【第85話】 それから 1



 気が付くと秋が終わり、季節は冬のはじめへと移っていた。

 裏庭の楓や銀杏の樹の葉は、枝から離れて風に舞った。


 赤や黄色の落ち葉の絨毯といえば聞こえはいいが、掃き掃除は一苦労だ。


 箒で枯葉を裏庭の隅に集めると小山のようになった。そしてそれがまた、突然に吹く強い風で飛ばされてしまう。


 魔術でさっと片付ける……なんていうことはできなかった。わたしの魔力は先視さきみと占いに特化されているらしい。つまり、それ以外の魔術は使えない。


 以前に、一家にひとり魔術師がいたらさぞ生活が便利になるだろうと思ったが、そんなに簡単にはいかないようだ。


 それにヴィーリアの講義の甲斐もなく、魔力を制御する感覚もまだ掴めてはいなかった。


 まあ、先は長い。


 教えてもらった『魔力を集中させ、満たし、張り巡らせて状況を感じとるように』感覚を研ぎ澄ませ……今日もせっせと落ち葉を掃く。


 枯葉は腐葉土にすれば家庭菜園のよい肥料になるのだ。




 ロロス司祭様とセイン見習い司祭様はというと、リモール領がかなりお気に召したらしい。春までは温泉の湧いている山間の村を廻るという連絡がお父様に届いていた。

 それとは別に、ヴィーリアとわたし宛にもロロス司祭様から手紙が届いた。


 ヴィーリアは読まずにそのまま暖炉に放り込もうとした。間一髪で止めることができたけど……。


 手紙の内容は『リモール領を新たな神殿を建立するための候補地として推薦したいから、口添えをよろしくね』というものだった。反対をするなら『僕はおしゃべりなようだから、男爵様にいろいろと口を滑らせてしまうかもよ?』とも書かれていた。


 ……。


 ヴィーリアは露骨に眉をしかめて、手紙を暖炉に放り込んだ。今度はわたしも止めなかった。


 やっぱり、ロロス司祭様とは長い付き合いになりそうな気がする……。



 レリオは今では、アロフィス侯爵家とライトフィールド男爵家の正式な連絡係として、二日に一度は屋敷に顔を出していた。なるべくヴィーリアのいる部屋へは転移をしてこないようにしているらしいけど、しょっちゅう顔を合わせてしまい固まっている。


 お父様を通して、緊急の場合にはレリオを呼び出す許可をアロフィス侯爵家に申請した。侯爵家には快諾してもらった。緊急時にレリオに連絡がつけられるようにと、通信の魔術を込めたクリムス領産の上質な翡翠のブレスレットを贈られた。ブレスレットなら常に身に着けていられるからということだ。



 侯爵家からは許可をもらっていたが、レリオには誠意をもってお願いをした。

 もし、どうしても嫌だと言われたら諦めようと思っていた。無理強いはしたくない。


 レリオは微妙な表情かおをしていたが「お嬢様のお役に立てるのなら……」と承諾してくれた。


 背後からの重圧プレッシャーにそう言うしかなかったのかもしれないけど……。

 でも、ありがとうレリオ。


 お礼になにかさせてほしいと伝えると「いつかの肉が食べたいです。美味しかったぁ……」と両手で頬を押さえて、夢見るように微笑んだ。


 ケインに焼いてもらった肉をお土産にも持たせると、濃い青色の目をキラキラと輝かせた。

 うん。レリオの好きなものはお肉。憶えた。





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