オーダー2 虎狼


 大家宅の真裏の物件、ホライズン荘は、三階建てで十二室ある。3LDKで広いが、ぼろい。エレベーターもない。


 時也が就職して実家から305号室に引っ越しをした時は荷運びを手伝った。あのころはまだ太ってたから、今より力があった。細くてあまり力がない時也の役に立てて良かったと思う。


 203号室には表札が入っていない。最近はそういう家がほとんどなんだろう。


「どうぞ」


 女性がカギを開けて部屋に上がる。間取りは時也の部屋と同じなようだ。玄関には靴が何足も置きっぱなしになっている。男物もあるから、夫婦だかなんだかの二人暮らしだろう。


 入って廊下の左手に風呂とトイレ。右手に和室が三室。真っ直ぐ行くとリビング。その一角に狭いキッチンがある。


 女性は俺をキッチンへ案内すると一歩下がった。給湯器の管はちゃんとしている。だが、スイッチを押しても、まったく反応がない。電池を取り出してみる。


「このサイズの電池ありますか」


「あ、はい。ちょっと待ってください」


 女性はリビングの隅に置いてあるシンプルな白いキャビネットを開けた。

 そこも玄関と同じように、なにやら、ごちゃっとしている。掃除はきちんとしてあるが、片付けは苦手らしい。

 しばらくあちこち引っ掻きまわして、ようやく電池を見つけた。


「これですよね」


 女性から単一電池を受けとり、交換する。スイッチを押すと、警告ランプが点滅した。給湯器に張り付けてある説明を見ると、安全装置が作動していると書いてある。


「プロじゃないとダメでしたね。一度戻りましょう」


「はい。あの……」


 女性は気まずそうに俯き加減で話す。


「なんですか」


「あの、あの人、大丈夫なんですか」


「留守番の男のことですか」


「はい。なんか、こう……。大丈夫なんですか」


 言われてみれば、だいぶ大丈夫じゃない外見だったかもしれない。

 服はよれよれのジャージだし、ヒゲがぽそぽそ生えて年齢不詳、生気がなく壁をつたって歩いてきた男。それは警戒するだろう。


「大丈夫です。体調が悪くてあんな風なだけで」


「そうですか」


 腑に落ちないという表情で危ぶむ気持ちが丸見えだが、まあいいだろう。事務的なことは俺がすればいい。



 大家の家に戻ると、時也が玄関先でぼんやりと座っていた。


「どうした、こんなところで」


「日向ぼっこ」


 答えながらも視線が泳いでいる。ちらちらと女性の方に視線が行く。こいつ、さては一目ぼれか。


「連絡先、見つかったか」


「うん。アドレス帳にプロパンガスの会社の電話番号が載ってた」


 昨日とは比べ物にならないくらい、しっかりと喋る。現金なやつだと思う。


「俺がかけよう」


 時也が差しだすメモを受けとり、その場で電話した。

 女性は終始、時也から視線をそらしている。時也は見ていないふりをしながら横目で女性をちらちら見ていた。やれやれ。


「また、なにかあったら電話してください」


 電話を終えて言うと、女性は困った様子を見せた。


「えっと、大家さんに電話したら圏外だったんですけど」


「固定電話はないのか?」


 時也に聞くと、首を傾げる。


「そう言えば、家の中で電話見てないよ」


「じゃあ、なにかあったらこいつの携帯番号に」


