第10話 ゴブリン

 俺はナイフを鞘に戻す。


 隊員達は気まずそうだった。

 容赦のない対応に引いているらしい。


 この期に及んで助け合いなどできるはずがない。

 利害の一致から協力することはあるが、それだけである。

 必要以上の善意は身を滅ぼすだけだった。


 俺は自分の顔を千切って分け与えられるようなヒーローではない。

 生存を優先した場合、足手まといは切り捨てるべきだろう。


「どうした。まさか本気で助けると思ったのか?」


 俺は隊員達に問いかける。

 彼らは顔を背けるばかりだった。

 ガスマスクで表情は窺えないが、きっと苦い顔をしている。

 胸中では俺のことを罵倒しているのかもしれない。


 まあ、別にどうでもいい。

 この中の過半数は数日以内に死ぬ。

 俺はその未来を確信していた。


(状況は想像以上に悪い。気合を入れないと不味いだろうな)


 敵が一勢力なら対処もできる。

 ただ、少なくともギャングとゴブリンが敵対しているのだ。

 どちらも無法者であり、全面的な協力は不可能だろう。


 さらにこの犯罪の巣というアパートは広大な面積を誇る。

 東西南北と中央で五つのエリアに分かれており、中にはギャング以外の厄介な連中もいる。

 このアパート全体が丸ごと異世界に転移したのかは不明だが、常に最悪のパターンを想定すべきだろう。


 各勢力による殺し合いが勃発すれば、いよいよ誰にも止められないイベントになる。

 命の価値が暴落し、サイコクレイジーな戦争が起きる。


 俺はそういった場面も満喫できる性質だが、まだ準備不足が否めない。

 来たるその瞬間のために色々とやっておくことがあった。

 敵に同情する部下のことなど考えていられない。


「このフロアを封鎖して拠点にする。各自、手分けして調べていくぞ。仲間以外は撃ち殺せ」


 俺が指示すると、隊員達はそれに従って動く。

 言いたいことはあるのだろうが、俺の主張は正論だ。

 反対できるだけの理由も持ち合わせていない。


 何よりも自分の命が大切なのだ。

 だから俺に従う。


(まずはデカい家具で階段を封鎖するか。部屋のガラクタを使えば、ブービートラップも作れるだろう)


 考えながら下り階段を見た時、一つの影が揺らぐのが見えた。

 俺は反射的に拳銃を向ける。


 そこから現れたのはゴブリンだった。

 下卑た顔で血濡れのナイフを持っている。

 別のフロアでギャングを殺った個体か。

 ゴブリンはにんまりと笑うと、階段を駆け上がってきた。


「ギャヒィッ!」


「うっせぇよ」


 俺はナイフを避けて、膝蹴りでゴブリンの顎を打ち砕いた。

 ゴブリンは仰け反った姿勢のまま階段を落下する。

 途中の踊り場に転がった頃には、首の骨が折れていた。

 嘔吐しながら痙攣しており、起き上がってくる感じはない。



「ふむ」


 俺は死にゆくゴブリンを眺めながら煙草を手に取る。

 火を点けようとして、近くを通りかかった隊員に声をかけた。


「まずはここから封鎖だ。ついでに死体の回収も頼む」

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