第八話:抱擁


 その日ラゴは珍しく早い時間に屋敷に戻った。


 エストはラゴを出迎える為に召使共々玄関へ並ぶ。

 そしてラゴが戻ってきて玄関に入って来た時に極上の笑顔を見せる。



「お帰りなさいませ、ラゴ様」



 ラゴは外套がいとうを召使に渡しながらその笑顔を見て一瞬わずかに固まる。

 しかしすぐに普段通りに戻って歩き出す。


「あの、お食事は?」


「まだだ。そうだ、久しぶりに一緒に食事をしよう」


 まだ夕食には少し早い時間。

 思いついたようにそう言うラゴにエストは更に嬉しそうな笑顔を見せる。


 そんなエストの笑顔にラゴはまた一瞬固まるのだった。



 * * *



「エストは何か欲しいものはないか?」


「はい? いえ、私は特にありません。ここでは全てがそろい、何不自由ありませんから」



 食事を終えてお茶を飲みながらラゴはエストに聞く。

 しかしエストはやはり笑顔のままラゴに答える。



「少し…… 変わったかな?」


「はい? 何がでしょうか?」


「君がだ。以前の君の笑顔はここまで明るく無かった……」


「そ、それは///////」



 エストは焦った。

 正直エストはこの一年近くでラゴに対して持ってはいけない感情きもちを持ち始めていた。

 

 ラゴ様は大切なお方。


 この「エデン」でも彼の立ち位置はどれだけ大切かエストでも知っている。

 そんな彼に対して元娼婦である自分が持ってはいけない感情。

 

 しかし、こうしてラゴと一緒にいるだけで胸が熱くなってくる。

 まるで恋する乙女のように。



「ふふふ、悪くはないよ、君が嬉しそうにするのは私にとっても好い事だから」


「そう、思ってくださると私も嬉しいです///////」



 思わず下を向いてしまうエストは顔が赤くなっていた。

 ラゴはそんな事には気がつかず、立ち上がりエストに言う。



「少し庭を散歩しようか、食後の運動だ」


「はい!」



 エストは飛び切りの笑顔でそう答えるのだった。



 * * *



 この屋敷にはそこそこ広い庭園があった。

 中世ヨーロッパを思わせるような見事な花壇かだんには様々な花が咲き乱れている。



「奇麗、ですね」


「ああ、私の姉も好きだった……」


「お姉さまですか?」


「……君も気付いているだろう、私の支えになって欲しい理由わけが」


「……はい。でも、今は、ラゴ様の為なら何でもします! ラゴ様の為なら!!」



 エストも分かっていた。

 あの肖像画の女性に自分が似ているからラゴに拾われたのだ。

 そしてラゴの心の支えになるために自分はここに居る。


 自分はその為だけにここに居る。

 

 そう、最初は思っていた。

 しかし時が過ぎ、ラゴと言う人物の本質に触れ、彼の寂しさに共感してしまった。

 そしてそれは何時いつしか持ってはいけない淡い感情へと変わっていった。


 こんな汚れた女が彼にそんな感情を持ってはいけない。


 そう何度も思ったが動き出した気持ちは止められない。



「私、ラゴ様に拾われて、ラゴ様が求める心の支えになって、でも、でも、もっとラゴ様の為に色々したい! 私は、ラゴ様にっ!!」



 そこまで言ってハッとする。

 エストは慌てて下を向いてラゴから顔をそむける。



「エスト……」



 ラゴはそう言って後ろからエストを優しく抱きしめた。


 今まで何度も男に抱きしめられてきた。

 しかしラゴに抱きしめられたエストにはまるで電撃が走ったかのような高揚感こうようかんが沸き上がる。


 素直に女として嬉しい。


 

「私の支えになってくれ……」


「はい……」




 そしてこの庭園ていえんで二人の影は重なるのであった。


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