【第72話】 特別な司祭様 2
「それはこちらの台詞です。よもや忘れてなどいないと思いますが、神殿の
「
「それではまだまだ神殿の主についての理解が足りていないようですね。出直してくることをお勧めしますよ」
ヴィーリアは鼻で哂った。後ろにいるので顔を見ることはできない。だけど、少しだけ顎を上げ、瞳を細めて見下ろしながら、絶妙に口角を上げて小馬鹿にして哂う表情がありありと想像できる。
中央広場ではわたしに『そんなに煽るものじゃありません』などと渋い顔をしておきながら、自分はロロス司祭様を煽りまくっている。……まあ、ロロス司祭様も同じだけど。
二人はどちらかといえば淡々とした口調で、声を荒げることもなく言葉を交わしている。それが会話の内容と一致していなくて、一触即発のような緊迫した雰囲気をつくり上げているのが……なんだか、余計に怖い。
あのね……こんな妙な雰囲気を盛り上げないでほしい。いつ、なにをきっかけとして、どうなることかとひやひやしてしまう。背中に冷たい汗が流れそう。
セイン君と呼ばれていた見習い司祭様も、やはり二人のやりとりを見て困惑している様子だった。
「……僕はお嬢さんの意思を確認したいだけ。魅了にかけられていたらそもそも自我なんてないようなものだけど。でも、魅了は確認できなかった。……ちょっと引っかかることもあるし。お嬢さんには教えてもらえなかったけど」
「神殿が我々を知る必要はありません」
「……何十年ぶりかの契約者を前にして、僕たちもなにもせずには帰れないでしょう? 職務怠慢だって上から怒られるからね。察してほしいな。……呼び方を除いてだけど、闇の一族との不可侵条約を破るつもりはないよ。ただ、本当にこのまま契約を解除しないでいいのか、お嬢さんから聞きたい」
「契約の解除はしないと、ミュシャの口から伝えているはずですが」
「悪魔さんもわかってるはずだよ? 条約にもあるけど……僕たちには契約者を救う
神殿との不可侵条約の内容は詳しくは知らない。以前にヴィーリアからちらりと聞いたことがある程度。それでも、先ほどからの二人の会話から推測できることは、わたしがロロス司祭様と話をしない限りは司祭様たちに
それならば……。
わたしの意思は固まっている。誰になにを言われようが変わることはない。
もう一度しっかりとロロス司祭様に伝えれば、納得して手を引いてくれるはずだ。
司祭様たちに円満にお引き取りをいただいて、この場を収めることができる。
「いいわ。司祭様、話し合いましょう」
掴んでいたシャツを離してヴィーリアの陰から一歩足を踏み出した。
「ミュシャ」
今度はヴィーリアがわたしの腕をつないだ。
「契約を解除しないって確認するだけでしょ? それに、なにかあってもヴィーリアが守ってくれるわよね?」
「しかし」
「よかった。やっと、お嬢さんとお話ができる。……そこの悪魔さんは話が通じないから、このままじゃ
ヴィーリアの神経を逆なでしてから、わたしを黄緑色の瞳でじっと見つめてくる。
ロロス司祭様の瞳はきらきらとして美しいけど、見つめられるのはヴィーリアとは違う意味で怖い。他人には見せたくない汚れた心の
……肌が粟立つ。でも、ここはわたしも
「ロロス司祭様、わたしは契約を解除する気はないわ」
「それは……本当にお嬢さんの意思?」
「そうよ。それにロロス司祭様も知っているはずでしょ? わたしには魅了はかけられていないって」
「確かに、ね。……でも」
ふいに黄緑色の瞳の輝きが増す。嫌な予感がした。とっさに顔を背けて、ロロス司祭様の瞳から視線を逸らす。
「ちょっと待って!? 催眠をかけないで! わたしを誘導しないで!」
つながれているヴィーリアの腕に力が入った。わたしを後ろに庇おうとして動きかける。
「おっと。悪魔さんは余計な真似はダメですよ。それこそ条約違反案件です。それに、僕たちに手を出したらどうなるか……知らないとは言わせません」
ヴィーリアが「ちっ」と舌を打つ。
「……治療のことを調べたみたいだね?」
ロロス司祭様の瞳の輝きは元に戻っていた。
「少しだけ。ロロス司祭様は、特別な司祭様だったのね」
「特別というか、ほかの司祭方より、少しだけ神聖力が強いんだ。……わかった。僕はなにもしないよ。……セイン君」
ロロス司祭様が見習い司祭様を手招きした。その動作につられてセイン見習い司祭様に視線を移す。光を反射させているようにきらきらと輝いた薄い茶色の瞳と目が合った。
……あれ? セイン見習い司祭様の瞳の色って……こんな色だった? 確か、髪の色と同じ焦げ茶色だったような……?
「ミュシャ!」
ヴィーリアにぐいっと強く腕を引かれて胸の中に抱え込まれた。
数秒ほど、セイン見習い司祭様と視線を合わせてしまった。
そして……身体から力が抜けていく。
意識だけがすっと落ちていくような、ふっと浮かんでいくような不思議な感覚に包まれる。
この感じは覚えがある……まさか。
ヴィーリアの冷たい胸の中で身体が崩れていく。やはり、指の先さえ動かすことができなかった。
ヴィーリアのふっくらとした唇が何度も動いて、何度も名前を呼ばれているようだった。でも、なにも聞こえない。
河の激流に飲みこまれるようにして、そのまま意識だけが流されていった。
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