第3話 忘れ物

私は忘れ物が多い。

悠紫ゆうしとの出会いは、忘れ物がきっかけだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《4年前》




「あぁ!無い!」


バス停でバスを待っている時、手元に封筒が無いことに気が付いた。

クライアントに届ける、企画書が入った封筒を無くしてしまった。


急いで会社までの道を引き返す。


途中カフェに入ったから、そこに違いない。




「いらっしゃいませ。」


「あ、あの、さっきここに居たんですけど!白くて大きな、社名の入った封筒の忘れ物ありませんか!?」


「少々お待ちください。」


(お願い!お願い!)


「申し訳ありません。その様な忘れ物は届いていないようです。」


「そ、そんな…。ありがとうございました!」




カフェを出て再度、会社までの道を引き返した。

途中、近くに交番がある事を思い出し行ってみる事にした。





「すみません!落とし物!白い!社名の入った封筒!届いていませんか!?」


焦っている私の目の前で、落ち着いた雰囲気の警察官が、私の横に立つ若い男性を見た。

その男性も警察官を見る。



「もしかして、これじゃないですか?」


若い男性の声は低く、耳触りの良い声だった。

白いシャツと同化する様な、白い肌からは連想出来ないくらいの低い声。


「この方が今持って来てくれた物があるんですよ。社名言って下さい。」


「TSBホールディングスです!」


「これですね。良かったですね(笑)」


「良かったぁ(泣)」


持って来てくれたという、若い男性に向き直し声をかけた。


「あの!何てお礼を言ったら良いのか。」


「いえ、気にしないで下さい。」


「これからクライアントにお渡しする書類だったんです!時間が無いからお礼が出来なくて!」


「お礼なんて要りませんよ。」


「私の気持ちが収まらないんです!携帯番号教えて下さい!お名前は!?」


急いでカバンからスマホを取り出し、画面を開き構えた。


「あ、あの…は?…えぇ?」


私は怯む事なく、真っ直ぐ期待を込めた眼差しを向けてスマホを構えていた。


菅屋すがや悠紫ゆうしです。」


「すがやさん?番号は!?」


「はぁ…。番号…090の◯◯◯◯、◯◯◯◯です。」


「名刺渡しておきます!この番号からかかって来たら出てくださいね!絶対ですよ!?」


「はぁ。」


「では後で!」



交番から出ると、タイミングよくタクシーが捕まった。

余裕を持って動いていたのもあって、ギリギリだったが間に合った。

あの男の子が居なかったら、どうなっていた事か。


今時の若い子も捨てたもんじゃない。

どうしてもお礼がしたかった。


無事会議が終わり、書類がない事に気が付いたバス停に戻って、すがやさんに電話をかけた。



――プルプルプルプル


「あ!もしもし!すがやさんですか?」


「はい。」


「あの、私さっきの」


「分かります。」


「晩御飯は食べましたか?ご馳走させてもらいたいんですけど。」


「食べてはないですけど、そういうのは本当に大丈夫なので気にしないで下さい。」


「まぁ、そうですよね…純粋にお礼がしたかっただけなんですけど…おばさんに誘われても困りますよね…すみません…ほんと私…何やってんだろ。ごめんなさいね…。」


「いや、そうゆう訳じゃ……あの…はぁ。 行きます。どこに行けば良いですか?」


「ほんと!?ありがとうございます!さっきの交番って家から遠いですか?」


「近くはないですけど行けますよ。」


「じゃあ分かりやすいので交番で待ち合わせしましょう。」


「分かりました。30分くらい待って貰うかも…。」


「大丈夫です。ゆっくり来て下さい。では後で。」



良かった…。

お礼が出来なかったら、心残りになっちゃうとこだったもん。


それに何よりもう一度、お顔が見たかった。


若い子とご飯なんて緊張するけど、顔も雰囲気も謎めいていて気になる。

どんな人なんだろう。


今日一緒にご飯を食べたら永遠にさようなら。

2度とは関わらないだろう。




「お待たせしてすみません。」


「いえいえ。とんでもないです。無理やりお呼びだてしてすみません。」


改めて見る“すがやゆうし”という人は

やっぱり謎めいていて、私の探究心を掻き立てた。

白い肌にシルバーの髪と、両耳にはシルバーのフープピアス。

低い声が私の耳を刺激する。

何をしている人なのか生活感もない。

分かるのは〝若い〟という事だけ。



「いえ、大丈夫です。行くところは決まってますか?」


「すみません。さっき仕事が終わった所で、お店を決めずに来ちゃいました。」


「この近くに隠れ家的な良いお店があるんです。気に入ってる店なんですけど、そこ行きますか?」


「ぜひ!教えて下さい!」


「そこ、凄く美味しいけどリーズナブルなんです。僕もそこなら負担に思わなくて良いし…。」


