がいくつか入っているビニール袋と、カギを置く音が聞こえた。


その気配は床に寝転ぶと、私を後ろから抱きしめた。



「うっ。ひっ。」


「寝てたの?」


「…死んでる。」


「やめろよ。」


「悠紫くんの…いなっ…はぁ、い人生は、死んでる、のと同じ…だから。」


「いつ居なくなったの?(笑)」


「…帰ったと、思った。」


「ビール買いに行っただけだけど?」


「カギ…持って、出たの?」


「うん。じゃ無いと入れないじゃん(笑)杏実のバカさ加減にムカついたから罰を与えたんだよ。」



悠紫は体を起こすと、私の体も起き上がらせベッドに座らせた。

顔を見ると優しい顔で笑っていて、釣られて笑ってしまった。


「とりあえず飲んで続き話せよ。それだけじゃ無いんだろ?」


「え?」


「髪を切ったのが怖かっただけ?まさかそれだけじゃないだろ?(苦笑)」


悠紫はビニール袋から500mlのビールの缶を2つ取り出すと1つを私に渡した。

ビニール袋には350mlの缶が2つと、スナック菓子が入っている様だった。


悠紫は机から椅子を持って来て目の前に座った。


――プシュ


缶を軽く合わせて飲み始めた。

喉が乾いていたから…。

不謹慎にも美味しかった。



「で?」


「居なくなる前…何かと理由を付けて悠紫くんと会わない様にしてたけど…。やっぱり会いたくなって、大学に行ったの。正門から覗くとたまたま悠紫くんが見えて…。ショートカットのエリカちゃんと楽器を運んでた…。エリカちゃんを怒らせたら、悠紫くんが危ないと思って…。電話をしたんだ。」


悠紫は飲みながら目も合わさずに聞いていた。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《3年前》




大学では悠紫の隣にエリカが居る。

悠紫とエリカを離す術はない。

エリカには悠紫に危害を与えるチャンスが山ほどある。

私はその事が怖くなった。





――プルプルプルプル



「もしもし…」


「はい。」


「あの、私…杏実です。」


「はい。分かります。」


「あの…。居なくなるって…難しいです。だから、もう会わないからそれで許してくれないかな?」


「現状がわかって無いみたいですね?悠紫さんを人質に取られてるんですよ?」


「人質…?好きな人を傷付ける事なんて出来ないでしょ?」


「ファンに殺される有名人とかいますよね?そのファンの気持ち、よくわかるんですよねぇ。独り占め出来ないなら殺したいって気持ち…。私は悠紫さんを殺したら自殺します。本気です。まだ分かんないの?」


「もう2度と会わないから、それで許して?」


「悠紫さんがもし毎日アンタに会いに行ったら?会わないなんて無理でしょ?」


「絶対に会わない様にするから!」


「だからさぁ!悠紫さんがアンタを見てんのが嫌なの!悠紫さんの中から消えろって言ってんだよ!ホントはアンタに死んでほしいんだからさ!」


「え?」


「死ぬか消えるか決めなさいよ。消える方が楽だよね?社会的に抹殺してやる事も出来んだよ?会社も知ってるし…。家だってさ、東京都世田谷区…」


エリカはすらすらと私の住所を言った。

番地もマンション名も部屋の番号も合っている。

恐怖に体が震えた。



「会社にもマンションにも、アンタが若い女の子の髪を切って脅したってビラ撒くよ。」


「そんな嘘…すぐ、バレるし…。」


「どうかな?可哀想に見える方が有利なんだよ?(笑)若くて可愛い私の方が味方は多いよ?絶対。」


「………。」


「そんな騒ぎになってる人と一緒にいる悠紫さんはどうなるかな?ピアニストになんてなれないね(笑)」


「それはダメ!ピアニストにならなきゃ!」


「は?私はピアニストにならなくても全然良いんだけど。」


「何言ってんの?悠紫くんの夢なんだよ!?ピアニストにならなきゃいけない人なんだから!」


「じゃあ、騒ぎにならないうちに消えなよ。私はピアニストにならなくても悠紫さんと一緒にいるよ?だから、なんだって出来んだよ?」


「わかったから!絶対に邪魔しないで。悠紫くんの夢の邪魔だけはしないって約束して!それがっ、交換条件よ!!」


「あんま必死になんなよ(笑)バカなんじゃん?(笑)邪魔しなきゃいいんでしょ?わかったから。もう切るよ。じゃあね!バイバイ。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《現在》




――パキパキパキ



悠紫はビールを飲み干し、缶を握り潰した。

ビニール袋から350mlのビールを出すと私に差し出した。



「まだ残ってる…。」


「早く飲めよ。」


悠紫は私に差し出した缶ビールを開けて飲み始めた。



「どうする事が最善だったのか。今考えたら分かるのに…。本当にごめんなさい。」


「悪いのはエリカだよ。いや…、俺も悪かったんだ。」


「何で?悠紫くんは何も」


「エリカの事! 親父の親友の子だって言ってたら…。俺がSUGAYAの息子だって言ってたら…。1人で苦しむ事なんて無かったのに。ごめん。俺が悪いんだ。」


「謝らないで…(泣)もう、脅しに屈したりしないから。」


「すぐに…、親父に話そう。親父が杏実に会いたがってる。」


「菅屋光司が?私に?」


「今、家に泊まってて明日の朝帰ることになってる。次いつ会えるか分からない人だから、これ…飲んだら家に帰ろう。」




帰り支度をして部屋を出た。

体を階段の方に向けると、悠紫は私の手を取り指を絡めた。


部屋の宿泊料金はカードで支払い済み。



カギを返してホテルを後にした。

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