第4話 2人きりの訓練場

地恵期20年 4月2日 6時

ユーサリア セントリアス区 トレイルブレイザー隊員寮610号室



 波乱の入隊初日を終えた次の日、ロビンは静かに眠りから覚めた。朝日代わりの白い光が寮のカーテンの隙間から零れ、その光は向かいで眠るイーロンの頭を照らしている。

 ふと玄関に目をやると、扉に併設されたポストに何かが入っているのを発見した。ロビンは着替えながらそれを取り出すと、その正体が手紙である事に気づいた。しかも金縁の装飾が成された高級な便箋である。中身が気になったロビンは丁寧な動作で封を切ると、その内容に驚きの色を見せた


「これは…」


*****


 大講堂のすぐ真下──トレイルブレイザーベース地下4階と5階──に、その総合訓練場は位置している。吸い込まれるような漆黒に包まれた壁に格子状の白線が迸ったこのサイバーチックな空間は、最新技術が詰め込まれた科学の結晶である。

 というのも、この総合訓練場には大小様々な大きさのバトルフィールドが存在し、その全てで仮想のクリーチャーを出現させ、戦う事が出来るのだ。それに加え、訓練時にはフィールドの地形や景色を自由に変更して、あらゆる状況下での戦闘訓練を行う事が出来る。命がけでクリーチャーと戦うトレイルブレイザーにとって、これ以上ない実践的な設備が整った訓練場なのである。

 しかし、普段は隊員達で溢れかえるこの訓練場も、午前6時台ともなるとその姿はまばらである。そんな閑散とした訓練場の一室に、1人の少年が姿を現した。


「やあ!おはよう、ファレム」


 早朝の静かな射撃訓練室に入室したロビンの視線の先にいたのは、赤いドレスに身を包んで銃型オブジェクトを構えるファレムだった。こちらの様子に気づいて耳栓を外したファレムはただ一言「遅かったわね」とぶっきらぼうに言い放った。


「ごめん、手紙が届いているのに気づいたのがさっきだったからさ。なるべく急いだつもりだったんだけど…」

「あっそ」


 ロビンの謝罪を軽く一蹴して、ファレムは射撃を再開する。申し訳なさそうに彼女の近くに立ったロビンは、チラリとファレムの的に目をやった。

 的の周りには、煙を燻ぶらせる小さな穴が至る所に空いていた。その数は少なくとも50を超えており、穿たれた穴の奥は未だ熱を持っているのか、仄かに赤く輝いている。ところが肝心の命中率は酷いもので、精々的の端をギリギリ掠める程度が関の山だ。射撃跡や命中精度から考えて、どうやらいつもより調子が悪いらしい。


「…それにしても驚いたよ。寮室に手紙まで寄こして僕を呼ぶなんて」


 ロビンがポケットから取り出した一枚の便箋には、

「Come to the shooting range today at 6:00 AM. (今日の朝6時、射撃訓練場に来なさい)」

とだけ書かれている。差出人は書いていないが、当日の早朝に突然呼び出すような人使いの荒い知り合いと言ったら、ファレムを差し置いて他にいない。


「ところで、ファレムはなんで僕をここに呼んだの?」

「あんた、乙女の心を察する事も出来ないわけ?」

「えっ…ご、ごめん。分かんないや…」

「はあ、呆れた」


 ため息を吐いて横のロビンを見つめると、ファレムは一瞬言葉を詰まらせた。


「…見て分からない?射撃よ」

「射撃…?」

「あんたなら気づいてるんでしょ?私の射撃精度について」


 ファレムは自分の的を指さしてそう答えた。


「つまり、僕に射撃の事を教えて欲しいと?」

「何よ。文句があるなら出てっていいわよ」

「別に文句なんて無いけど…」


(教えて欲しいならもう少し丁寧に頼んでくれてればいいのに…)


 心の声を漏らしそうになるのを堪えながら、ロビンは静かに肩をすくめた。そうしてファレムのオブジェクトを一度貸してもらい、自分も試しに射撃ブースに立ってみる。

 大型のハンドガン程のサイズであるそのオブジェクトは、彼女の高貴な雰囲気に反して随分と厳ついフォルムをしており、真紅の銃身には所々黒い装飾が施されている。本来リボルバーが存在する箇所には金色のダイヤルが嵌められ、その銃身には、黒い文字で《Salamander》と彫られている。

 銃身上部に表示されているスコープを的と重ねて、引き金に指をかける。その瞬間、サラマンダーの銃身が縦方向に展開され、中から超極細の砲身が姿を現した。


「驚いたでしょ?一度その設定で引き金を引いてみなさい」


 彼女の言葉に従って、ロビンはサラマンダーの引き金を引く。展開された銃身の隙間から垣間見える〈火〉のジェクトが光ったかに見えたその直後、想像以上の反動と共に、銃口から一筋の熱光線が発射された。それは弾道を大きくずらしながら空間を貫き、的から十数センチ離れた壁を深く穿った。


「す、凄い…。このオブジェクトは一体…」


 反動に耐えきれずに尻餅をつくロビンの傍らで、ファレムは鼻高々にオブジェクトの説明を始めた。


「私のオブジェクト《サラマンダー》は、ただ火球を撃つだけのオブジェクトじゃない。その金色のダイヤルを回す事で、通常の火球より何倍も威力が高い熱光線を撃てる『レイモード』にチェンジできるのよ。まあその分、さっきみたいに反動も大きくなって狙いがつきにくくなるんだけどね」

「つまり、レイモードでも上手く撃てる様に射撃を教えて欲しいって事?」

「まあそんな所ね。昨日の牛のクリーチャーも、それが使えていたら一撃で倒せたわけだし」


 事情を理解したロビンは、サラマンダーを見つめながら自分の顎に手を当てた。大きすぎる反動は、理解していても簡単に抑えられるものではない。反動を抑えるガジェットはそう簡単に作れないし、反動を抑えられる程度の筋力をつけるのだって一朝一夕では不可能だ。


「あんたも知っての通り、オブジェクトは誰でも使用できるけど、使用者との適合率によってその出力も比例して大きくなる。サラマンダーは私との適合率が最大になるように調整されているから、あんたが撃ったのは精々私の出力の50%程度のはずよ」

「ファレムが使う時は更に2倍の反動が生じるって事か。それほど大きい反動をどう制御すればいいのか…。確かに難題だね」

「でしょ?私みたいな天才がどれだけ練習しても使いこなせないんだから、凡人のあんたが無理でも気にしないでいいわ」


 少々棘のある言い方だが、彼女が想像を絶する程の努力をしたのは想像に難くない。どうすれば完全に扱えるようになるか少し考えを巡らせるが、そう簡単に思いつく事は出来なかった。そうして一先ずロビンがサラマンダーを返そうと後ろを振り返ると、そこには顔をしかめて頭を抱えているファレムの姿があった。


「大丈夫?気分でも悪い?」


 いつの間にか、ファレムの顔から血の気が引いてきている。恐らく短時間のうちに連続で射撃を行った為、急激に体力を消耗してしまったのだろう。ロビンはふらふらとしているファレムの体を支えようとするが、彼女はその手を突き放す。


「大丈夫よこのくらい…。ちょっと体力を使いすぎた…だ…け…」


 振り絞るように言葉を発した後、ファレムはバランスを崩してロビンの胸に倒れこんだ。薄れゆく意識の中で、自分の名前を呼ぶ少年の声だけが耳に入って来る。頭を刺すような痛みに苦しみながら、彼女はその声に鬱陶しさを感じつつ、瞼を閉じた。

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