秘拳の十五  トーガへのミンサー

「よく言った。それでこそ俺の妹だ」


「ちょっと止めてよ、兄さん。髪が乱れちゃうじゃない」


 ティンダの手を払い除けたナズナは、「ともかく」と乱された髪を手櫛で整えた。


「私は三日後のジューグヤー(十五夜)にトーガに告白する。自分の想いを込めて織ったミンサー(帯)を渡してね」


「ミンサー(帯)か……だが着物の注文も多く入っているんだろ? 三日後のジューグヤー(十五夜)までに織り終えるのか?」


「どうだろう」


 ナズナとティンダは同時に視線を部屋の隅に移した。


 部屋の隅には個人用として職人に作って貰った二台目の高機が置かれており、織りかけのミンサー(帯)が見受けられた。完成まで残り三分の一ほどだろうか。


「注文された着物を織る速度を緩めれば期限までに間に合うと思う。でも、やっぱり商品を疎かにするわけにはいかない。お金を貰っているんだから」


 これは機織職人としての矜持であった。金銭を貰って仕事を請ける以上、購入者に納得してくれるよう勤めるのは当然だ。


「お前は頑固だからな。きちんと仕事をこなしたいという気持ちは分かるよ」


 でもな、とティンダは両腕を緩く組んだ。


「ジューグヤー(十五夜)は来年もある。それでも今年に拘るのはなぜなんだ?」


  勘、とナズナは間を置かず簡潔に答えた。


「説明しろと言われても分からない。けど何となく感じるの。トーガに結婚を申し込めるのは今年しかないって。それなら私はジューグヤー(十五夜)に思いを伝えたい」


「女の勘……いや、どちらかと言うとチッチビの霊感ってやつか」


「分からない。ツカサ様は私のセジ(霊力)は稀に見るほど強いって言うけど、私自身はそんな感覚はない。正直、セジ(霊力)なんて見えないしね」


 その後、二人の会話はぷつりと途切れてしまった。


 微妙な沈黙に包まれた部屋の窓から生温い微風が吹き入り、また昨日とは打って変わったように晴天となった空から強い日差しが射し込んでくる。


 どれぐらい沈黙が続いただろう。突然、会話を切り出したのはティンダだった。


「この天気だと今日のモーアシビ(毛遊び)は滞りなく開かれるだろうな」


 ナズナは眩しい光が射し込んでくる窓を見やった。


「うん、夜までにはぬかるんだ土も固まるんじゃない」


 そう心から思ったことを口にしたときだ。


「実は今日のモーアシビ(毛遊び)にトーガを誘ってある」


 ナズナは「本当?」と窓からティンダに顔を向き直した。


「石垣島から帰ってきた日に誘った。少し強引だったが去り際に見たトーガの顔色からすると参加すると思う」


 続いてティンダは「お前はどうする?」という表情でナズナを見下ろす。


 ナズナはしばし考えた末、下唇を軽く噛んで首を左右に振った。


「今日は止めとく。ううん、今日だけじゃない。ジューグヤー(十五夜)のモーアシビ(毛遊び)までトーガに会うのは我慢する」


「いいのか? 別にジューグヤー(十五夜)の日に拘らなくてもいいんだぞ? ミンサー(帯)だって絶対にやらないといけないわけじゃない」


「それでも私はジューグヤー(十五夜)にもミンサー(帯)にも拘りたい。そのほうが上手くいくような気がするの」


「先刻言ったようにお前の勘か?」


「私の勘よ」


 射るような眼光とともにティンダに断言した。


 その直後である。


「お~い、誰かいるか!」


 戸口のほうからよく通る声が聞こえてきた。


 トーガだ。おそらくムガイの身体を診に来たのだろう。


「相変わらず生真面目な男だ。夕刻どころか昼過ぎに来やがった」


 ティンダは一度だけ戸口のほうへ顔を向けたが、すぐに顔をナズナに戻して微笑した。


「ナズナ、お前も今年で十六だ。自分で決めたことなら俺は何も言わん。ジューグヤー(十五夜)にもミンサー(帯)にも拘りたいなら徹底的にこだわれ」


 その代わり、とティンダは自分の胸を固めた拳で強く叩いた。


「俺が最大限に助力してやる。もしもモーアシビ(毛遊び)でトーガに言い寄ってくる女がいても片っ端から追い払ってやろう。だからお前はジューグヤー(十五夜)のモーアシビ(毛遊び)に間に合うようミンサー(帯)を優先に織れ」


「えっ、でもミンサー(帯)を優先しちゃったら他の着物を織るのが遅くなるよ」


「だったら後で注文してきた人間を教えろ。俺が直に会って頭を下げて回ってきてやる」


 ティンダは力強い足取りで半分ほど開かれていた戸へ向かった。


「いいか、ナズナ。今は自分の幸せだけを考えろ」


 最後に「後のことは俺に任せておけ」と満面の笑みを見せたティンダは、戸を開けてトーガが待っている戸口へと消えていった。


(ありがとう、兄さん)


 ナズナはティンダの言葉を信じて椅子から立ち上がった。


織りかけのミンサー(帯)を完成させるべく二台目の高機へ歩を進める。


 円形の椅子に腰を下ろし、ナズナはミクダから教えて貰った唄を口ずさみながらミンサー(帯)を織り始めた。


 立派に立てられた離れの家で愛のしるしの手巾を織り


 想いをかけるあの方に愛のしるしとして差し上げましょう


 愛のしるしとして差し上げるなら、なぜ手巾ですか?


 せっかく差し上げるなら腰を締めるミンサー(帯)を差し上げましょう


 想いは次第に募るばかりです


 あなたの愛情のしるしによって

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