第2話 模擬開拓演習
地恵期20年 4月1日 14時
ユーサリア南部 サウスユーサリアゲート
サウスユーサリアゲート。
ユーサリアの最南端に設置されている、巨大な鋼鉄のゲートである。
第7洞窟は巨大な蟻の巣構造になっており、ユーサリアを始めとする5つの都市は洞窟内の空洞を広げることによって造られたものである。そしてこれらの都市に侵入しようとするクリーチャー達を迎撃する事を目的としている施設が、サウスユーサリアゲートをはじめとした都市ゲートである。中でもこのサウスユーサリアゲートは更に下層に位置する【クライスターレ】という都市と繋がるゲートであり、比較的周囲にクリーチャーが少ない場所でもある。よって、ロビン達は数日後に迫る開拓本番に向けて、既に開拓済みのエリアを使った開拓訓練──模擬開拓演習──を受ける事になっていたのだ。
「厳しい試験を突破した君達だ。説明の必要はないと思うが、確認の為におさらいをしておこう。そもそも我々が行う開拓の主な目的は、人類が住む為の領土の拡大と地下資源の採取。そして最終的には地球最後の秘境である第7洞窟の最果てを目指す事だ。ここまではいいな?」
入隊早々の実地訓練に緊張する新人隊員達を仕切るのは、20代後半くらいの男性隊員──ウィルソン・スミス──である。ほとんど面識も無い彼の言葉に、隊員達は微妙な顔で相槌を打つ。
「そして、そんな開拓の際に我々開拓部隊がやらなければいけない仕事は主に二つある。一つ目は襲い来るクリーチャーの討伐。二つ目はセンサーライトの設置だ。そこのお前、センサーライトが何か言ってみろ!」
多少の苛立ちを覚えたウィルソンが指名したのは、最前列で熱心に話を聞いていたロビンだ。彼からの指名を受けると、ロビンは優等生のように流暢に答えた。
「はい。センサーライトというのは〈明〉と〈写〉のジェクトを利用して作られた、直径10㎝の半円照明型オブジェクトです。洞窟内を照らす明かりとしての機能と、近くを通ったクリーチャーの姿を撮影するカメラとしての機能を持っていて、撮影された映像は本部のオペレータールームへと転送されます。開拓の際には、これを左側の壁に50m間隔で設置しながら開拓を進めていく必要があります」
「よし、完璧な答えだ。俺からの補足も必要なさそうだな。そこの少年に拍手を」
周りからまばらな拍手が起こる。入隊式当日とはいえ、生憎統率しきれていない大隊の現状に、ウィルソンは苦虫を嚙み潰したような顔を見せた。
この演習に参加しているのは開拓部隊の新入隊員と数人の先輩隊員のみで、本来の大隊長であるペネトラは参加しない。というのも、この演習は新入隊員の訓練以外に、既存隊員の指揮能力の向上という目的もあるからだ。つまり、現在大隊長役としてロビン達に指示をしているウィルソンも、精々入隊歴数年の中堅隊員でしかない。いまいち隊員をまとめきれていないこの状況に、彼も少し不満を抱いているのだ。
「ま…まあそういうわけだ。今回は元々設置されているセンサーライトが左側にあるから、右側に設置していくぞ。一見簡単な作業のようにも見えるが、本番はクリーチャーがいつ出て来るか分からない中での作業となる。周囲の状況に気を配りながらセンサーライトを──」
言いかけた途端、100m程先でセンサーライトが激しくサイレンを鳴らした。何事かとウィルソンが前を向いたその瞬間、通路の闇から何かが勢いよくこちらに向かってくるのが見えた。四つん這いのままこちらに突進してくる黒い巨体。前方に付いた白い角が、センサーライトの光を浴びて鋭く光った。
「避けろ!{タックリングバイソン}だ!」
牛型中級クリーチャー{タックリングバイソン}。時速150kmであらゆる障害物を悉く破壊する強力なクリーチャーである。