 メモ用紙に時也の番号を書いて渡すと、女性はぺこりと頭を下げて帰って行った。


「虎狼」


「なんだ」


「俺、ヒゲ剃ろうかな」


「そうだな」


 やっぱり、現金なやつ。




 いつも病状が重いのだと言っていた朝っぱらから動いて疲れ切ったようで、時也は玄関先で立ち上がれなくなった。ちょうどいいかと、玄関先で時也のヒゲを鋏で切ってやる。

 少々長すぎて、いきなりカミソリというわけにはいかなかった。屋外なのをいいことに、ヒゲを切っては足許に散らかしていく。


「あー、ちょきちょきしてる!」


 声の方に目をやると、生垣の隙間から島彦がこちらを覗いている。


「島彦、挨拶はどうした」


「おはようございます」


「ああ、おはよう」


 島彦が門をくぐって駆け寄ってくると、時也も小さく「おはよう」と挨拶する。少し遅れて鳥ねえもやって来た。


「おはよ。時也、身づくろいすることにしたんだ。偉いね」


「うん……、まあ」


 自分でも不純な動機であることを自覚しているからか、声が小さい。鳥ねえは体調不良のせいだと判断したみたいだが。


「本当に島彦を預けちゃって大丈夫?」


「任せとけ。若いやつの面倒は見慣れてる」


 ハサミの手を止めて立ち上がる。小柄な鳥ねえが俺を見上げて首を傾げた。


「若いやつって、相撲部屋のこと? 若くても中学生以上じゃない?」


「男なんて、育っても頭の中身は保育園児と同じだよ。鳥ねえ、時間はいいのか」


「少し遅れるとは連絡してあるから」


 そう言いながらも腕時計を確認する。


「明日からもっと早い時間で来ていいんだからな」


「ありがと。でも、時也の邪魔にならない?」


 時也は鼻先に付いたヒゲの切りくずを掻き落としながら答える。


「平気。なんか、昨日から少し調子いいよ。皆が来てくれたからかも」


「僕も? 僕がいると、時也くん元気になる?」


「なるよ」


 にひーっと笑う島彦の頭を、鳥ねえが、ぽんと叩く。


「それなら良かった。でも、無理はしないでね。六時半までには迎えに来るから」


 真似して俺は鳥ねえの頭をぽんと撫でる。


「鳥ねえこそ無理するな。遅くなっても大丈夫だからな」


「ほんとにありがと。この恩はいつか返すから」


「いいんだって。ほら、そろそろ行けよ」


「うん。島彦、行儀よくしてるんだよ」


 鳥ねえが膝を曲げて島彦と視線を合わせる。島彦はしっかりと手を上げてみせた。


「はい! 行ってらっしゃい!」


「行ってきます」


 鳥ねえが元気よく駆け出していく。昔からよく走る人だ。その後ろ姿を見送った島彦が、時也の膝に手を突いて顔を覗き込む


「時也くんのお顔が見えるようになったね」


「ああ。これから剃っていくと、ちゃんと輪郭も見えるようになるぞ」


 ハサミを安全カミソリに持ち替える。時也の顎に手を掛けて右を向かせたり上を向かせたり。時也は目を瞑って、されるがままになっている。

 あらかた剃り終わった頬を撫でてみると、やはり乾燥している。もっと水分を摂らせないとな。


 お湯で湿らせたタオルで残った毛屑を払ってやる。唇にペタッとついた一本を取ろうとしたが、なかなか取れない。親指の腹でゴシゴシ擦るようにしていると、時也が目を開けた。


