第10話 上級
地恵期20年 4月16日
フロンティア 25km地点 午前2時15分
「03大隊、突撃だあああああ!!!」
「「「「「おおおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」
先陣を切って叫ぶグアルデの号令と共に、03大隊の白兵班が一気に駆け出す。気迫だけでストーキングスコーピオンの大群をも怯ませる彼らの迫力に、後方の射撃班の面々もビリビリとした刺激を受けた。
「白兵班がストーキングスコーピオンを蹴散らして、私達はその援護。作戦って言ったって結局いつも通りの展開なのね」
「いつも通りでいいんだよ。それに、今回はペネトラ大隊長が本格的に戦闘に参加する。僕らも負けてられないよ!」
「負ける気なんて更々無いわ!援護なんかに回らずとも、私達が十分すぎるくらい強いってところ、見せつけてやるわ!」
そう言って、彼女はサラマンダーを構えた。バレットモードに設定されたサラマンダーの銃身は横方向に展開され、直径10㎝程度の火球が銃口に出現する。温度が上がる。空気が揺れる。弾丸に纏う炎は荒れ狂うように燃え上がり、その光は皮膚を焦がしそうな程に紅く、激しく、輝いていた。
━━━━━━「フレイムバレット」━━━━━━
小さな太陽の如き弾丸は、引金が引かれたと同時に高速で撃ち放たれ、1体のストーキングスコーピオンに直撃する。サソリの怪物が瞬く間に赤い炎に包まれると、白い身が焦げ、燻ぶった。熱に苦しんでのたうち回っているところに、ロビンの風の矢が追い打ちをかける。
バシュンッ!
前体が射抜かれて息の根が止まったものの、風にあおられて勢いを増した業火は隣へ、更に隣へと燃え広がる。白兵班の動きに影響が出ない様に最大限の注意を払いながら、ロビンは持ち前の頭脳を活かして矢を撃つ場所と風の威力を調整する。そうして形作られた炎の海のすぐ近くで、一匹のストーキングスコーピオン目がけて走り出す少年がいた。
「こんなもんかよ、中級の強さはっ!」
そう叫ぶのは、フルメタルを起動して両腕をギラギラと輝かせるイーロンだ。ストーキングスコーピオンの振り下ろす尻尾の一撃は、イーロンからしてみればさほど速度のある攻撃ではない。左方向に転がって回避すると、鋏の下部を狙ってアッパーを繰り出す。
ドシャァァッッ!
振り上げられた鉄拳はグロテスクな音を伴いながら鋏の薄い装甲を簡単に打ち砕き、肉ごと弾き飛ばした。
「やっぱり柔いぜ、こいつの身体」
鋏としての機能を失えばもう右側に用は無い。アッパーの勢いのまま右足を軸に回転し、左回し蹴りで右目も潰す。すかさずストーキングスコーピオンの頭上へジャンプすると、着地の勢いのまま正拳突きを繰り出し、頭蓋ごと破壊した。
「…まずは1体」
そう呟いたイーロンの後方から、2体目の左鋏が襲い掛かる。振り下ろされた一撃を華麗にかわすと、地面にめり込んだ左鋏を伝って、体の中心部を上部から木っ端微塵に殴り潰した。
「動きは速くないし装甲も弱い。俺の敵じゃねぇぜ!」
ストーキングスコーピオンは攻撃力が高い一方で、防御力は他の中級よりも一歩劣る。その特徴を生かして回避と反撃を繰り返すのがストーキングスコーピオン戦において有効な戦法なのだが、こうも容易く討伐を可能にする彼のパワーとスピードには目を見張るものがある。経験を積めば大隊長クラスも夢ではないはずだ。
そんな中、洞窟中に溌剌とした声が響いた。
「ほらほら退いた退いたぁっ!」
後方から空気の揺れを感じ取って高く飛ぶイーロン。その真下を、円盤のような影が通り過ぎた。
「アタシのぐるぐるカッターに巻き込まれたくない奴は道を開けろ〜!」
ネリアは地面と水平方向にストーキングスコーピオンを切り刻むぐるぐるカッターを追いかけながら、傍若無人に暴れ回る。その戦い方に怒りを覚えたイーロンは、戦闘中でありながら彼女の首根っこを掴み、怒号を浴びせた。
「てめぇ危ねえだろ!当たってたらどうすんだよ!」
「あっはっはっ!大丈夫大丈夫!こう見えても当たらないように投げてるから」
