第8話 狂気の沙汰

そうだ。悠紫ゆうしくんから連絡無かった?」


「いや?無いけど。」


「そうなんだ…。」



——ガチャ


「おはようございます。」


その時、悠紫が入ってきた。

険しい顔で星准せいじゅんに歩み寄ると


「オーナー、ちょっとお話し良いですか?」


と言った。


辞めると言いに来たのだろう。

永遠の別れに胸が痛かった。



「おはよう。どうした?」


「今日、昼までしか居られないんですが大丈夫ですか?」


(ん、ん?)


「今日は特に来店予約も無いから良いよ。」


「すみません。ありがとうございます。」



――プルプルプルプル。プルプルプルプル。


店の固定電話が鳴った。

星准が電話に出る。

その隙に悠紫に小声で声を掛けた。



〔ねぇ!辞めるんじゃないの?〕


〔辞めるには2週間前に言わないとイケないの知ってる?〕


〔うん。だからさ。〕


〔すぐに辞められないなら今言うのと、2週間後に言うの、あんまり変わんなくない。〕


〔意味分かんないけど。〕


〔だから!!杏実さんに辞め時を決められたく無いって事だよ!〕




「はい!ありがとうございます!直ぐに向かいます。失礼致します。」


星准が電話を切り振り返った。


「川崎にさ、音楽系の高校が一つあるの知ってる?」


「分かんない。」


「これから授業でギターを使いたいのに、割れて壊れてたんだって。安いので良いから2本持って来て欲しいって言うんだけど行ってくれる?ナビですぐ行けるからさ。」


「あのぉ!!!!!」


悠紫が大きな声で割り込んで来た。


「びっくりしたぁ。どした?」


「そ、その高校は!オーナーが行った方が良いと思います!」


「何でだ?何かあるの?」


「そこの男性教員に危ない人が居て、手当たり次第にナンパするわ触るわで店長さん危ないと思います!女性教師にもめちゃくちゃキツい人が多くて僕も恐る恐る行く位ですから。」


「悠紫くん、その学校知ってんだ?」


「時々、ピアノを教えに行っているので…。」


「どうする?」


「そんな風に言われたら怖いんだけど…。星准行って来てよ。」


「そうだな…。行ってくるよ。」



――――――――――――――――――――

《星准side》


対応してくれたのは若い女性教師だった。

茶色くカールした髪を一つに結び、細い黒ぶちのメガネをかけている。

スレンダー過ぎて色気がない。

体の形が浮かぶピッタリとしたブラウスとロングスカートを着ているのに、何もそそられない。

整った顔をしているが愛嬌もない。

杏実じゃなくてこの子が泣いてたら怖くて声は掛けていないだろうな。



「助かりました。ありがとうございます。」


「また何かありましたらお電話下さい。」


「もちろんです!私の音楽仲間の皆んながいつもSJ楽器さんは良い楽器屋さんだって話してたんですよ(笑)」


「そうなんですか?嬉しいな(笑)ありがとうございます!」


「調べてみたらこの学校から遠く無かったので電話してみたんです。また宜しくお願いします!」


「ぜひ、宜しくお願いします!先生、新任さんですか?」


「私は2年目です。」


「そうなんですね。あの、じゃ、失礼します。」



――――――――――――――――――

《悠紫side》


「おかえり!どうだった?」


「対応してくれたのは若くて可愛い先生でキツくは無かったけど…。」


「無かったけど?」


「なんか、違和感があったんだよなぁ。笑って話してるのにメガネの奥の目が笑って無くてさ、怖い感じ(笑)」


(絶対アイツじゃん。あぶねー。)


「笑ってるけど目が笑って無いって怖いね(笑)」


(杏実さんの知ってる奴…エリカだよ。)