「なに?」


「ヒゲが付いてる。取れない」


 時也は乾燥して浮いていた唇の皮ごとヒゲを取ってしまった。血が少し浮かんで血色の悪い唇が赤くなる。なんだか、より病的な見た目になった。

 大人しくヒゲ剃りを観察していた島彦が、地面に散らばっている長いヒゲを一本つまみあげた。


「ねえ、なんで時也くんはヒゲが生えたの? 病気だから?」


「健康でも男はヒゲが生えてくる。毎朝、剃ったり、抜いたりしてるんだ」


「うそだあ。だって保育園の子は皆ヒゲなんかないよ」


「大人になったら生えるんだ」


 ぼうっとしている時也を置いたまま、玄関先にある箒を使う。


「でも、お迎えのお父さんも生えてないよ」


「保育園に来る男の人たちか」


「そう」


「ヒゲは一人もいないか」


 島彦は思い出しているようで宙を見つめている。


「いないよ」


「そうか。今はヒゲが流行ってないのかもしれない」


「そっかあ。かっこいいのにね、ヒゲ」


「そうだな」


 掃除を終えて振り返ると、時也は膝を抱えて顔を埋めていた。隣に座った島彦が、また顔を覗こうとしているのか、時也の腕の下に顔を突っ込もうとしている。


「時也、まだ日向ぼっこするか」


 顔を上げて首を横に振るので、腕を引っ張って立たせてやる。廊下まで引きずっていると、島彦が時也の尻を押して手伝ってくれた。


「島彦は力持ちだな」


「えへへ」


 得意そうに笑う島彦の将来に、力持ちなことが役立つ時がくるといい。




 時也を布団まで運んで、島彦と茶の間に移動した。保育園のものらしい肩掛けの黄色いカバンから折り紙を取り出して、島彦が手招く。


「虎狼くん、折り紙知ってる?」


 座布団に座って小声で話す島彦に顔を寄せる。


「なんで小さい声でしゃべるんだ?」


「時也くんが寝てるから。虎狼くんも、こそこそで喋るんだよ」


「わかった。で、折り紙をするのか」


「そう。僕、タヌキが出来ないの」


 そう言って一枚のプリントを俺に差し出す。タヌキの折り方が書いてあるようだが、俺にはちんぷんかんぷんだ。


「俺は折り紙は兜しかわからん」


「そっかあ。どうしよう」


 両手でプリントを握って俯いてしまった島彦は眉根を寄せて、神妙な子どもらしくない表情を見せている。


「宿題か?」


「ちがうよ。保育園で昨日やったんだけど、出来なかったの。僕だけ」


「そうか」


 俯いた顔がますます下を向く。


「それで、ケンカした」


「なんとかくんと」


 腹立ちが甦ったのか、島彦の声が少し大きくなった。


「弓弦くん。笑ったの、僕のタヌキ。ブキミだって」


「そうか。どんなやつだったんだ?」


 島彦はためらいがちに目を伏せて、カバンにそっと手を差しこんだ。しばらく動かなかったが、目を瞑って勢いよく手を突き上げた。


「これ」


 島彦が両手でぎゅっと握った茶色の紙をつまんで引っ張る。島彦はぎゅっと握ったまま手を離さず、片目だけ開けた。


「笑わない?」


「たぶんな」


 島彦は泣きそうな表情になったが、それでも手を開いて折り紙を渡した。


「かっこいいじゃないか」


「本当?」


 茶色の紙はあちこち鋭角に飛び出して、機械的に見える。


「ロボットみたいだな」


 島彦は疑り深い目を俺に向ける。


「本当に?」


「ああ」


 折り紙を返すと、また両手で隠すように握り込んで俯いてしまった。


「……でも、弓弦ゆつるくんは笑ったよ」


「ロボが好きじゃないんじゃないか? 話を聞いてみろよ」


 ちらりと横目で俺を見る。


「でも」


「うん?」


「これ、たぬきじゃないよね」


 思いつめたような目をしている子どもなんて初めて見た。本気で悩んでるんだな。


「じつはな、島彦」


「うん」


 声を潜めて顔を近づけ、囁く。


「俺はタヌキを見たことがない。だけど、これはかっこいい」


 島彦は得意げに、にっと笑った。





「時也、起きてるか」


 襖を開ける。カーテンがぴたりと閉められて薄暗い。その部屋の真ん中で布団がこんもり膨らんでいる。


「時也」


 呼んでも反応がない。足音を忍ばせて部屋に入る。壁の方に向いている顔を覗き込むと、肌色はまっ白で、ぴくりとも動かない。

 鼻先に指を近づけると、かすかな呼吸を感じた。ほっとして体を離す。


「昼飯、作ったけど食べないかな」


「……食べる」


「なんだ、起きてたのか。ここに運ぼうか」


「いや、大丈夫」


「そうか」


 しばらく見ていると、もそもそと寝返りを打ち、こちらに顔を向けて掛け布団の下から這い出して来る。布団の重さから逃れただけで力尽きたようで、ぐったりと顔を伏せてしまった。


「手を貸そうか」


「うん」


 時也の腕を首に回し、肩を貸す格好で立ち上がる。なんとか足に力は入っていて、少しずつだが、歩いて茶の間に入った。


「どうしたの、時也くん。鉄砲で撃たれたの?」


「いいや。MP切れだ」


 島彦はなぜかそっと黄色のカバンを背中に隠した。時也を卓袱台に向かって座らせて、台所に立つ。


 柔らかかったら食べやすかろうと、小田巻蒸しにした。この辺りでは見かけないメニューだが、母方の大阪の祖母の家に行くと、よく作ってくれた。


 柔らかいうどんを小ぶりの丼に入れて、好きな具をのせ、だし汁で伸ばした卵液をひたひたに注ぐ。その丼ごと蒸すだけの簡単な料理だ。時也は茶碗蒸しが好きだから、これもいけるだろう。


