第11話 大隊長として

地恵期20年 4月16日

フロンティア 25km地点 午前2時40分



 瘴気の発生と共に、スクラホルズンの尾の先に紫の光が収束していく。体内から分泌される漆黒の毒と混ざり合ったその光は、周りの隊員たちめがけてレーザーの如く放出された。


「ぎゃ…かはっ、がっ……ああ…っ!」


 スクラホルズンに急襲をしかけていたイーロンの視界の隅で、名も知らぬ一人の隊員がレーザーに直撃した。そのあまりにも高濃度の毒は全身を紫に染め、肉を溶かし、それでも尚命が奪われる事は無く、彼、或いは彼女は、かつてないほどの苦しみに悶えながら、地に這いつくばった。


「危なッ!」


 そんな惨劇を間近で目撃したイーロンは、異様な殺気を感じ取って反射的に距離を取った。紙一重でレーザーを回避した一方で、彼のシルバーネックレスは僅かにその光を浴び、瞬く間にドロドロと液状化していった。


「喰らったら即死だな、こりゃ…!」

「どぉりゃぁぁぁぁぁ!!!」


 すぐ後方から、ストーキングスコーピオンの死体が吹っ飛んできた。レーザーと直撃した死体はほんの一瞬レーザーを止めはしたものの、すぐさま全身が紫に染め上がり消滅した。ダガーの糸を利用して死体を投げ飛ばしたネリアは、その現象を見て一目散に逃走した。


「毒に耐性がありそうなこいつの死体でもダメだ!これはとにかく逃げるっきゃない!」


 スクラホルズンに接近していた白兵班は、レーザーの餌食になるまいと全力で拠点の方へ撤退する。その一部始終を見ていた射撃班のファレムは、この地獄絵図に絶句していた。


「何なのよあれ⁉」

「多分、本来直接獲物に流し入れる毒を、レーザーに変換して放出してるんだ…。ここも危ないかもしれない。早く身を隠さなきゃ…!」


 拠点にいた他の面々は、既に少ない逃げ場を見つけて身を隠し始めている。ロビンも見張りの際に座っていた岩陰の存在を思い出し、ファレムの腕を引いて一目散に走ろうとしたその時、遠くのスクラホルズンがこちらに狙いを定めたのが見えた。


「こっちだ!早く!」

「ちょ、待っ──!


 鬼気迫る表情でファレムの腕を勢いよく引っ張るロビン。しかし、急に腕を引っ張られたファレムが上手く逃げられるはずもなく、バランスを崩して転んでしまった。そしてそれに絶望する瞬間さえ許さぬように、死をもたらす毒のレーザーが2人を襲った──かに見えた。


 ━━━━━━━「アブソリュートプロテクト」━━━━━━━


 身体の奥まで震わす重低音と共に、彼らの前方を巨大な円状のバリアが覆った。


「グアルデ小隊長⁉」

「安心しろ…!こっから後ろは、誰も殺させんぞぉっ!!!」

 

 2人の前に立ち塞がる大きな背中。レーザーの勢いに負けじと足をふんばり、全力の技を以て隊員達を守ろうとするグアルデの姿がそこにあったのだった。


「白兵班全隊員、至急拠点の方まで撤退しろ!普通の障害物じゃ簡単に突破される!」


 その指示を聞いてほとんどの隊員が拠点へ全力疾走する中で、ただ唯一として逃げの姿勢を取らない者がいた。彼女は割れた眼鏡を指で上げると、特徴的な緑の長髪をポニーテールにまとめてスクラホルズンに1人立ち向かった。


「おい待てペネトラ!お前死ぬ気か⁉」

「全隊員に告ぐ!ロテクト小隊長のシールド下に入り、ただちにトレイルブレイザーベースに帰還せよ!」


 数十秒の時間さえあれば、隊員は手持ちの転送デバイスでトレイルブレイザーベースに緊急帰還する事が出来る。グアルデ小隊長のシールドによって、隊員を逃がす時間を稼ぐ事がペネトラの狙いだった。


「馬鹿か!その傷じゃ近づく事もままならねぇ!お前も早くこっちに逃げろ!」


 グアルデ小隊長の言う通り、彼女は襲い来るレーザーをギリギリで掻い潜るのがやっとで、スクラホルズンに近づく事すら出来ていなかった。それでも彼女に、逃げるという選択肢など無かった。


「もういいだろ⁉そいつの討伐に固執する事は無い!お前もこっちに逃げれば、犠牲は俺一人で済むんだよ!」

「部下を残して逃げる上司がどこにいる!」


 彼女は声を荒げた。


「全隊員が撤退したら、ロテクト小隊長が逃げる隙は私が作ります。その後に私が1人でスクラホルズンを討伐すればよいだけの話です。あなた達がいても、死人が更に増えるだけです!早く逃げなさい!」


 プライドが許さなかった。自分の命惜しさに部下の命を犠牲にするなど、大隊長の風上にも置けないと思ったから。

 それだけではない。大隊長には『クリーチャーの討伐』と『隊員という名の資産の保護』という大きな責務がある。自ら選んで手にしたこの責任は命に代えても守らなければならない。それがペネトラの考える、大隊長のあるべき姿だった。

 トレイルブレイザーになったその日から、命を捨てる覚悟はとうに出来ていた。為すべき事を成せなかった後悔はあれど、威厳と責任を守りながら死ねるのなら命が惜しいわけがないとは思っていたのである。


「…ずるいですよ、ペネトラ大隊長」


 その時口を開いたのは、他でもないロビンであった。


「そんな事を言われても、僕達トレイルブレイザーが誰かを犠牲に逃げるなんてこと、出来る訳がないじゃないですか」


 ロビンの言葉に、他の隊員達も後を追う。


「そうっすよ。仲間を守る責任を持っているのは、何も大隊長だけじゃないですから」

「私達だって死人になるだけのお荷物じゃなくて、貴方をサポートできる仲間なんだって事教えてあげますよ、ペネトラ大隊長!」

「確か小隊長のシールドって、内側からの攻撃は通すんでしたよね?なら、俺達がやる事は一つしかないっしょ!」


 ペネトラは決定的な事を見逃していた。隊員から冷血と言われようと、厳格と言われようと、そのスタンスを崩さずに戦ってきた彼女が何故ここまでやってくる事が出来たのかを。それは責任の為に戦ってきた彼女の冷徹な瞳の、更に奥で燃えている“熱い何か”を、隊員達はその言葉から感じ取ったのである。


「そういや、ヤツを倒すまでの指揮権は俺にあるんだったなぁ!お前らの事は俺が全力で守る!その間に射撃班はスクラホルズンに一斉射撃!大隊長がとどめを刺す隙を作れ!」

「「「「「了解!」」」」」


 グアルデは決起する射撃班に指示を出すと、隊員を殺させまいとより一層体に力を籠めた。その頼もしい背中に自分の命を預け、ロビンら射撃班は狙いをスクラホルズン一点に絞り、その引き金を引くのだった。

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天地壊拓~地球滅亡後の地下世界で出会ったのは、全てを可能にする奇跡の宝石でした~ 熱き冒険者 @syubarori

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