「え!?(笑)」


「ご馳走してくれるんですよね?」


「あ!もちろん!ははっ(笑)」



・ 


住宅街の中にひっそりと建つ、緑に覆われた一軒家タイプの店だった。

小さな看板のお陰でレストランだと分かるが、ツタやツルが建物を隠すかの様に絡みついていて、入り口が分かり辛い。

知っている人しか入れなそうだ。


外からは想像がつかないほどに、店の中は賑わっていた。

オレンジ掛かった落ち着いた照明。

テーブルやイスは、どこか手作り感のある作りで雰囲気は最高だった。


店内に立ち込める、シーフードやガーリック、トマト系の匂いが食欲をそそる。

早速メニューを見ると、やはりシーフードを扱ったイタリアンレストランだった。



飲み物や料理を選ぶ “すがや” さんは

どこか機械的で、この時間を楽しもうという意思が感じられない。



「お酒飲めますか?」


「はい。好きな方です。」


「じゃ、ビールで乾杯しましょう!」


彼のおすすめの料理と、私の食べてみたい物をいくつか注文した。

食べ終わったら、早く解放してあげようと思う。



「食べるモノ全部美味しい!ここホント良いですね!」


おすすめのお店を褒められて嬉しかったのか、ほんの少し笑った。


「静かだし美味しいし気に入ってます。」


「良いところを教えて貰いました。ありがとうございます。1人ご飯に使います(笑)」


「は、はぁ。」


「あのぅ。今日届けてくれた書類ってどこにありましたか?」


「駅前のカフェです。テラス席の椅子に立て掛けてありましたよ。」


「やっぱりカフェかぁ。」


「店を出る時に目に入ったので、交番に持って行きました。テラスだし誰かに持って行かれたらヤバいんじゃないかと思って。」


「本当にありがとうございます。あれが無かったクビになる所でした(苦笑)」


「そんなに大事な物なのに、どうして置き忘れたんですか?」


「そう、だよね(苦笑)私、元々忘れ物が多いんですけど…。言い訳すると…凄く疲れてて…。あまり眠れてないし。最近本当にキツイんですよね。」


「じゃあ、辞めたら良いじゃないですか。」


「この歳で独り身で転職なんて出来ないよ…。それに何より…いや、何でも無いです。」


“普通のOLには戻れない位に給料が良いし”

と、言いかけてやめた。


「じゃあ、上手く疲れを取るしか無いですね。趣味はないんですか?」


「趣味かぁ。今はとにかく時間が無くて趣味を作る余裕が無いんです。」


「音楽は好きですか?」


「好きですよ!広告代理店で働いているので新曲は聴く様にしてますし。」


「ちなみに…クラシックは?」


「クラシック好きです。寝る前は〝G戦場のアリア〟や〝ボレロ〟を聞いたりしてます(笑)」


「あぁ、落ち着きますよね。寝る前に聴くには良い曲だと思います。」


「すがやさんは音楽が好きなんですか?」


「僕、ピアノしてるんです…。作曲もしてます。」


「ピアノ!?作曲!?」


「毎日会社に行って、疲れ果てる程働いてる人には理解出来ないですよね…。」


「そんな事無いですよ!音楽って人間には絶対に必要なモノだと思います。」


「絶対に必要?」


「だって、励ましてくれたり入眠を手伝ってくれたり?(笑)失恋した時にワザと悲しい曲を聴いて思いっきり泣いてみたりしましたよ(笑)音楽は人に寄り添ってくれる大切なモノだと思います。」



すがやさんは、2杯目のビールのグラスを見るとそのままテーブルの上に視線を落とし、少しの間泳がした。

軽く3回頷くと、おもむろにグラスを取り半分程残っていたビールを飲み干した。


「僕、音大の大学院に通っているんです。月に1度演奏会があって、今週の日曜日15時からあるんですが来てみますか?」


「えぇ?行ってみたい!行ってみたいです!行っても良いんですか?」


「ぜひ、来て下さい。チケット無しの招待者で名前書いておきますから、受け付けで名前を言って下さいね。」


「ありがとうございます!すがやさん、音大の学生さんだったんですね。何歳ですか?」


「22です。」


「わ、若い…。」


自分より7歳も年下だった。



「僕、ピアノの練習があるのでこれで失礼していいですか?」


「あ、はい!もちろん!」


「ごちそうさまでした。じゃ、また。」


「はい!今日はありがとうございました!」


私の言葉を聞き終わると即座に立ち上がり、一礼して凄い速さで出て行った。

残された私は、テーブルの上に残る料理をお腹がパンパンになるまで食べた。


〝また、会える〟


心の中で復唱する度に笑いが込み上げる。


すがやさんの言った「じゃ、また。」の言葉も、私を嬉しくさせた。


私の中に、淡い恋心の芽が顔を出したような気がする。


もう、すでに


日曜日が待ち遠しかった。


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