第9話 嘘つきの反対

「はぁ〜??!? そんな事ありますぅ?」


明日、新しい部屋に引越すというのに

不動産屋さんから電話があった。


緊急事態発生である。



「はい、はい。敷金礼金とかその辺りの料金はちゃんとしてくれるんですよね?はい。分かりました。見つかったらすぐ知らせて下さい。」




スマホの通話ボタンを切る私に、星准せいじゅん悠紫ゆうしは何事かと視線を送る。



「もう〜!!(泣)参ったなぁ!」


「何?何の電話だったんだよ。」


「引っ越し先がさ水道管破裂の事故があったとかで住めなくなったんだって。だから新しいとこを探してるけどなかなか見つからないから、条件変えるとか遠くにするか、自分で見つけてくれって。そんな事ある!?」


「明日引っ越しだろ?立ち退き期限はいつなんだ?」


「明後日だよ…。明後日には取り壊しなんだって。」


「不動産の知り合いに聞いてみるよ。」


「お願い!」



星准はスマホを取り出し店の隅に行くと電話をかけた。

相手は直ぐに出た様だ。


「おぅ、久しぶり。今いいか?」




星准が通話を始めたのを確認して、悠紫が私に近付き小声で話しかけて来た。


〔ねぇ!〕


〔ん?〕


〔俺ん家に来たら良いじゃん。〕


〔はあ?何言ってんの?〕


〔空いてる部屋があるから家に来いよ。〕


〔やめて。無理に決まってるでしょ。〕


悠紫が星准を見る。


〔電話終わっちゃうよ。終わってもこの話し止めないよ?早く決めな?〕


〔なんて説明するの?無理だよ!〕


〔何とでも言えるだろ?杏実さん…ウソ得意じゃん。〕



嘘が得意?

どういう意味か分からなかった。




「じゃ、宜しくたのむ!またな。おう。飲みに行こ。あはは!じゃあな。」



(えぇい!何とでもなれ!!)


