【第84話】 殻の外 2



 「カードに集中しなさい」


 「してるつもりなの」


 「つもりではありません。するのです。言い訳はしない」


 「……はい」


 今、カードを使っての魔力の使い方の講義を受けている。


 訪問客もだいぶ落ち着いたので、ヴィーリアは午前中の時間を取れるようになった。


 「……何度も申し上げたでしょう。頭で考えるのではありません」

 「先視さきみや占術の要因は観察です。周囲をよく観察し、状態を把握してください」

 「魔力を集中させ、満たし、張り巡らせて状況を感じとるように」

 「感覚が大切です。そうですね、想像してください……グラスから水を注ぐようにカードに魔力を流すのです。……感性センスの問題でしょうか?」

 「はぁ……。先は長いですね」 


 かなり厳しい指導の上に、ため息までつかれている。


 ……うう。わたし、褒められて伸びるタイプなのに。


 『魔術師として契約を交わしたからといって、すぐに魔術を使うことができるわけではありません』という意味を、やっと理解した。


 魔力は感覚で制御する。制御できなければ、術の発動ができない。魔力を多く持っている場合は術を暴走させてしまうこともある。だから通常、魔術師候補は魔術師として契約をしてからは、公国軍魔術師団の下部組織として存在する、私設魔術師団を持つ貴族の家門で修行をする。アロフィス侯爵家付きのレリオがこれに当たる。


 そこで一人前の魔術師として認められれば、公国軍への入団もできるらしい。


 わたしは異分子だし、そんなことは望んでいないからもう少し優しく教えてくれてもいいと思うけど。


 「私の婚約者であり、弟子であるならばそれくらいは身につけていただかないと」


 と、いうことだ。

 口角が上がっている。……絶対に楽しんでやっている。


 「貴女が先視を使えるようなりたいと望んだのですよ」


 それは、その通りです。


 だって魔術師として先視や占いができるのなら……。


 その年の穀物や果実の生育具合や天候がわかるようにもなる。もし、不作の年なら、事前に対策を講じることもできる。もう、五年前のようなことは繰り返さなくても済むはずだ。


 それに魔術が使えるなんて、それだけでも面白そうでしょ?


 だけどこのことは誰にも話すつもりはない。


 ヴィーリアも有名な魔術師を輩出するアロフィス侯爵家の次男でありながら、魔術は使えないということになっている。

 それから厳密にいうと、わたしは魔術師とは呼べないらしい。


 ヴィーリアと魔術師としては契約を交わしていない。混じった魂の影響で、わたしの魔力の使い方はヴィーリアに近いということだ。簡単に説明をしてもらったところ、わたしは自分と契約を交わしているような状態にあるということだった。


 ロロス司祭様が言っていた『もう契約は必要ないかもしれないね』とは、このことだったみたい。


 魔術師でないなら、なんと呼ばれるのだろうか。


 魔……人、は、なんかイヤ。それなら……魔……女、とか? 魔女。うん。これなら、かっこいいかも。


 「頑張るわ」


 そう答えると、ぽんと頭の上に置かれた温かい手が、くしゃりと優しく髪をかき混ぜた。






***



 「ミュシャ! 具合はどうだ? 心配したぞ。もう大丈夫なのか?」

 「ミュシャ! ただいま! 元気なのね? 大丈夫なのね?」


 公都からお父様とお母様が帰ってきた。


 レリオを通して近況をやり取りしていたが、やはり顔を見るまでは安心できずに心配をしてくれていたのだろう。


 「おかえりなさい! お父様! お母様! わたしはもう元気よ! シャールたちはどう? 公都はどうだった? お仕事はうまくいったの?」


 「本当にもう大丈夫なんだな? ……話したいことはたくさんあるが、まずは……ヴィーリア殿、このたびのことは本当に感謝いたします。ミュシャのことも。アロフィス侯爵家とのことも」


 お父様とお母様がヴィーリアに丁寧に礼をした。


 「いいえ。礼には及びません。私は婚約者として当たり前のことをしたまでですから。お役に立てたのなら幸いです」


 ヴィーリアはいつも通りの完璧な婚約者の、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。



 その夜は久しぶりに夕食の席が賑やかだった。


 シャールのこと、フェイやノルンのこと、公都の話やアロフィス侯爵家のこと、ベナルブ伯爵のことなど、話題は尽きずにいろいろな話を語り聞かせてくれた。


 お父様とお母様は終始笑顔だった。


 「お父様、シャールの気持ちはどうだったのですか?」


 シャールとベナルブ伯爵、二人のことは特に気にかかっていた。


 「シャールも憎からず思っているようだが……。シャールはノルンの下であと数年は学びたいそうだ。シャールはまだ若い。伯爵様も素直な青年だ。……ただ、まだお互いに時間がほしい。伯爵様がどうしてもとシャールを望むなら、それなりに頑張っていただかないと、な」


 お父様が「まだまだシャールは嫁にはやらん」とばかりに、にやりと笑い、含んだ物言いをした。


 お母様もその通りと肯いた。


 この様子なら伯爵はかなりの努力が必要だろう。今までのことを考えたら、それくらいはぜひとも頑張っていただきたい。

 それにしても……シャールは意外と相手を振り回す型タイプかもしれない。


 まあ、なにはともあれ、絡まった糸は順調にほどけているようだ。


 シャールとベナルブ伯爵のことは、あとは本人たち次第。


 これから先は……二人の物語なのだから。


 「さあ、いよいよ本格的に大事業が始動する。明日からはまた忙しくなる。ヴィーリア殿も、よろしくお願いしますぞ」


 お父様は嬉しそうに笑った。





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