 まだ湯気が上がる蒸し器から白地の丼を取り出して盆に乗せて運ぶ。時也は卓袱台を見つめて動かず、島彦は心配そうに時也を見つめていた。三つの丼と取り鉢を置いて時也の手にレンゲを持たせる。


「食えそうか」


「うん」


 のろのろとレンゲを動かして卵の部分を掬う。ぷるんとして薄い黄色もきれいに映えている。上出来だ。

 湯気が上がるレンゲを唇に付けてじっとしているのは適温を測っているのだろう。しばらく放っておいて島彦の取り鉢にうどんを入れてやる。


「いただきまーす」


「はい、どうぞ」


 きれいな箸使いからは行儀作法に厳しい鳥ねえの教育方針が窺えた。こぼすこともなく上手に食べている。

 時也はと見ると、まだじっとレンゲを口許に当てていた。


「どうした」


「いい匂い」


「味もいいぞ」


「うん」


 薄く口を開くと、蒸された玉子をつるんと吸い込んだ。口を閉じて、そのまま固まって動かない。


「まだ熱かったか? 吐き出してもいいんだぞ」


 こくりと喉が動いて、玉子を飲み込んだ。


「美味しい」


 頬にほんの少しだが、微笑が浮かぶ。


「そうか」


 良かった。




 食後の片づけが終わって茶の間に戻ると、時也は食べるだけでエネルギーが切れたのか、卓袱台に俯せになっていた。


「横になったら」


 そう言うとずるずると崩れ落ちて畳に寝そべった。部屋から布団を取って来てかけてやる。すぐに寝息が聞こえて来た。

 島彦がじいっと時也を見つめている。


「どうかしたか」


「時也くん、元気になるかな」


「なる」


「いつ?」


「少し時間がかかるかもしれんな」


「明後日?」


「いや、もう少しかかるだろう」


「来週?」


「どうだろうな。早く良くなるといいな」


「うん……」


 島彦はなにかを考えているらしい。眉間に皺を寄せて唇をぎゅっと引き締めている。なにか大きな決意を感じさせる表情だ。


「僕、保育園に行く」


 時計を見ると、二時近くになっている。


「これからか」


「うん」


「準備は出来てるのか」


「大丈夫」


「よし。じゃあ出かけるか」


 時也の枕元に島彦と出かける旨メモを残して玄関を出た。

 島彦の通う保育園は徒歩で二十分ほどだった。


「少し遠いな」


「うん」


 短く答えた島彦は相当に力んでいるようで、肩がいかっている。子どもでもこんなに緊張するんだと驚いた。


「島彦」


 呼びかけると、立ち止まった島彦は急に不安げな表情を見せた。その両肩に手を置き、ぱんと音をたてて叩く。


「大丈夫だ。お前なら」


 島彦はきりっとした目で頷いた。




「島彦くん?」


 保育園の門前に立つと、園庭で遊んでいる子どもたちの様子を見ていた保育士の女性が駆け足で近づいて来た。


「どうしたの? そちらの方は……」


「島彦を預かっているものです。保育園に行くと言うので連れてきました」


 保育士は不審そうに俺を見つめる。見知らぬ男が園児を連れ歩いていたら、警戒するのは当然だ。


「島彦くん、入って」


 門のカギを開けて島彦を中に招き入れ、俺をどう処置すればいいのか考えているらしく、保育士の動きが止まる。


「じゃあ、俺は帰ります。島彦の迎えは鳥ねえ……。えっと、島彦の母親を寄越しますんで」


 島彦があわてて振り返る。


「待って、虎狼くん。僕、くすりびんを持ってきたら、すぐ時也くんのところに帰る」


「くすりびん?」


 保育士がしゃがんで島彦の顔を覗き込む。


「なにかな、それ。どこにあるの?」


「宝箱の中。僕、隠したんだ。そしたら、怒ってた弓弦くんが取っていったから、それで」


 口籠って俯いた島彦の様子を見て、保育士が優しく笑う。


「弓弦くんね、島彦くんが来るのを待ってたよ」


 島彦がそっと目を上げる。


「なんで?」


「なんでだろう。聞いてみようか」


