第5話 揺るがない想い

「杏実さん、もしかして…あの人と付き合ってるの?」


「付き合ってるよ…。」



私はその一言をきっかけに

嘘しか言えなくなってしまった…。




「なんだよ…。立ち止まってたのは俺だけなんだな…。」



(私は今でも立ち止まってるよ…)


悠紫ゆうしくんは?付き合ってる人居ないの?」


「俺は…どうかな。」


「え…。あの、ほら、お友達のエリカちゃん…悠紫くんの事好きだったみたいだし良いんじゃないの?付き合ってないの?」


「なんでエリカが出てくんだよ?」


「いやぁ、思い出したから。」


「ただの友達なんだけど。」


「そう、だよね…。」


「で? 何したら良いの?このままじゃ給料泥棒になるんだけど。」


「じゃあ、楽器にハタキかけて下さい…。」



・ 


私が接客をしている間、悠紫にはお店の中の掃除や仕入れた商品の検品や品出しなどをして貰った。

ピアニストの指を怪我させない様に細心の注意を払いながら仕事の指示をした。

自分でやる方が早いけど、バイトがいてくれる方が何かと助かる。

そのバイトが悠紫だなんて…。

何度も夢なのでは無いかと、手をつねったりして確認をした。

2時間も経つと、私の左手の甲は赤くなってしまっていた。



「このピアノ、すごく良いピアノだね。」


「やっぱりわかるんだね。このお店の為に財産のほとんどを、このピアノにつぎ込んだって言ってたよ。」


「いま、お客さん居ないし…弾いて良い?」


「え…。う、うん…。」



椅子に浅く腰を下ろし、左足を椅子に入れて右足をペダルにかけた。


いつも見惚れてしまうラフな演奏スタイル。



――… ♫♪♩〜♬♩〜



「!!!!!」


これは!

この曲は!

初めて行った演奏会で、悠紫が3曲目に演奏した曲。


私を癒し慰め優しさで包んでくれた曲。

3年ぶりに聴く悠紫のピアノの音は、

愛に溢れて優しい。

怒っている人が奏でる音ではない。

私には分かる。



「あぁ。こんなの…。ダメだよ…。」


(泣いちゃダメだ!泣くな!)



――♫♪♩〜♬♩〜



「あぁ。あぁ。うわぁああん!!」


悠紫は、私が号泣している事に気が付くと演奏を止め駆け寄った。

正面から肩を力強く掴み、顔を覗き込んだ。


「杏実さん!今、幸せなのか!?もしかして…」


「幸せだよ!!幸せ…だって…ば…。」



――カランコロンカラン♪


誰かが店に入って来た。

悠紫は瞬時に肩から手を離した。



「お、お前どうした?なんで泣いてんだ!」


星准せいじゅんだった。


「お前!もしかして彼に何かしたのか?」


「なんでだよ!!私が泣いてんのにぃ!」


「あははは!分かるだろ?(笑)揶揄からかいたいだけだよ。あははは!」


「ひどいよ…。」


「よしよし。」


星准は愛おしそうに私を見ると優しく頭を撫でた。


「痛いのどっか行った?(笑)」


「うるさいっ。」


「あのう…。2人で何やってんですか?僕、居るんですけど。」


「あははは!悪い悪い。変なトコ見せちゃったな。お客さんと何かあったの?」


「何も無いよ!もう良いから。」


「悠紫くん夕方まで大丈夫かな?」


「ピアノ…弾いていて良いなら大丈夫です。」


「良かった。助かるよ。」


星准が私に近付き、私の肩に手を置いた。


「また出るから頼むよ。あんまり泣くなよ。これでも心配してんだよ?後で話し聞いてやるから。」


「なんでも無いから。行って。気をつけてね。」


「うん。行ってくる。」




星准が店を出て行ってから、お昼ご飯にカツ丼を2つ出前で頼んだ。

食べている間、会話は無かった。

そのあとも会話はままならず不穏な空気が流れ続けた。

このまま、星准と付き合っていると思い込んでいて欲しい。


私の恋は3年前に終わっている。



17時になり、退勤して貰った。



――――――――――――――――――

【悠紫side】




くっそ!むしゃくしゃすんなぁ!!

なんでだよ!

なんで男なんか作ってんだよ!!


1日中、幼馴染のエリカから着信やLINEが沢山入ってた。


3歳年下のエリカは小さい時から俺の事が好きだった。

俺は1度も好きになった事はない。

大学も俺が居るからと同じ音大に入りやがった。

ちょっとストーカー気質な所が生理的に受け付けない。

未だに何かがあるとしつこく連絡をしてくる。


普段なら無視するのに、今日は何故か電話をかけて呼び出した。


腹いせ?


エリカと付き合ってないのかとか聞くのが悪いんだ。


でも、杏実さんには男が居た。

俺が誰と付き合おうが痛くも痒くも無いか。


くそ!!!





「悠紫さーん!」


「うるせぇ。でけー声出すな。」


「今日1日何してたの?ずっと既読も付かなかったしぃ〜。寂しかったぁ。」


細い黒縁メガネの奥の上目遣い。

可愛いと思ってやってんのか?