「どう…だった?」


「新生活が始まったばかりの時期だろ。だから良いとこは埋まってんだって。条件悪いとかちょっと遠くならあるみたいだけど。でも、まあ一応探してくれるって。」


「あの、いま思い出したんだけどね。」


「うん。」


「いとこが東京に住んでて…結構広いとこだった気がするの。一緒に住めないか聞いてみよっかなって。」


「いとこ?そんな話し初めて聞くけどな。」


「そ、そんなのわざわざ話さないじゃん。」


「まぁ、そっか?」


「そうだよ。」


「まぁ良いや。とりあえず聞いてみたら?じゃ、出張行ってくるよ。」


「うん。行ってらっしゃい。」


星准は出張用のカバンを手に取ると急いで店を出て行った。



――カランコロンカラン♪




「なぁ?(笑)いとことか、よく出てくるよな?(笑)」


「やなヤツ!」


「あはは!」


「星准の知り合いが見つけてくれたらそこに行くから。」


「好きにしなよ。」



今日も星准は出張が多かった。

今日は夕方から忙しくて店を閉める19時まで悠紫が居てくれて助かった。


星准が通話をしながら店に入って来た。


――カランコロンカラン♪


「あぁ、そっか。やっぱり難しいか。ありがとう。また連絡するよ。」



スマホを革のパンツの後ろポケットに入れる星准を見ながら、嬉しい気持ちが湧き上がるのを感じていた。



「やっぱりダメだった?」


「そうだな。やっぱり難しいみたいだな。あ、悠紫くん最後までありがとう。片付けたら直ぐ閉めるから上がってくれて良いよ。お疲れ様(笑)」


「はい。わかりました。お疲れ様です。」



悠紫は私を見ずに店を出て行った。


――カランコロンカラン♪



「その言ってた、いとこはどうなったんだ?」


「いとこは大丈夫って言ってた。来て良いって。」




――ブブッ


ジーンズのポケットに入れているスマホが震えた。

悠紫からのLINEだと直ぐに分かった。


私には友達と呼べる人が居ない。

人脈も切ってしまっていたから。

私にLINEを送るのは星准しか居なかった。

でもいま、目の前に居る。


電話番号を教えてから自動で繋がったLINEで悠紫が時々メッセージをくれていた。

私にLINEを送るのは星准と悠紫しかいない。


早く見たい。


でも星准が話を続けた。



「ダメ元で聞くんだけどさ。」


「うん?」


「俺んとこ来ても良いんだぞ?」


「あぁ…。……ごめんなさい。止めておくね…。」


「だよな!?(笑)分かってる。」


「ごめん。」


「いやいや。良いんだ。明日の事決まったら連絡して。明日は動ける様にしとくからさ。」


「ありがとう。」


「さ、片付けて閉めよ。」



悠紫と、ある程度までは片付けをしていて10分程で店を閉められた。

星准と店の前で別れた。


スマホを開いて見るとやはり悠紫からで

『駅で待ってる』

と入っていた。

『今お店出たよ。直ぐに向かう。』

と返して急いで向かった。




「あの店行く?」


「あの店は…ちょっと行きたくない。」


「嫌いなの?」


「あの店は好きだよ。だけど…音大の辺りに行きたく無いの…。」


「会いたくない人でも居る?」


「……うん。」


「そっか…。でも明日の事話し合わないと。」


「うん。」



駅前の商店街を少し歩いて入りやすそうな居酒屋を見つけた。


適当に料理を3品とビールを頼んだ。




「おつかれ。」


「うん、お疲れ様。」


軽くグラスを合わせた。



「うまっ(笑)」


「うん。おいしっ(笑)」


「やっと笑ったね(笑)」


「辛い顔も疲れて来ちゃった(苦笑)」


「杏実さんは元々ポジティブな人だもんね。俺とは違ってさ。」


「悠紫くんネガティブなとこあるよね(苦笑)」


「う〜ん。否定はしない。ってかさぁ!ふっ(笑)」


「何?」


「杏実さんバカなの?」


「何だとぉ?」


「こういう時って彼氏のトコに転がり込むもんじゃないの?(笑)」


「ゴホッ、ゴホッ。」


「杏実さん、俺のこと好き?」


「好きじゃない。」


「エリカと何かあったの?」


「何もない。」


「オーナーと付き合ってるの?」


「うん。付き合ってるよ。」


「あははは!杏実さん嘘ばっか言ってるからさ、逆に正直者になってるのわかってんのか?(笑)」



目を泳がしあれこれと考えてみた。


どうして嘘だと分かるのだろうか。

笑っている悠紫を見ながらあれこれと振り返ってみるが分からなかった。



「で?ずっとそれで行くの?嘘ばっか言ってるスタンスで(笑)」


「うん……。」


「ってかさぁ、何で嘘ついてんの?」


「そ、それは…。その…、えっと…。んー!!ばかぁ!!」

(気持ちのタガが外れちゃうからだよ!!)


「はぁあ??」


そう言うと、悠紫は大きく笑った。


ビールを一口飲み、少し真面目な顔をして私の目を真っ直ぐに見た。



「さっき言ってた会いたくない人ってさ。…エリカ?」


「出来れば…会いたくないなって。友達なのにごめんね。」


「俺、杏実さんに言って無かったんだよな。アイツ、親父の親友の娘なんだ。生まれた時から知ってる幼馴染なんだ。だから、友達ってのはちょっと違うんだよね。まぁ、妹みたいな感じかな。」


「そっかそれで仲良く見えたんだ。なんだ…。だけどエリカちゃんは悠紫くんのこと、好きみたいだよ?」


「最近、お前のことは好きにならないってはっきり言ってやったよ。」


「な、なんで、そんな事…。もしかして…私たちが再会した事言った!?」


「言ってない。」


「良かった…。あのね…。」


「うん…。」


「詳しくは話せないけど、これは嘘じゃなくてホントの気持ちなんだけど…。」


「うん。」


「今のこの状況を素直に喜べない。不安で…すごく怖い。だったら路上生活をした方が良いとすら思ったりしてる。悠紫くんに迷惑か」


「大丈夫だから!!」


悠紫は大きな声で私の言葉を遮った。

その姿を見て、悠紫の3年間がどれほど辛かったモノなのか痛い程に伝わった。

申し訳無い気持ちと嬉しい気持ちが混在している。

そして、本当に大丈夫かもしれないと思わせてくれた。



「大丈夫だから…俺、杏実さんを守るから。大丈夫だから…俺の側に居てよ…。離れていた3年間を取り戻さなきゃ。杏実さんの意思では無かったんだろ?恐れているモノから守ってやるから、俺たち…一緒に居よう。」


「私も…一緒に居たい…。」


「ん?それは?ウソ?ホント?どっち?」


「どっち…だろね?(笑)」


「ウソだけ言ってろよ。分かんなくなるだろ!」


「一緒に居たくないっ(笑)」



悠紫が嬉しそうに笑った。

私も嬉しくなって笑ってしまう。

表情だけは嘘をつく事は出来ない。



「明日、星准に手伝ってもらう訳にもいかないし、引っ越しどうしようかな。」


「さっき杏実さんに教えて貰った引っ越し業者に連絡して、荷物の運び出し全部やって欲しいって頼んでおいたから。新しい住所も伝えておいたよ。」


「いつのまに!?」


「荷物的に1人増やす位で大丈夫ってさ。全部あっちでやれるって言ってたよ。荷物少ないんだね?」


「前に引っ越した時…物が多いと大変だから、ほとんど捨てちゃったの。それからは物も家具も増やさない様にしててさ。」


「次の部屋では好きに増やしていいよ…。」


「ありがと…。あ、星准にお手伝い要らないって言っとかないとね。LINEするね。」


「うん。」




『明日はいとこが手伝ってくれるから星准は来てくれなくて大丈夫だよ。ありがとね。』


と、入れた。

すると直ぐに既読が付き


『ま、俺の方は予定も無いし何かあったら呼べよ。』


と、返ってきた。


『わかった。ありがとう。』


と、返してスマホをしまった。

悠紫はどこか複雑な顔をしている。




「悠紫くんのお家ってさ。」


「うん?」


「エリカちゃん来たりするの?」


「来ないよ。来て欲しくないから更新の度に引っ越してんだよ。」


「そうなの??来て欲しくないんだ?」


「俺、アイツ面倒くさいから嫌いなんだもん。親しかオートロックの番号は知らないし絶対に教えるなって口止めしてある。」


「そっか…。なら、大丈夫か…。」



明日に備え、お酒は控えめにして美味しいモノを沢山食べた。


昔の私たちは、ずっと一緒に居たくてなかなか帰る事が出来なかった。

でも明日からはずっと一緒に居られる。




「明日、大変だから帰った方が良いね?」


「うん…。」


ほんのちょっとだけ別れを惜しむかの様に、テーブルの上で手を握り指を絡めた。



会計は【割り勘】

それがいつもの決まり。

流れる様に会計を済ませ店を出た。



「じゃ、明日ね。」


悠紫はそう言うと、私を軽く抱きしめて直ぐに離れた。


悠紫とは帰る方向が違う。

悠紫の後ろ姿をしばらく見送ってから

帰宅の途についた。

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