素直な僕と、嘘つきな君 (完)
とっく
第一章・姿を消した理由
第1話 2度目の出会い
ほんの少しだけ欠けた
明るい大きな月。
風が潮の匂いを運んで来る。
星降る夜。
こんな夜に満月じゃないなんて…
私らしいよな。
と思う。
月の光が “彼” の白い肌を美しく照らす。
まるで “彼” が光を放っているかのよう。
眩しい。
真っ直ぐ見つめる瞳は私だけのものだ。
私の人生で最も美しい瞬間。
『
『大好きだよ。』
『ずっと僕の側にいてね。』
『愛してる。』
(私もだよ…)
“彼” の顔が曇って行く…
(ねぇ、やだよ。)
『あれ?好きってなんだっけ?』
(やめて…お願い!)
『やっぱり違うな…。』
(待って!お願い!)
『杏実さんなんてどうでも良いや。』
(待って!お願い!行かないで!)
「行かないで!! …いか…ないで…」
「はあ、はあ、はあ…。」
また、同じ夢…。
背中を向け立ち去る彼に
「行かないで!」と叫ぶ。
自分の声で目が覚め飛び起きる。
顔や髪が涙に濡れている。
暗闇の中ベッドに座り呼吸を整える。
無性に悲しい。
そうしていつも泣いてしまう。
どんなに泣きじゃくっても “彼” には届かない。
私は何度、この夢を見れば気が済むのか。
夢の中の “彼” が私を責め続ける。
一生償えない罪。
ここでどんなに苦しんでいても、救われる事はない。
当然の報い。
もう、二度と会えない “彼” を忘れられないどころか、想い続けている。
この夢を見る度に私は、深く深く後悔する。
“彼” は自分の全てをさらけ出し、心から愛してくれた。
でも私は、年齢や立場を理由に “彼” の愛を受け止める事が出来ずにいた。
そして私は、それだけには飽き足らず…
何も言わずに…
姿を消した。
――――――――――――――――――――
新しい土地に流れ着いて
3年も経ってしまった。
彼は今どうしているのだろうか。
もう、私のことなんか忘れただろうな…。
・
・
――カランコロンカラン♪
「いらっしゃいませぇ。」
「おつかれ。」
「うおっ!何だよ!びっくりするじゃん!」
「何で驚くのよ、私ここの店長なんだけど?(笑)」
「休みの日にわざわざ会いに来るなんて。会いたかったら家に行ってやるのに。」
「うちになんか来たことないじゃん(笑)何言ってんの?(笑)」
「で、なんか用か?」
「忘れ物したから取りに来たの。」
「お前、その忘れ物多いの何とかしろ?その内すんごいモン忘れそうじゃん。」
「すんごいモン忘れた事あるし…。」
「うん?」
「何も無い! あのさ、バックルームの冷蔵庫にプリン忘れててさ。今日のおやつのつもりで隣のケーキ屋さんで買っといたのに忘れたの。」
「あぁ、すぐ売り切れるアレ?買えたんだ!?」
「
「俺に一個あげるって言っとけば忘れなかったのに(笑)アホだなぁ(笑)」
「チッ(笑)早く取ってきてよ。カウンターに入るのめんどいから。」
「オーナーをコキ使うとは良い度胸してんな。減給してやろうかな。」
ブツクサと、でも何となく嬉しそうにバックルームに入って行く、2歳年下の彼の名前は
『
今、私が働いている楽器屋さんのオーナーだ。
3年前、私は星准に拾われた。
捨て猫の様な私を、本当に拾ってくれた。
私は縁もゆかりも無い土地を選んだ。
でもどうして、もっと遠くにしなかったのかな?
今思えば “彼” に、探して欲しかったのかもしれない。
東京から出た事の無い私にとって横浜は、遠く知らない土地だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《3年前》
「うわぁああん!あぁ〜!うあぁぁん!」
「ねえ、大丈夫?」
“彼” に見つかってしまったら、計画が台無しになってしまう。
ある日の22時、夜逃げの如く住んでいた街を抜け出した。
新しく借りた部屋の最寄駅に着いた途端、寂しさと罪悪感で立っていられなくなり
人目も憚らず泣いた。
泣きじゃくる私を、気に留める人は居ない。
平日の夜、誰も私に声をかけない。
自分から面倒くさい事に、首を突っ込む人なんている訳がない。
でも、それは逆に有り難かった。
それなのに…
何かに取り憑かれたかの様に泣きじゃくる私を、星准は無視しなかった。
「ひっ。大、はぁ…丈夫じゃ、ひっく、ない。わぁああん!」
「こんな泣き方する大人、初めて見るんだけど。あははは!」
「わぁああん!」
「とりあえず、ウチ、近くだから来いよ。」
そう言って私の腕を掴み、無理やり立たせる目の前の男は一見怖そうだった。
ダメージジーンズから筋肉質な逞しい太ももが覗き、パーカーに革ジャンを合わせている。
黒いキャップから覗く髪は、短くて金髪だった。
両耳でピアスが揺れている。
切れ長の目は鋭く、眉毛は綺麗に整えられていた。
背が凄く高い。
後から聞いてみたら、181センチもあるらしい。
(ラッパーみたい)
これが私の、星准の第一印象。
・
・
普段なら絶対に、初対面の男の家になんか行かない。
しかも風貌が海外のラッパーみたいで、私にはちょっと怖かった。
なのについて行ったのは、笑った時に出来た両頬の
〝えくぼ〟のせいだ…。
本当に近くだった。
私が借りたワンルームよりも、遥かに広いワンルーム。
低い冷蔵庫の上には、ウイスキーのボトルなんかが何本も並んでいる。
ギターやキーボードなどの楽器が、たくさんあって、
やっぱり、ラッパーなんじゃん?
