第12話 動き出す狂気

【悠紫side】


これだ!

これだよ!

この感覚!



杏実を想いながら鍵盤をはじく幸福感。

いま、杏実はどんな音を欲している?




――♪🎶♩♫♬♪〜

 


――♩♫🎶♩♬〜




「はぁ、はぁ。 はは(笑)出来た。」



夢中でいて、曲が完成した時の高揚感。


これが欲しかったんだ…。



新曲が完成すると反応を確かめたくて、真っ先に杏実に聴かせてた。


杏実が泣いてしまう程に反応の良かった曲は、どこに出しても評価が高かった。

そんな曲を立て続けに発表していたら作曲家としての仕事も増えて行った。


だからこそ…。

杏実という指針の居ない3年間は地獄だった。

それなりに評価を貰っていたけど、全く自信が持てなくて常に不安だった。



杏実と再会してから、ピアノがまた楽しい。

闇雲に音を探っていたのが、今は音が明確に見える。

これが仕上がったら今日中に提出して、すぐに卒論に取り掛かろう。

それさえ通れば卒業が決まって、ここに来る必要もない。





――ピンポーン


防音の個室に篭っていたらインターホンが鳴った。



「はい?」


扉を開けて廊下を覗くと友達が立っていた。


悠紫ゆうし!来てるんだったら声掛けろよ。」


「あぁ、ごめん。早く終わらせたくてさ。」



奴は同級生の山本晃やまもとあきら

大学院を卒業した後、ここで職員として働いている。

晃の作る曲もピアノも結構好きで、大学1年の時から仲良くしてる。

久しぶりに来て気にはなったけど探さないで個室に入ってしまってた。




「なんか、最近全く来ないしどうしてたんだよ?ってか何か雰囲気変わってない?」


「そ?(笑)」


「あ!女だ!女出来たんだ!(笑)」


「どうかなぁ?(笑)」


「えー!?冗談のつもりだったのにマジかぁ!!どんな人?会わせろよ!」


「やだよ。もう、良いから仕事に戻れ(笑)」


「えー!!?ケチ!(笑)」



「こんにちは!」



この声は…。

アイツだ。

廊下に顔を出すまでもない。



「あ!エリカちゃん久しぶり!」


「晃さんお久しぶりです。」


「あ!もしかして彼女ってエリカちゃん?」


「チッ!」


エリカは晃を跳ね除け、廊下から顔を見せた。


「彼女って紹介してくれたの!?」



何でそんな嬉しそうな顔が出来る?


オーナーが言ったように、


ホラーだ…。




「お前とそんな話ししてないよな?」


「エリカちゃんじゃ無いんだ?彼女。」


「違うから。やめてくれ。」


「どうゆう事?女出来たの?」


「お前には関係ない。」


「ちゃんと説明してよ!!」



申し訳無さそうな顔をする晃の肩を叩いて手を振った。



きっとエリカとは普通に話は出来ないだろう。

人の居ない校舎の裏へ連れて行った。




「お前仕事どうしたんだよ。まだ時間じゃねぇだろ。」


「そんな事どうでもいいでしょ!?彼女って何?まさか女出来たの?」


「何回言わすんだよ。お前には関係ねーの!」


「私はずっと悠紫さんが好きなの!関係無くは無いでしょ!?」


「俺はお前を好きにはならない。こないだ、はっきり言ったよな?お前を振ったの!振られたら普通諦めんだよ!」


「諦められないんだもん!好きなんだもん!その女って誰なのよ!」


「お前とは付き合っても無いし、好きにはならないって言ってんのに何で責められなきゃいけねぇんだよ!!お前、俺が好きならわかるだろ?俺もあの人が好きなんだよ!頼むから2度と邪魔しないでくれ。もう失いたく無いんだよ!」


「も、もしかして、あ、あのおばさん?」



「それを言うなって!言ってんだろ!!!」



「きゃっ。」



あまりの大きな声にエリカだけじゃ無く、自分でも驚いた。

だけど、怒りは収まらない。



「お前!杏実に何したんだよ!お前に会う事を恐れてる。何も無くてそうはならないよな!?今正直に話せば許してやる。後から知ったら絶対に許さない。許して欲しかったら今すぐ話せ!!!」


「わ、私は何もしてない!何もやってない!!」


「そうか、そうかよ。言わないならこの場でおしまいだ!俺たちの前に2度と現れんな!!」




――――――――――――――――――――

【エリカside】


どうして?