――――――――――――――――――――


あれから3週間が過ぎた。


悠紫は忙しく、お店に来れたのはトータルで1週間程しかなかった。

来るたびに、辞めると言う言葉をいつ言うのかと身構えたが、一向に言う気配がない。


「いつ辞めるの?」


「杏実さんには関係ないだろ?」


「あるじゃん。」


「あ!辞めてほしく無いんだろ?(笑)」


「何でそうなるの?」


「だって俺のこと好きなんだろ?」


「好きじゃ無いし!」



星准が店に入って来た。


「おはよう」


「おはようございます。」


「星准、あのさ。今住んでるとこ立ち退きになっちゃったの。お店の定休日に合わせるから引っ越し手伝って。」


「僕も手伝いますよ。」


「ピアニストさんに、そんな事させられません!」


「人手はあった方が良いぞ?重い物以外の物頼めば良いじゃん。」


「そうですよ。掃除だってなんだってやる事は沢山あるでしょ?」


「じゃ、じゃあ…。お願いします。」



―――――――――――――――――――

《悠紫side》


ピアノの方の仕事で忙しくて、店になかなか行けなかった。

久しぶりに店に行くと杏実さんがほんのちょっと嬉しそうな顔をするんだ。

可愛くて抱きしめたくなるけど我慢してる。


居なくなる前、告白をしてからは何回かハグをしたし、何回か抱きしめた事がある。

一度キスをしようとしたのに上手く逃げられたんだよな。


杏実さんに何があったのかを早く突き止めてあげないと。

解決したら、今度こそは絶対に彼氏にしてもらう。

絶対に…。



「悠紫さーーん!!」


店からの帰り道、音大に寄って駅に向かい歩いていたらエリカに呼ばれた。

道路の向こうからこちらに向かって叫んでる。

恥ずかしくてたまらない。

無視して歩いていたら走って追いかけて来やがった。



「悠紫さん!どうして既読しないの!?全然連絡もしてくれないし何してるのよ!!」


「頼むからデカい声出さないでくれ。恥ずかしいんだよ。」


「だってひどい事するからでしょ!?」


「お前さ。教師なんだろ?道端で大声出してさ、教え子に見られたらとか考えないの?」


「誤魔化さないでよ!最近ぜんぜんつかまらないじゃない!何してるのよ!」


「お前に話す義務なんて無いだろ。」


「私たち付き合うんでしょ?」


「は、はぁ??? お前といつそんな話ししたんだよ!?」


「こないだ飲みに誘って連れて行ってくれたじゃない。ちゃんとわかってるよ!悠紫さん愛情表現が出来ない人だもんね!」


「勝手に言ってろよ。俺の事知らな過ぎだ。」


「知ってるもん!だって小さい時からずーっと好きなんだよ?だから大学だって一緒の所にしたんだし!大学で一緒に居てくれたのは私が好きだったからでしょ?」


「お前…普通に怖ぇよ。親父の親友の娘だからだよ。親父さんに側で見守ってくれって頼まれたんだよ。お前の事一度も好きになった事ねーし。ってか俺、何人か彼女居たんだけど。」


「その人達みんな長く続かなかったじゃん。私が好きだったからでしょ?」


「もう卒業もして教師にもなれてさ、俺の役目は終わったの!良い加減俺に執着すんな。」


「執着だなんてひどい!純粋に好きなだけなのに!」


「だから!それが迷惑なんだよ。この際だからはっきり言う、迷惑だ。 俺はこの先もお前を好きになる事は無い!俺にはずっと好きな人が居るんだよ。最後の恋なんだ。邪魔しないでくれ。」


エリカが仁王立ちで拳を握り俺を睨み付けていた。

本当に恥ずかしい。

その場を離れて早歩きをした。


すれ違う人達が「あの人やばっ。」「え?何してるの?」などと言っていた。

恐る恐る振り返るとエリカは体を真っ直ぐこちらに向けて仁王立ちをしていた。

頭を低くして睨み付けている。

流石に恐ろしかった。



エリカに家を見つけられない様に、

エリカが大学に入学してからは、更新のタイミングで引っ越しをしている。

家に来られた事は今まで一度も無い。


新しい家は去年の秋に引っ越したばかりだ。

今日は駅に着くと電車に乗らず、タクシーに乗った。

ドライバーに事情を説明し、ウロウロと遠回りしてマンションまで行ってもらった。


ドライバーは後をつけるタクシーや車は無いと言っていたが、地下駐車場で降ろして貰いダッシュでオートロックを開けて中に入った。


急いでエレベーターに乗り、やっと


安心する事が出来た。

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