 こくりと頷いた島彦の背を、保育士が押す。ちらりと振り返るので「ここにいます」と言うと、門のカギを閉めて園庭の奥に歩いて行った。


 園庭にはいろんな遊具がある。ブランコだとか飛び石だとか俺でもわかるもの以外に、複雑な色、形で遊び方もわからないものが山盛りだ。


 島彦が向かったのは、柵に囲まれた砂場の奥、砂遊びの道具が入っているらしいコンテナだった。島彦がコンテナを開けようとすると、一人の男の子が駆け寄って行った。

 なにか二人で話しているのを、保育士が笑顔で見守っている。強張っていた島彦の表情がぱっと晴れた。どうやら、あれが弓弦で、うまく仲直りできたらしい。二人そろってコンテナを覗き込んでいる。


 コンテナから島彦が取り出したのは、乳酸菌飲料の小さな容器だった。それを誇らしげに保育士に見せて、こちらに向かって駆けて来た。


「虎狼くん、これ、くすりびんだよ!」


「そうか」


「時也くんにあげたら、MP回復するよね」


「そうだな」


 島彦を追って走って来た保育士が俺と島彦を見比べて困惑した様子を見せる。島彦はすぐにも帰りたい様子だが、保育士にしてみれば見知らぬ男に任せるわけにはいかないだろう。


「島彦、せっかく来たんだから、終わりの時間までいたらどうだ?」


「でも、時也くんに早くくすりびんを届けないと」


「時也は寝てたからな。起きるまで待ってるなら、うちにいても保育園にいても同じだぞ」


「でも……」


 弓弦が島彦の袖を引っ張る。


「帰らないで。砂場で遊ぼう」


 仲直りをしたといっても、不安が残っているのだろう。一緒に遊んで島彦が本当に許してくれたか確かめたいんだ。


「島彦、その子が弓弦くんだろ。せっかく仲直りしたんだ。遊んで来い」


 しばらく考えて、島彦は「わかった」と笑顔を見せる。


「虎狼くん。くすりびん、時也くんにあげて」


「ん。預かっとく。でもこれは、島彦から時也に渡してやれ」


 重大任務を受けたといった様子で唇をぎゅっと結んで、島彦は頷いた。


 もう一度、保育士に鳥ねえに迎えに来てもらうと約束して、来た道を戻る。

 半透明のくすりびんの中身は、粘土で作ったらしい丸くて白い錠剤のようなものだ。頑張って作ったのだろう、たくさん入っている。

 きっと、よく効くよ。島彦。




 大家の大屋さん宅に戻ると、時也は起きあがっていて白湯さゆを飲んでいた。


「起きていて大丈夫か」


「うん」


 ぼんやりとした表情で頷く。無精ヒゲを剃ると若返って見える。もともと、つるんとした肌だ。水分をしっかり摂れば、調子も良くなるだろう。


「島彦は弓弦と仲直りしたぞ」


「そうなんだ」


「ああ。一緒に遊ぶんだと」


 卓袱台を挟んで時也の前に座る。特に話すこともないので、鳥ねえに島彦を迎えに行ってくれるようにとメールする。


「虎狼、なんで相撲取りやめたの」


 目を上げると、布団を肩に掛けている時也がぼんやりしたまま俺を見ていた。なんだか夢でも見ているような目をしている。寝ぼけているのかもしれない。


「痛いのが嫌になった?」


「痛いのはすぐ慣れる。飯がな、食えなくて」


「貧乏で?」


 ぼうっとしていて、質問が見当外れだ。


「そうじゃない。量の問題だ。相撲取りは、とにかく食べなきゃいけない。それが俺には辛かったんだよ」


「子どもの時から、ずっと辛いままだったの?」


 じっと見つめられて、本心を言い当てられて、思わず泣きそうになった。ぎゅっと拳を握って俯いて、なんとか涙をこらえた。


「そうだな。そうなんだろうな」


「虎狼に作ってもらえば良かったのに」


 なにを言っているのかと顔を上げると、時也は卓袱台に頬を付けて目を瞑っていた。


「虎狼のご飯なら、美味しいから。たくさん食べられるよ」


 やっぱり、寝ぼけてるんだ。夢みたいに優しい言葉を、時也はいつもくれる。

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