ユダな私とラップ

國枝陽

ユダな私とラップ



 学園祭でラップを披露するなんて、恥ずかしくて無理だと思った。だって私はラップなんてしたことないし、ヒップホップのヒの字も知らない高校生だし、てか今まで聞いたことなんて一度もないし、そもそもラップってなにって感じだった。


 なのに男子たちが学園祭は、ひとり八小節のラップを披露するんだって勝手に決めて、女子の船場さんが文句を言ったら、男女四人ずつで手を打とうって言って、船場さん、面倒くさがって男子たちに任せて――ああ、もう。


 とにかく男子四人、女子四人のうちに私は入った。というか手をあげていた。沈黙が嫌だったからとか、船場さんが怖かったからじゃなくて、私の好きな茅場くんが出るって手をあげたから……私もじゃあ、出ようかなあ、なんて女心と秋の空も良いところ。でもみんなは私の立候補に驚いた様子だった。だって私、このクラスでは大人しいキャラだったし、そもそも、みんな私が喋ってるところなんて見たことなんてなかったはずだし、てかやっぱりやめよっかな。


 でも、なぜかそのときは、やりたくなってしまったのだ。あとからなにを言おうが仕方ない。これが神の導きってやつかもしれない。


 ということで、練習会。

 サイファーというものをやることになった。みんなで円になって、ラップをするらしいんだけど、八人全員素人のラップなんて本当に見てもいられない。


 まず口火を切った男子生徒の宮城。

 HIPHOP好きとか言ってるくせに、いざDJ二ノ宮がビートを流したら「YO、YO」しか言わない。私はため息交じりに、次の小節を待った。というかなんで即興でやろうとするかな。私はちゃんとラップの内容を考えてきたのに。


 次の番は、志度くん。結構かっこいいんだけど、言動がおかしいのがいつも気になるんだよな。なんでもパンクロックの影響らしいけど、それにしてもラップもラップっぽくない。それに言ってる内容も哲学的というか思弁的というか、観念的というか、なんて言ってるかわからないから、私は耳を塞ぎ、次の番である小暮ちゃんに期待する。

 小暮ちゃんは意外と才能があった。私はちょっと聞き惚れた。メロディアスで言ってることも日常的でかわいい。こりゃモテるぜ、小暮ちゃん。

 そして、次に私の大好きな茅場くんが声をあげた。


 そして、私は度肝を抜かれた。


 茅場くんは――ありえない高速ラップをした。


 で、私の番になった。私はそのとき、なぜか声が出なかった。やばいかもって思ったけど、なんとか小声でラップを披露してみた。恥ずかしかった。


 家に帰って、どうしようかと悩んだ。私はいつも自分を隠して生きてきた。ラップなんてできるはずない。だって、ヒップホップはリアルなんだ。ネットで調べたら、そう書いてあった。私にリアルなんてない。いつも大人しいキャラをかぶって生きてきた。それなのに、心は躍っている。心臓がドキドキしている。


 私はふと、一冊の本を棚から取り出す。子どもの頃、お母さんがいつも読んでいた聖書。お母さんは言ってた。

「キャラをかぶるのやめなさい。それはユダなのよ」


 わかってるよ! あのときは怒って、お母さんと喧嘩したっけ。でも、お母さんはあのあと、癌になって――。


「本当の自分って、誰だろう。私は所詮、嘘つきなユダなのかな」


 ユダはキリストを騙したから、いまでは嘘つきや裏切り者のことをユダって言う。それだったら私はユダだ。私は愚かなユダだ。みんなを騙して、自分を騙して――。

気がつくと私はリリックを書いていた。ノートに鉛筆で、その歌詞を綴っていた。


 本番。前の組の出し物が終わる。私は息を整えて、イヤホンから流れるビートを聴く。足が震える。学園祭は最高潮を迎え、ラップ披露を茶化すように体育館の観客から声があがる。宮城が「行くぜ。お前ら」とかっこつけて、壇上に出て行った。私はイヤホンを外し、階段をあがる。拍手と笑い声。それもそうだ。学園祭でラップをするなんて馬鹿げている。


 でも、なんでだろう。私、結構ラップが好きかもしれない。


「大丈夫か。千歳」


 茅場くんが心配げにこちらを見る。私は顔を赤くしながら頷く。

 HIPHOPってのはリアルだ。今の自分をラップする。等身大なのだ。

 だからちょっと細工をしてきた。練習会でみんなに聞かせたリリック歌詞とは大きく変えたものを本番に用意した。たぶん誰も知らない、私の本当の声が、いまからさらけ出される。私はなぜか清々しかった。これから私はクラスメイトも騙して、自分を歌う。


「さあ、ではいきましょう! オッケーかい? DJ二ノ宮!」

 壇上の後ろにいる二ノ宮がスクラッチ音で、オッケーの合図を出す。

 私はマイクのスイッチを確認して、みんなのラップが終わるのを待つ。ビートが流れる。ラップがはじまる。みんな練習して上手くなった。ラップらしくなった。茅場くんのラップには会場も大盛り上がりだった。高速で言葉を紡いでいく。私も惚れ惚れしちゃう。


 そして最後の私。なぜか私の目には体育館の真ん中でぼうっとこちらをみる船場さんが映る。船場さんは私をみている。船場さんはいつも怖くて、彼女の前で私はキャラをかぶって、生きてきた。そんな私を船場さんは見抜いたことがあった。


「あなたもキャラ作りしているのね」

「え?」

「わかってるわよ、そんなの。みんな、本当の自分なんて、知らないのよ。私だって、知らないの」

 船場さんはきっとあのとき、私に救いを求めていた。

 

 会場にいる彼女の目が見開かれる。

 気がついたかな。私は笑う。これがHIPHOP。


 そのときのことを、私は忘れない。はじめてラップが何なのか、HIPHOPが何なのかがわかった気がした。会場が静まって、ただただ私のリリックが、みんなの頭を占領していた。茅場くんは固まっていた。まさかのダークホースだったもんね。それに、船場さんは――涙を流していた。


 そこはゴルゴダの丘だった。私は十字架にかけられていた。なのに、誰も私を笑わなかった。終わったあとに残ったのは、死んだ私と、新しく生まれた私。

 私はユダをみつけた。

 ユダは泣いていた。でも、私はユダを受け入れた。


 リアルな私がいま――輝いていた。

 

                                                          

                 



                   終

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ユダな私とラップ 國枝陽 @ifharuka

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