横幅10m以上はある通路の中心を凄まじい速度で突き進む怪物の姿を捉えて、ほとんどの隊員は瞬時に通路の端へと避難したものの、その中で唯一、ファレムだけは通路の中心で動けなくなっていた。
「う、嘘…っ!足が…動かない…?」
小さく呟いたファレム目掛けて、タックリングバイソンは容赦なく速度を上げる。誰もが助からないと察して思わず目を背けた中、ただ1人だけ足を動かした者がいた。
「危ないっ!!!」
小柄な彼女の体を自分の華奢な体で包み込み、一心不乱に転がる1人の少年。緑のコートを土で汚しながらもギリギリの所で彼女を救った彼は、擦りむいた己の四肢より先に、彼女の顔を見つめた。
「大丈夫!?ケガはしてない⁉」
「う、うん…」
「ほんと⁉よかったぁ!」
ファレムを胸の中で抱き抱えるロビンは、彼女の発言に対して満面の笑みで安堵する。彼の不思議な程爛漫な笑顔を見て自分の頬が微かに紅潮しているのを感じたファレムは、反射的にそっぽを向いた。
「おい、まだ終わってないぞ!またこっちに向かってくる!」
後方の闇に消えたと思われたタックリングバイソンは、ウィルソンがそう叫んだ頃には既に方向転換して再びこちらに走り出していた。転回したばかりのせいか、先程よりもスピードは落ちている。ロビンは素早くアマテラスを構えると、そばにいたファレムにも声をかけた。
「ファレム!僕と一緒にヤツの牽制をしてくれるかい?」
「し、仕方ないわね…。今回だけよ!」
同時に撃ち放たれた風の矢と炎の弾丸。それらは標的の顔面目掛けて真っ直ぐ放たれたが、どうやら傷跡一つついていないようだ。
「皮膚が硬すぎてダメージが入らないのか!だったら目を…!」
ロビンはその言葉と共に、タックリングバイソンの瞳を狙って矢を放ち、それに続いてファレムも同様に引き金を引いた。
「ンモォォォォォ!!!」
低音の断末魔が洞窟に響く。命中はした。しかし視界を失ったはずのタックリングバイソンはそれでも尚速度を上げ続け、突進の構えを崩さない。予想外のタフさに焦る2人。そんな彼らの様子を見兼ねて、1人の少年が洞窟の端から飛び出してきた。
「お前ら何ぼさっとしてんだ!死にてぇのか⁉」
荒々しく声を張り上げるイーロン。彼は後ろで動きを止める2人を一瞬睨んだ後、無謀にも獣の進路に立ち塞がり、その両拳を固く握りしめた。
ガギンッ!
薄暗い洞窟に鳴り響いた鈍い金属音。タックリングバイソンの両角をしっかりと掴んだイーロンは、通路の床に二つの深い溝を作りながら突進の勢いを殺そうと試みた。己の力と気合だけで踏ん張る少年は、歯を食いしばって全身に力を込めるが、あと一歩力が及ばない。それでも着実に突進のスピードが落ち始めたその瞬間を狙って、待っていたと言わんばかりにウィルソンが自身のオブジェクトを構えた。
「喰らえぇ!アイススピアー!!!」
鋭利な氷の槍がタックリングバイソンの横腹に突き刺さった。刺突された傷口から赤黒い血液が溢れ出し、怪物は動きを鈍らせる。その顔面にイーロンが力強く頭突きを浴びせると、獲物は完全に意識を失って地べたへ崩れ落ちるのだった。
「よし!討伐完了だ!」
ウィルソンが喜びの声を上げ、拳を突き上げる。何もできなかった新人隊員達が呆然とタックリングバイソンの死体を見つめる一方で、トドメを刺したばかりのイーロンは早速座り込んで何かの作業を始めた。
「お、おい、どうしたんだ?」
「先輩の癖に知らないんすか?こいつの角は闇市で高く売れるんだぜ。合成麻薬の材料になるとかで」
「そ、そうなのか…?」
イーロンの怪しげな行動に不信感を抱いたウィルソンは、怪訝な表情でその説明に耳を傾ける。
「脂肪は化粧品とか石鹸。内蔵は薬品。革と骨はゼラチン。肉は言うまでもなく食料。こいつは全身金みたいなものなんだぜ。試験の時は余裕なかったけど、隊員となったからにははぎとれるモンは全部貰っときますぜ」