この私があのババアに負けるの?

認めない。絶対に認めない。


小さい時から悠紫さんと結婚するのが夢なのに。

このままでは叶わないじゃない!

私は悠紫さんと結婚しなきゃいけないのよ!


あの女…。

私を騙してずっと付き合ってたの?


見つけたら殺してやる…。



――――――――――――――――――


「いらっしゃいませ。」


柊杏実ひいらぎあみ出してください!」


「失礼ですがお約束はされていますでしょうか?」


「約束なんかしてない!良いから柊を連れて来てよ!」


「どの部署の柊ですか?」


「知らないってば!」



「どうしましたか?大丈夫ですか?」



この警備員、あの時のおっさんだ。



「あれ?あなた以前会ったことありますね?」


「そうでしたっけ知らないけど。で?何よ。」


「あ、いえ…。」


「何ボーっとしてんの?早く柊を呼んで!」


「少々お待ち下さい。」





何分待たせんの?

どいつもこいつもイライラさせるわね!!



「あなた、いつかのお嬢さんね。」



3年前この会社に来た時に、会議室で話したおばさんだ。

ババアばっかり出てくんじゃねーよ。



「私、あなたのこと呼んでません。柊さん出してください。」


「柊を探していると聞いて来たんです。彼女はこの会社を辞めてるのよ。あなたのせいで。」


「は?自分が悪いことをしたのに私のせいになってんの?やっぱり最低な女だわ!!」


「どの口が言ってんのかしら(笑)」


「じゃ、連絡先教えなさいよ!あの女!私を騙して彼と付き合ってんのよ!?約束を破るなんて最低よ!!」


「お嬢さん、ここはね。沢山の大人が働いている会社なの。あなたの怒りや傷心を癒す所じゃないのよ。あなたにかまっていられる様な暇な人なんて居ないの。警察を呼ばれる前に帰りなさい。」


「私は悪く無いのに!なんなの?チッ。 とりあえず帰るけど、また来ますから!ちゃんと伝えといてよ!!」



あの女に会えないなら、悠紫さんに会い続けるしかない…。



・ 

・ 


――――――――――――――――――

【悠紫side】


くっそ!

こんな事やってる場合じゃねぇな。

一度家に帰ってから杏実を迎えに行こう。





玄関に入ると、女物と男物の靴が置いてあった。

家に入れるのは両親しかいない。


リビングに入るとソファーに座っていて、一斉にこっちを見た。


「何しに来たの?親父まで揃って…。」


「あぁ、お帰り。ちょっと話があってな。」


「連絡無しで来るのやめてよ。」


「すまない。が、不測の事態で致しかな無く…。」


「なんの話し?」


「エリカちゃんが泣いて電話して来たのよ。」


「母さんに?」


「そう、だから話さないとと思って。」


「わかった、ちょっと待って。」




自分の寝室に入って杏実に電話をかけた。

杏実は直ぐに出た。



「もしもし。今、大丈夫?」


「あ、うん。大丈夫。どうしたの?」


「悪いんだけど…今日、どこかに泊まってこれるかな?」


「あぁ、うん。泊まれるよ?」


「今日、大学にエリカが来たんだ。」


「えっ…。」


「でさ、俺たちの事…知ってしまったんだよね…。」


「そんな…。」


「いま家に帰ったら両親が居て。エリカのことで話があるって。」


「あぁ。」


「杏実の事もエリカの事も全部話そうと思ってる。もしかしたら長くなるかもしれない。だから、どこかに泊まって来て欲しいんだ。」


「わかった。泊まる所が決まったら連絡するね。」


「うん。絶対にしてね。なるべくホテルに入るまでは1人にならないで。」


「うん。わかった。じゃあ、」


「ちょっと待って!」


「うん?」


「お願いがあるんだけど…。」


「うん。」


「あの人のとこ…、オーナーのトコは…嫌だよ…。」


「分かってるよ(笑)」


「ありがと。じゃ、気をつけてね。」


「うん。」





よし。



さ…


何から…話そうか…。

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