だとしたら気が狂ってるとしか言いようが無い。


「お前に話すことは何もない。」


「だけどいいや!悠紫さんから誘ってくれたから♡」


「離れろ!」


絡ませる腕を解いた。


「飲んだら帰るから。」


「うん!行こう!♪」



――――――――――――――――――


ビールを3杯飲んで、ハイボールに変えた。

そのハイボールも2杯目が終わる。


エリカと飲む酒は別に美味くも無いが、1人で飲むには虚しすぎる。

こんな時に誘える女が他に居ないんだから、そういう事だ。

俺には杏実さんしか居なかった。



「すみません!ハイボールおかわり!」


「はい!ありがとうございます!」



「やっぱ。あれかな。人って3年もあれば変わっちまうのかな…。」


「う〜ん。どうかなぁ。私は3年前も今も悠紫さんがだ〜い好きだよっ!えへっ。」


「俺はどうなんだろう…。」


「悠紫さんは変わってくれたよね!こうやって誘ってくれるし、おばさんとは会わなくなったし。」


「おばさんとか言うんじゃねぇよ。」


「はい!ハイボールお待たせしました!」


「あ、はい。 それになったじゃなくて、なった。だから。」


「あんなに会うの止めてって頼んでたのに、会えなくなって無かったら会い続けたの?」


「当たり前だろ。何度も言ったよな?俺は杏実さんが好きだったんだよ。」


「だからよ…。やっぱり…私は正しかった。」


「は?何?」


「じゃあ、もし、また会える様になったら会い続けるの?」


「そりゃそうだろ。会わない理由がないんだからさ。」


「それは無理よ。どうせ悠紫さんあの人に避けられるもん。」


「避けられる?お前さっきから何の話ししてんの?」


「あの人の気持ちになってみたら分かるもん!きっと身を引いてくれたのよ!優しいぃ!」


「身を引く?何の為に?」


「年齢とか考えたんじゃない?」


「確かに、年齢は気にしてたけど…。」


「ほらほらほらぁ〜! 若い私たちの為に身を引いてくれたのよ。だったらその気持ちに応えて、私たち付き合いましょうよ!」


「お前、さっきから知った風に話すけど何なんだ?」


「な、何?」


「杏実さんと話した事無いくせに何が分かるんだよ!?」


「だ、だから同じ女としてさっ」


「お前…もしかして、なんか絡んでんのか?」


「何言ってんの?」


「お前と杏実さん、ほんの少ししか顔合わせた事が無かったのに、お前の為に身を引くとか。ふざけてんのか?」


「私たちの雰囲気で察したんだよ!きっと!だから、ね!?もう付き合おう?」



杏実さんがエリカと付き合って無いのかと聞いた時に違和感を感じたんだ。


そうだよ、確か…。


俺がLINE入れてて、仕事終わりに返事をくれて…。

大学の近くでクライアントと会ってたとこだって言うから大学に来て貰ったんだ。

その時にたまたま会ったエリカを、友達って紹介しただけ。

余計なことを言われたくなくて直ぐに離れたんだよな。


なのに何で、ほんのちょっとすれ違った程度のエリカの名前が出るんだ?


何で3年も経ってエリカなんだ?

3年もあれば俺だって沢山の人に出会ってる。

杏実さんの知らない人と付き合ってる可能性の方が高いだろ?


エリカの話す事も可笑しすぎる。


もし、杏実さんが消えた理由にコイツが絡んでたら?



杏実さん…




エリカが絡んでるかもしれないと思ったら一緒に居る事に耐え難くなってしまった。

急用を思い出したと言ってお開きにした。

タクシーを拾って、エリカだけを無理やり乗せて家に返した。





オーナーの星准さんに急いで電話をかけた。



――プルルルル。プルルルル


「お疲れ様です。」


「おぉ。お疲れ様。どうした?」


「あの。あの人…店長さんと今一緒にいますか?」


「いや、一緒じゃ無い。」


「じゃあ、電話番号教えてもらえませんか?」


「番号?何で?」


「いや、あの。」


(どうしよう…理由考えて無かった…。)


(あ!)


「今日、泣かせちゃったから謝りたくて。」


「何?悠紫くんが泣かしたの?(笑)何で泣いたんだ?(笑)」


「僕…言葉がキツいみたいで…。」


「そんな事で泣くかな?(笑)」


「言っちゃいけない事言ったのかも。」


「ふーん。まぁ、いいや。わかった。」


「メールで教えて貰って良いですか?宜しくお願いします。」


――プー。プー。



頼む!頼む!早く!教えてくれ!




5分後メールが来た。

直ぐにかけた。



――プルルルル。プルルルル。


「は?何で出ないんだよ。」 


一度切って、もう一度掛け直そうとしたとき、

杏実さんから掛かってきた。



「もしもし!」


「どうしたの?」


「急にごめん…。」


「何?」


「どうしても確認したい事があるんだ。3年前、何で急に居なくなったの?」


「それは…。全てが嫌になったから。何もかも嫌になって逃げたのよ…。」

 

「ウソだ!杏実さんはそんな人じゃない!」


「私の何が分かるの?耐えられなくなって逃げたのよ。ウソじゃない。」


「寝不足で待遇が悪くても仕事辞めないで頑張ってたじゃん!俺のピアノ聴いて号泣するくらいいっぱいいっぱいになってて、それでも投げ出さないで頑張ってた人が!全てが嫌になったからって!それは無理があるだろ!」


「…………。」


「何か隠してんだよな!?何があったのか話してくれよ!」


「何も無いってば。傷付けてしまった事は申し訳ないと思ってる。本当にごめんなさい。だけど、私が言える事では無いけど、もう過去の事だしお互い忘れよう?」


「それは無理だよ…。」


「どうしてよ…。」


「だって、俺…まだ杏実さんが好きだよ。」


「………。」



「大好きなんだよ…。」



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