そう言うと、地面を水平に動いていたはずのぐるぐるカッターは急上昇を始め、ブーメランのようにネリアの方へ戻って来た。咄嗟に屈んで顔を伏せるイーロンの頭上を掠めて、2本のダガーは彼の背後に迫っていたストーキングスコーピオンに突き刺さった。
「はい、また1匹討伐!」
「お前なぁ…っ!」
「おい!喧嘩なら他所でやってくれ!」
その近くで2人の喧嘩を諌めるのは、模擬開拓訓練で大隊長役を務めたウィリアムだ。先日のイーロンの裏拳で受けた傷はまだ残っているようで、鼻の辺りには痛々しい青痣がある。彼は自分に襲いかかってきた鋏をアイススピアーというオブジェクトで防ぎながら、ストーキングスコーピオンと押し合いをしているようだ。
「まだまだ敵はいるんだ!油断してると死ぬぞ!」
「はいはいそうね〜。あ、そこ気をつけて」
「そこ?…っうわぁぁ!」
力比べをしていたストーキングスコーピオンの尻尾が、ウィリアムの頭蓋目掛けて飛んでくる。思わず目を背いたウィリアムの眼前に、グアルデが割って入った。
「おめえこそ油断すんなよ、ウィリアムよぉ!」
グアルデの両腕に取り付けられた半円形の盾型オブジェクト《アキレスシールド》がその攻撃を防ぐと、彼は剛腕で尻尾を持ち上げ、勢いよく地面に背負い投げをした。
「ありがとうございます、グアルデさん!」
「倒しても倒しても次々に出てきやがる…。さっさと殲滅して——」
グアルデが言いかけたその瞬間、拠点の方で緑の光が刹那に輝いた。振り向く間もなく上空に流れたのは、天を両断するように翔ける一筋の流星。それは戦場の中央に君臨するスクラホルズン目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。その光景を目にして、グアルデはニヤリと笑った。
直後、頭を割るような金属音が洞窟中に響く。耳を抑える隊員達の頭上には、自身のオブジェクト《ストライクニードル》で飛び蹴りを仕掛けたペネトラと、その攻撃を両鋏で完璧に防いだスクラホルズンの姿があった。
「これを防ぎますか。流石上級と言ったところです」
会心の一撃をほぼ無傷で止められて尚冷静に発言するペネトラは、鋏に突き刺さったストライクニードルを引っ込めると、即座に後方に飛んで距離を取った。
(鋏の表面にヒビは入ったが、致命傷にはなり得ていない。鋏を破壊してから戦闘をするのは得策ではないか)
これまでの戦いの経験値とスクラホルズンの特性から、ペネトラは瞬時に次の策を練り上げ、スクラホルズンの右側に向かって真っすぐ走り出す。それを迎え打とうと左鋏による攻撃が飛んでくるが、動きは速くない。宙返りをしてそれをかわすと、素早く体勢を立て直す。
攻撃の直後に生まれる隙を狙い、彼女は右足で地面を蹴り、地面とほぼ平行になるように横にジャンプした。それと同時に、彼女はベルトの左側についているボタンを押す。すると彼女の左脚の側面に装着された《ストライクニードル》が勢いよく突き出され、指の形をしたスホルズンの左足の関節目掛けてキックを繰り出した。
(装甲の無い関節部ならば…!)
《ストライクニードル》は、ペネトラの両脚の側面に装着された長さ60㎝・太さ10㎝の針型オブジェクトだ。芯は〈貫〉のジェクトで構成されており、キックと同時にベルトのボタンを押すことで、対応している側のニードルを任意の長さだけ突き出して攻撃する。更に力が加わる角度が地面から垂直で、且つ攻撃の高度が高いほど一撃の威力が上がり、20m以上から90度ぴったりに攻撃が入れば、あらゆる物体を貫通する絶大なダメージを与える事が出来る。その際の破壊力は、計測できる範囲内でなら、トレイルブレイザー全隊員の中で最も高いとさえ言われている。
グシャァァ!
肉を抉る音。しかしこれも、致命傷にはなり得なかった。
(平行とはいえこのダメージ。通常の個体より筋密度が高いのか…⁉)
そう思ったのもつかの間、何かの殺気を感じ取ったペネトラはすぐさま突き刺さったニードルを引っ込め、後ろに大きくジャンプする。
ガガガガガッッッッッ!!!
