第9話 襲撃
地恵期20年 4月16日
フロンティア 25km地点 午前2時
その日の深夜、ロビンはランタンを手に持って自身のテントを出た。これから1時間半、テントの見張りをすることになっている。指定された持ち場に行くと、大きめの岩の上で足をぶらぶらとさせ、真っ暗な眼科の空間を眺めるファレムの姿もあった。ロビンもその岩によじ登って隣に座ると、ファレムがコーヒーを一つ差し出してくれた。
「さっき衛生部隊から貰ったのよ。有り難く受け取りなさい」
アルミのマグカップに入った温かそうなコーヒーだ。ロビンは感謝の言葉を述べてそれを受け取ると、冷えた手を温めるように、両手でマグカップを包んだ。
「それにしても、洞窟内って意外と寒いのね」
「光が無いからね。そんなに冷える?」
「別に。あんたには関係ないでしょ」
寒そうに体を縮めているファレムを見て、ロビンは思い出したように岩から降りた。少しして戻って来たロビンの手には、隊員用の厚手のブランケットがかかっていた。
「ほら、これで少しはマシになるんじゃない?」
「別にいいのに。わざわざこんな物持ってきてもらわなくても」
「友達が寒そうにしてるんだから当然でしょ。風邪とか引かないようにね」
「ともだち…」
ファレムはロビンの手からブランケットを半ば強引に受け取ると、恥ずかしそうに体にかけた。その様子を見たロビンが微かに微笑んでコーヒーを飲んだのを見て、ファレムも釣られるように自分のコーヒーを口にした。
「苦っ!」
渋い顔をしたファレムは、手元にあったコーヒーミルクをこれでもかとコーヒーに注ぎ込む。真っ黒だったブラックコーヒーはあっという間に白く染められていき、最早見た目だけではホットミルクと間違えてしまいそうだ。
「…コーヒーミルクって、牛乳じゃなくてただの油だよ」
そう注意してロビンが自分のコーヒーに口を付けると、少しの沈黙の末にファレムが叫び出した。
「はぁ⁉そんなのもっと早く言いなさいよ!私に嫌がらせしてそんなに楽しい⁉」
「え、えぇ!?勝手に入れたのはそっちでしょ…。っていうかもっとボリューム下げないと寝てる人に迷惑が…」
「他の奴とか知らないわよ!ブラックを飲めるのがそんなに偉いの⁉」
このまま口論をしても埒があかない。そう考えたロビンは仕方なく自分のコーヒーに角砂糖を一つだけ入れると、それをファレムに差し出した。
「まだ一口しか飲んでないからあげるよ。もっと砂糖多めの方がいい?」
「馬鹿にしないで。一つで十分よ!」
砂糖入りのコーヒーをぶんどったファレムは、見てなさいと言わんばかりの表情でそれを飲み干そうとしたが、あまりの熱さに口を火傷したのかすぐに咳込んでしまった。
「あーあ、勢いよく飲もうとするから。ほら、隊服が汚れてる」
懐から取り出したハンカチで、シミの付いた赤いドレスの隊服を拭くロビン。周りにくすくすと笑われているのに気づいたファレムは顔を赤くさせて俯いた。
「っていうか待って。さっき私、かんせt…」
言いかけて、更に顔が赤くなるファレム。彼女が握っている空のマグカップの取っ手には、ロビンの体温がまだ微かに残っている。真っ赤に紅潮した彼女の顔を見て、ロビンは困惑の表情を浮かべた。
「え、どうしたのその顔…?そんなに赤くなるほど熱かったかな…」
「どこも赤くなんてないわよ節穴!」
ぱちんっとロビンの頬に平手打ちをし、彼の頬が手のひら型に赤くなった。ファレムはぶらぶらと下ろしていた両足を体に寄せ付けて体育座りをすると、頬を隠すようにブランケットを頭から被ってそっぽを向いてしまった。小動物の様に小さくうずくまる彼女の姿を見て、ロビンは自分の頬をさすりながらもくすりと笑みを浮かべる。
───その時だった。
ドガンッッッッッ!!!!!!!!!!!!11
耳を切り裂く爆音と立ち昇る土煙。暗闇の中、何が起こったのかと周囲を確認する。止まないノイズに耳を抑えながら、視覚だけを頼りに位置を探した。
「見つけた!あそこだ!」
誰かがそう叫んだ。隊員が指さしたのは眼下の空間の最奥。こちらまで届く土煙の中に影が見え、その姿を凝視する。長く禍々しい尻尾と特徴的な脚。その異形の影の形が、図鑑で見た姿と重なった。
「人間の指…もしかして上級か⁉」
クリーチャーには、下級・中級・上級の3つの種類が存在する。それらはクリーチャーの生態と強さによって分類されており、中でも下・中級クリーチャーは、ワールドレイジ以前に存在した生物単体の姿と酷似しているという大きな特徴がある。
しかし、上級クリーチャーだけはその特徴に当てはまらない。彼らに共通するのは、体の一部が”何かしらの人間の器官や部位を模している”という点だ。
全長約30m・高さ5m。黒いサソリの身体とカブトガニの硬い甲羅、そしてカニの様な強靭な鋏を併せ持ち、その下部には人間の指を思わせる10本の巨大な脚が蠢いている。間違いない。図鑑内の超危険クリーチャーのページに記載されていた{スクラホルズン}だ。
洞窟の壁に大穴を開けてこちらに近づいてくるその異様な姿は、まさにクリーチャーの名にふさわしいと言える。
「確かあれ、スクラホルズンとかいうクリーチャーだったわよね…」
「うん。しかもそれだけじゃないみたいだ…!」
スクラホルズンがぶち抜いた穴から出て来たのは、大量のサソリ型中級クリーチャー{ストーキングスコーピオン}。人型サイズのその化け物は、スクラホルズンとは反対に白い体を持っており、刺々しい16本の脚を持ったその怪物は、まるで巣から這い出る蟻のように無限に湧き出て来る。その状況に臆して冷や汗を流すロビンの隣から、落ち着きを払った厳格な声が響いた。
「面倒なクリーチャーに会ってしまいましたね」
「ペ、ペネトラ大隊長…っ⁉」
岩の上で呆然とするロビンの右隣で、彼女は険しい顔をしながら腕を組んでいた。ペネトラはロビン達と同じ時間帯の見張り番ではないにもかかわらず、爆音の発生から30秒にも満たないうちに起床から戦闘準備までを終わらせてしまったようだ。
そんな中、先程の爆音を聞いてようやくテントから顔を出してくるトレイルブレイザーの面々。眠そうに眼をこする彼らに向かって、ペネトラは拠点全体に聞こえる声量で状況を簡潔に説明した。
「午前2時13分、ここから北東200m先にスクラホルズン1体と200体以上のストーキングスコーピオンを補足。2分後に襲撃が予測される為、これより両クリーチャーの討伐作戦を開始します。就寝中の隊員は直ちに戦闘準備を行ってください」
「「「「「了解!」」」」」
報告を聞いた瞬間、彼らは瞬時に行動を始めた。あっという間に半数以上が準備を終えると、ペネトラは近くにいたグアルデに指示をした。
「ロテクト小隊長。クリーチャー殲滅までの間、隊員達への指揮権は全てあなたに譲渡します。私の仕事が終わるまで、可能な限りストーキングスコーピオンを討伐して下さい」
「別に構わねぇが、スクラホルズンはどうするんだ?」
「討伐します。私単騎で」
彼女はきらりと光る眼鏡を上げて、表情一つ変えずにそう答えた。
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