【第78話】 訊かなかったこと 2



 以前に魔術について説明してくれたことを思い出した。


 魔術師に成るためには『人の理の外の者』を引く魔力の質と、保有する量も条件のうちだと教えてもらった。


 「もし仮にですが、首尾よく我々を召喚よびだし魔術師として契約を交わすことができたとしても、魔力量が少ない貴女自身の魔術では願いを叶えることはできなかった。……以前に申し上げていたはずです。当代一の魔術師でも貴女の願いを叶えることは難しいと」


 うん。それも聞いた覚えがある。


 使える魔術は無限ではなく、魔術師の魔力量と、契約を交わした『人の理の外の者』の力量によるとのことだった。


 当代一の魔術師にお願いしても叶わないことなら、いくらヴィーリアと契約を交わしたところで、極めて少ないと判断されたわたしの魔力量では到底叶えられるとは思えない。


 ということは結局……。


 ヴィーリアが地下室に現れた朔の晩に、わたしに魔力があることを教えられていたとしても、願いを叶えるためにはやっぱり魂を対価とする契約は必要だったということ。


 今の今まで忘れていたけど、あの朔の晩には『意外に慌て者だ』『魔術が珍しいのか』とも、訝しそうな顔をされて言われた覚えもある。それは、魔力を持っているのに、という意味だったのかもしれない。


 リモールは魔術には縁遠い土地だと思っていた。それなのに、まさかわたし自身に極少量でも魔力が宿っていたなんて。


 ……ん? ……あれ? 

 ちょっと待って。


 少ない魔力量では魔術師として契約を交わすために『人の理の外の者』を召喚することは簡単ではないらしい。でも、すでにヴィーリアは召喚されている。ということは……。


 「もしかして……今からでも魔術師としてヴィーリアと契約をすれば、魔術を使えるようになる?」


 あとは契約さえできれば、わたしでもヴィーリアやレリオのように魔術を使えるようになるということ? 魔術師に成れるの?


 ランプ代わりの美しい蝶をばすとか、移動に転移術を使えるようになるとか……は、極少量の魔力では無理かもしれないけど。でも、もし、なにかの魔術が使えるのならば面白そうだし、生活が便利になるかもしれない。それに……。 


 「そうですね……」


 ヴィーリアは黒檀色の髪を細く掬った。悪戯をするように長い指に巻きつけてから、するりと放す。


 「魔術師として契約を交わしたからといって、すぐに魔術を使うことができるわけではありません。……魔力はその性質により術の系統が決まります。貴女の魔力の性質は」


 「予言系統みたいだね。占いとか、先視さきみとか」


 ロロス司祭様はさっきの仕返しとばかりに言葉を遮り、続きを奪った。


 「……そういったところでしょう」


本当に嫌そうに、露骨に眉根を寄せるヴィーリア。

 だけど……なんだか子どもの喧嘩みたい。


 「予言、占い、先視……」


 昔から勘はいい方だった。


 『どうしてそう思うの?』 と、その理由を訊かれても『なんとなく……』と答えるしかなかったけど。

 そんな予感というか、気がするというか。

 それはそのような性質の魔力を持っていたから? 魔術師として占いや先視ができるようになれば、もっときちんとした説明もできるようになる?


 そういえば……予言系統がどうのとかって。ロロス司祭様はあの領域で言っていた、よね?


 「……ロロス司祭様。わたしに魔力があることをいつから気付いていたの?」


 「ん? 最初からだよ。ベナルブ伯爵様と馬車を降りて、初めてお嬢さんに会ったときから。まあ、確かに魔力量は少ないね。ほかの司祭方なら、お嬢さんの魔力には気が付かなかったかもしれない」


 お母様の背中に隠れていたのに、ロロス司祭様の分厚いレンズの丸眼鏡越しに見られているような気がした。あのときからなんて。


 「お嬢さんの身に起こったことは、僕も聞いたことがない。だから断定はできないけど。お嬢さんはもう、魔術師としての契約は必要ないかもしれないよ? ね? 悪魔さん」


 それはすでに魂を対価とした契約があるからということ?


 ヴィーリアの深い紫色の瞳が眇められた。


 「本当に……おしゃべりですね。さっきから余計なことをぺらぺらと。さっさと帰りなさい。もともと招かれざる客なのですから」


 「僕がおしゃべりなのは職業柄だよ。信徒さんたちに輝主きしゅ様の御心みこころを伝えるために……わかった、わかったよ。帰るから。そう睨まないで。はいはい、まったく……それじゃあ、僕たちは失礼するよ。明日も布教活動に忙しいし、セイン君も重いからね。ああ、それとさっきのことだけど」


 ロロス司祭様は、肩にもたせていたセイン見習い司祭様を「よいしょ」と抱え直した。頭は垂れたままで、やっぱり起きる気配はない。


 「逆もしかりだよ。深すぎる闇もすべてを呑み込んでしまう。しつこすぎてせいぜいお嬢さんに愛想をつかされないようにね。それから、お嬢さんも。そこの独占欲の塊の執着系粘着質な悪魔にうんざりしたら僕を訪ねてきて。いつでも大歓迎するよ」


 にこやかに微笑んで片目をつむった。


 つまり、いつでも快く輪廻の輪への橋渡しをしてくれるということだ。


 「……行かないわ」


 「人の心は移ろうもの。まだ機会チャンスはある。お嬢さんがまだ、人ならね」


 軽薄そうな物言いだったが、黄緑色の瞳は笑ってはいなかった。

 ロロス司祭様はこれからの成り行きを見極めるつもりなのだろう。


 当分の間、いや、もしかするとその先も、ロロス司祭様とは縁があるような気がする……。


 「なにを言うのかと思えば。とんだ間男のようですね」


 蠅を追い払うように左右に振られたヴィーリアの手が、早く帰れと催促をしていた。


 「ははは。それじゃあまたね。神殿の件、男爵様によろしくね」


 そう言い残すと、光の中にロロス司祭様とセイン見習い司祭様の姿は消えていった。

 現れたときとはまったく違う、淡く優しい白色の光だった。





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