さっきまでいた場所の土が抉り取られた。巻き上がった土煙の中から、スホルズンの尻尾が現れる。
「くっ…!」
ペネトラは反射的に空中で身体を反らし、尻尾による突きを寸でのところで回避した。あと一瞬でも遅ければ、猛毒の尻尾の餌食になっていた事だろう。
(流石上級。攻撃速度は中程度ですが、反撃速度があまりに速い。まるで予測しているかのような…)
次々に襲い来る鋏と尻尾の連撃に注意を払いながら、一先ずスホルズンの周りを走り回って次の策を考える。機動力はそこまで高くない為、攻撃を避けるのは容易い。しかしこのまま時間が経てば先にどちらの体力が切れるか、答えは明白だった。
(関節部でも大きなダメージは与えられなかった。となると、装甲を破るには垂直からの攻撃が不可欠。しかし、スクラホルズンの上空に飛ぶのが困難な事に加え、空中では動きが制限されて攻撃を避けられない可能性が高い。最も成功確率が高いのは、上空からの奇襲で鋏ごと…)
「──ッ!」
ドンッ!!!
ズザザザザザザ…
体中が痛む。視界の外から攻撃されたようだ。咄嗟に身を翻したつもりだったが、右の腹からどくどくと血が流れ出ている。地面に衝突したせいで全身の骨も何本か折れただろうか。
(攻撃には細心の注意を払っていたはず。一体何が?)
痛みを堪えて立ち上がってみると、2本だったスクラホルズンの鋏が、腹からもう2本生えて4本に増えている。攻撃を避けた直後の隙を狙われたのだろう。
(なんとか即死は免れたが、この傷では応急処置無しでスホルズンと戦うのは難しい。かと言って撤退するわけにもいかない。やはり私が食い止めるしか…!)
幸いにも、周りにいたストーキングスコーピオンは全て一般隊員達と戦っている。作戦を実行するには十分な環境である事を確認すると、ペネトラは一か八かの作戦に賭け、そこで立ち止まった。
ガンッ!
ペネトラ目掛けて、スクラホルズンは全力で地面に攻撃する。それをギリギリで回避したペネトラは、次なる攻撃を待ってゆっくりと逃げ続けた。
ガンッ!
ガンッッ!!
ガンッッッ!!!
幾度となく繰り返される攻撃で土煙が洞窟内に充満し、いつの間にかペネトラの姿を見失う。地上を見下ろして人影を探すスクラホルズンの頭上で、何かがキラリと光った。
「デヤァァァァァァァァァ!!!」
近くの岩を飛び移って上空に移動したペネトラが、右脚のストライクニードルを突き出して静寂と土煙を貫く。スクラホルズンは咄嗟に腹の両鋏で守りの態勢に入るが、彼女の攻撃は2本の鋏を容易く貫き、木端微塵に破壊した。
惜しくも背中の甲羅を貫くには至らなかったものの、スクラホルズンは自慢の鋏を二本も失い、声の無い叫び声で洞窟内の空気を揺らす。
甲羅に着地した後、次の攻撃を警戒してすぐさまスクラホルズンと距離を取るが、痛みに悶えていてこちらに反撃してくる様子は無い。束の間の休息に息を整えると、どこかから吹っ飛ばされてきたストーキングスコーピオンが追い打ちをかけるようにスクラホルズンに衝突した。
「大丈夫かペネトラァッ!こっちは大方片付いたぞ!」
汗だくになったグアルデが声を張り上げた。その後方からは何人もの隊員達が駆け付け、スクラホルズンに立ち向かっていった。
「よっしゃあ!今がチャンスだ!全員でかかれぇぇぇ!!!」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
隊員の1人が発破をかけると、彼らは全員でスクラホルズンに攻撃を仕掛けていく。そんな様子に安堵したせいか、ペネトラは全身から力が抜けていく。その場に崩れぬようにふらふらとバランスを取っていると、彼女は虫の息になっているはずのスクラホルズンにどこか違和感を覚えた。
周囲の気の乱れ。
垂れ下がっていたはずのスクラホルズンの尾が、徐に立ち上がる。
ペネトラの顔から一気に血の気が引いた。
「総員退避‼」
紫の光が、彼らの視界を覆った。
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