第2話 アルバイト

3年ぶりに再会した “彼” に

ごめんなさいの一言だけを、一方的にぶつけるだけで店を飛び出してしまった。





なんで?なんで?なんで?なんで!!?

なんで来ちゃうんだよ!?

なんでこんな事になっちゃうの!?




部屋の前まで走り切り、その勢いのまま鍵を開け入った。

勢いよく床に座り込んだ時、プリンの容器が床に当たる音が響いた。

プリンの入ったビニール袋を、握りしめていた事を思い出した。


プリンの上のホイップクリームやキャラメルソースもグチャグチャに崩れてしまって

カラメルソースまで混ざってしまっていた。


勿体無いから食べたけど、味なんて分かるはずは無かった。





また逃げてしまった。

私はとことん最低な人間だ…。



一日中、何も手に付かなかった。

なかなか眠れず、お酒の力を借りた。







『杏実さん…』





『酷い人だね。』


『ちゃんと謝れよ。』



(ごめんなさい…)


(ね!待って!お願い!行かないで!)






「ごめんなさい!! 許して!!」


「はあ、はあ、はあ…。」




とうとう、夢の中でさえも

愛の言葉を聞く事が出来なくなってしまった。


呑み過ぎた訳でもないのに頭が痛い。

泣き過ぎて瞼も重い。


だから何だって言うのか。

全て私が、私だけが悪いのに。



――――――――――――――――――

昨日の “彼” は幻覚だと思う事にしよう。

もう、三度みたび会う事は無いはずだ。

私に幻滅してわざわざ来る事も無いだろう。



そうあって欲しい。


それで良いんだ…


それで…。





「おはよう。」


「何だ?お前。たすけてぇ!って顔しやがって(笑)」


「ちょっと頭痛いの。」


「痛いと感じたらすぐ薬飲め。」


「うん、わかったから。」


「あ!そうそう!今日から新しいバイトの子が来るから仲良くしろよ(笑)」


「バイト?決まったんだ?急だね。」


「飛び込みでな。面接してくれーって。そいつ経歴が凄いんだぜ?」


「経歴?」


「うん。ピアノコンクールで沢山賞をとっててさ。」


(待って?)


「高校生の時に、あのジュリアードに通ってたんだって!」


(待って待って待って!!)


「今は音大の大学院に通いながら作曲家としても活動してんだって!すごくね!?楽器屋には最高な人材だよな!?あははは!」


「そ、そんな人が、なんでバイトなんかするのよ?お、お、おか、おかしいでしょ!?」


「そりゃあ!俺だって聞いたさ!何でこんなトコでバイトすんのかぁ?って。東京に住んでるって言うし。」


「なんて言ったの!?」


「輸入品も扱ってるし珍しい楽器もあるし、仕入れる過程に興味がありますってさ。」


(あの人だったら…。確かに興味ありそう。)


「楽器見ただけで珍しいものだって分かるなんてさ!すげー嬉しくなっちゃったんだよね。だから雇った。あははは!」


「それは、良かったね…。」


「店にあるグランドピアノにも惹かれるって言ってたよ。」


「ふ〜ん……。」

(でもまぁ、あの人だと決まった訳じゃ無いし?そんな経歴の人はさ、この世の中には沢山…居る…………)



――トントン!



「お!来たぞ!(笑)」


「おはようございます。」



(…はず無いかぁぁ!!!?)



「紹介するよ。菅屋すがや悠紫ゆうしくんだ。」


「おはようございます。宜しくお願いします。昨日はどうも。」


「うえぇ…。お、お願いします…。」


「彼女はひいらぎ杏実あみさん。色々教えて貰って。お前、彼に何かしたんだろ!?」


「えぇ!?っと、そ、それは…。」


「何も無いですよね?」


「あの、その…。」


はね?」


「!!!!!」


「まぁ、いいや。今日は色々行って来るから1日頼むよ。彼には適当な時間に帰って貰って良いから。」


「わかった…。」




「じゃあ、行って来る。」


「いってらっしゃい。」



お店はガラス張りになっていて楽器が沢山飾ってある。

楽器の隙間から星准せいじゅんが駐車場に向かうのを見届け、引き返さないのを確認してから悠紫ゆうしに向き合った。



「ねぇ?なんで!?バイトなんて必要ないじゃない!?」


「そうだよ。必要ないよ。」


「わざわざ電車で通ってまで何で!?」


「杏実さんを困らせる為だよ。」


そう言う悠紫の目は冷たかった。



――怒っている。



すぐにわかった。

一緒に居たときには見た事の無い顔だ。

あまり笑う人では無かったけど、私にはいつも穏やかな顔を向けてくれていた。

そんな彼が私に怒りの表情を向けている。


相変わらず肌は真っ白で、透き通る様な艶やか肌を保っていた。

深い赤い髪がよく似合っている。


右目はうっすら線の入った一重で左目は二重。

丸く高い鼻と、程よい厚みのくちびる。

左右非対称のお顔が彼の最大の魅力だ。

私は彼のミステリアスな顔が好きだった。


目の前の彼は3年前と何も変わらない。


私の気持ちも…


変わらない。


罪悪感が増えただけ…。




「好きだったのに、俺の気持ちを知ってたくせに急に居なくなって。怒って無いとでも思ってんの?聞きたいことも山ほどあるんだよ。人を傷付けておいてタダで済むと思うなよ?」


「本当にごめんなさい。申し訳ない事をしたと思ってます(泣)」


「また消えたりしたら…絶対に許さないから。」


「もう、そんな事しないよ…。あ!練習は?ピアノの練習とか!ずっと触って曲を作って無いとダメだって言ってたよね?」


「ここに、こんな立派なピアノがあるじゃん。オーナーが好きに弾いて良いって。だから、これからも杏実さんの側でピアノを弾くよ…。」


「悠紫くんのピアノの演奏…。演奏代をバイト代とは別に貰わなきゃいけない位じゃない。」


「杏実さんに聴かせる為だから。演奏代は要らないよ…。」


「怒ってるんじゃないの?」


――ゴホっ、ゴホッ。


「お、怒ってるよ。憎くて仕方が無いよ。」


「ごめんなさい…。」


「そうだ。杏実さん、相変わらず忘れ物多いんだね。」



うっすらと笑う悠紫ゆうしの顔に見惚れていた。

酷いことをしておきながら、3年ぶりに見る笑顔に


喜びを感じてしまっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る