とか思った。
「大体の話はわかったけどさ、部屋はあるの?」
「ある…」
「仕事は?」
「ない…」
「俺、最近楽器屋を始めたんだ。これでもオーナーなんだぜ(笑)従業員居ないからウチで働けよ。給料の保証は無いけどな。あははは!」
星准はよく笑う人だ。
床に来客用の布団を敷いてくれて、そのまま泊まらせてくれた。
そうゆう関係になる事を覚悟していたけど、
星准は手を出さないでいてくれた。
しばらくしてから、その事を冗談混じりに聞いてみたら…
「違う男を引きずってる女を抱いたって面白くねぇからな。」
と、言った。
ごもっともだと思った。
「吹っ切れたら俺んとこ来いよ。恋愛感情みたいなもんは、後からなんとでもなるもんだよ。」
「ありがとね…星准…。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《現在》
――ピアノ
この楽器屋さんには、お店の中央に大きくて珍しい、グランドピアノが置いてある。
初めてお店に来る人は、必ずと言って良いほど目を丸くして驚く。
“彼” が人生を賭けて打ち込んでいる、ピアノの側で働く事になるなんて…
私の犯した罪への罰なのだろう。
――カランコロンカラン♪
「いらっしゃいませっ」
私は…幻覚を見ているのだろうか…。
いや…最後に見た時も、過去を遡ってもこんな髪色の “彼” を見た事がない。
深い赤色の髪が、白い肌に良く似合っている。
「あ、あわ、あっ、あっ。」
気が遠くなる…
体から力が抜けて行く…
「おい!大丈夫!?」
「だ、大丈夫。」
倒れそうになるのを “彼” が支えてくれた。
「杏実さん!?杏実さんだよね!?……今までどうしてたの?何で居なくなったの!?何で…なん…ああ!!何から聞けば良いかわかんねぇ!!」
頭を掻きむしり、精神的な苦痛に顔を歪ませるのを、ただ見るしか出来なかった。
「ここで…働いてるの?」
「ううん!働いてない!」
「いま、いらっしゃいませって言わなかった?」
「言ってない…。」
「いらっしゃいませ。」
星准がビニール袋に入ったプリンを持って、バックルームから出てきた。
「ほらよ!大事なおやつ!あははは! 明日さ、午前中だけじゃなくって午後も出張が入ったから1日頼むよ。」
「わかった…じゃ、じゃあお疲れ様!」
勇気を出して “彼” を見た。
「ごめんなさい!」
深く頭を下げ “彼” の返事も聞かずに店を飛び出し、逃げてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【“彼”side】
「アイツ何か失礼な事しましたか?」
「あの人、ここの店員さんですか?」
「ここの店長なんです…。何かあったんですね?代わりに謝ります。すみません。」
「あ、いえ、そんなんじゃ無いんです。さっきの人、いつ戻って来ますか?」
「今日は休みなんですよ。忘れ物を取りに来ただけで…。アイツ忘れ物多いんですよね。あははは! あ、やっぱり何かあったんじゃ?」
「いえ。何もありません。…あの、ここに珍しい五線譜ノートがあるって聞いたんですが…。」
「えぇ、そうなんですよ。サイズ違いや遊び心のある物など色々取り揃えていますよ。輸入品なんかもありますし。」
・
・
「ありがとうございました!」
――カランコロンカラン♪
店の外を見回してみても、杏実さんの姿は無かった。
振り返り店を眺めながら、少しずつ怒りが湧いて来る。
安堵から来る…怒り。
急に目の前から消えて、どんなに心配したか。
毎日、警察や病院に電話を入れて身元不明の被害者がいないか問い合わせたり、杏実さんが行きそうな所は隈なく探した。
もう本当に、この世から居なくなってしまったと思っていた。
生きていた。
生きていたのに…。
消えた理由を知りたい。
杏実さんも俺の事が好きだったはずだ。
どうして、消えなきゃいけなかったのか。
「うん?」
店の窓ガラスに貼られた、手書きの用紙が目に入った。
―――――――――――――――――———
急募
アルバイト募集
年齢性別不問
楽器経験者優遇します
SJ楽器
――――――――――――――――――――
――カランコロンカラン♪
「いらっしゃいませ。あれ(笑)まだ何かありましたか?」
「あの…。表の張り紙…。」
「張り紙?」
「アルバイト募集の…。まだ募集してますか?」
「えぇ。してますよ。」
「履歴書、持って無いんですが…面接してもらえませんか?」
「じゃ、とりあえず…、お話でもしましょうか(笑)」
「はい。宜しくお願いします(笑)」
納得の行く説明…
して貰うからね。
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