ぶっきらぼうにそう語るイーロンは、通常のナイフも併用しながら慣れた手つきでタックリングバイソンを解体していく。その手際の良さに誰もが思わず目を奪われたが、ウィルソンはハッと自分の使命を思い出して彼を制止した。
「だ、駄目だ!クリーチャーの死体は研究材料になるんだ!新人が無断で剥ぎ取ろうだなんて…」
「先輩はこいつに槍を刺しただけで、トドメを刺したのはあくまで俺。だからこいつは俺の獲物です。しかもこんな雑魚なんて研究し尽くしてるでしょ。今更何を研究すると?」
「それは…」
言葉に詰まるウィルソンに呆れ果て、再び剥ぎ取りを始めようとするイーロン。そのどさくさに紛れて、タックリングバイソンの死体を漁る一人の女の姿がある事にイーロンは気づいた。
「おい、お前誰だ?」
「ごめんごめ~ん。アタシも少し貰おうとしただけなんだけど…」
「駄目だぜ。何もしてない奴に少しでも譲る訳にはいかないぜ」
「えー、ケチな男の子だなぁ~」
若々しく、ふざけたような声で喋る赤髪の女。その声に聞き覚えのあったロビンは、大隊分けでの出来事を思い出す。『ネリア』と呼ばれていた彼女はイーロンの目の前に立ち塞がると、腰を低くしてその顔を覗き込んだ。
「お姉さんも生活厳しいの。少しだけでいいんだ」
「絶対に駄目だぜ」
「お願い。何でもするからさ…♡」」
右手の指を優しくイーロンの顔に当て、艶やかに下ろしていくネリア。その指が胸の辺りまで来たところで、イーロンは彼女の両腕を力強く掴んだ。
「その両手を退けろ、糞アマ」
右手が胸に触れていたその裏で、彼女の左手はイーロンの腰に取り付けられたポーチへと伸びていた。ネリアはイーロンの勘の良さに少々驚いたような顔を見せると、ふと彼から距離を取った。
「お前、俺から財布を奪おうとしただろ?」
「ふ~ん、勘が良いのね?でも残念。もう奪ったわよ」
ネリアの左手には、髑髏やら剣やらのシルバーアクセサリーで飾られた黒い財布が握られていた。それをひょいひょいと投げては遊ぶ彼女が、イーロンを挑発するように口角を上げた。
「何よ〜!盗られるような甘い管理してるあんたが悪いんでしょ?返して欲しいなら力尽くで取り返して見なさいよ〜だ!」
ベロをだらんと出して煽り散らす赤髪の女に、イーロンは血管を浮き上がらせる。
「ま、待ってイーロン!興奮しちゃダメだ!隊員同士の争いは規則で禁じられて…」
一部始終を見ていたロビンが彼をなだめようとするも、興奮している彼にその声は届かない。周りの隊員達もどうすればいいのか混乱している中で、ウィルソンが一歩前に出た。
「おいおい、喧嘩はやめてくれ!そもそも剥ぎ取りが禁じられてるんだから二人とも…」
ゴッ!
ウィルソンがイーロンに背後から近づいた瞬間、鬼の形相をしたイーロンが裏拳で彼の顔面を殴り飛ばした。鋼鉄化された拳で殴られたウィルソンは鼻から血を吹き出し、白目をむいて地面に倒れ伏す。気絶したウィルソンの姿に新人隊員達は悲鳴を漏らし、ゆっくりと後ずさりした。
「俺の邪魔をする奴は誰であろうと許さねぇ。特に金目の物を奪うお前みたいなコソ泥は、女でも子供でもぶっ潰すぜ」
首をポキポキと鳴らして気合を入れたように拳をぶつけ合うイーロン。既に何を言っても無駄だと勘づいていたロビンは不服そうに口をつぐみ、傍で目を背けていたファレムを後ろに退かせた。
「俺の名前はイーロン・エルフォンド。生憎だが、クライスターレで土木仕事をして日銭を稼いでたもんでね。力には自信があるんだぜ。お前なんか5秒で捻り潰してやるぜ」
自信と怒りに満ちた自己紹介。その威勢を一蹴する様に、ネリアは鼻で笑って2本のダガーを取り出した。
「あっそ。力自慢なら尚更戦いやすくていいわ。手加減する必要なんて無いもんねっ!」
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