【第71話】 特別な司祭様 1
ヴィーリアのシャツの背を片手で掴んで、背中の後ろからそろそろと顔を出す。
強い光が収まったあとに、仄かな翠色の明るさを取り戻したそこに立っていたのは、紛れもなく白いローブ姿のロロス司祭様と見習い司祭様だった。
「結界を越えるのに思ったより力を使っちゃったよ。……お嬢さんもごめんね。眩しかったよね」
ロロス司祭様はにこやかに微笑みながら軽く手を振った。ローブを整えるために裾を払う。それから分厚いレンズの丸眼鏡を外すと見習い司祭様に手渡した。
眼鏡を受け取った見習い司祭様は、怯えているような、どこかおどおどとした様子でわたしたちに浅く会釈をした。
「どうして……ここに?」
よりによって一番会いたくなかった人たちが突然に目の前に現れた。
これって、転移……してきたよね?
「あれ? 知らなかったのかな? 転移術は魔術師だけの特権じゃないんだよ」
ロロス司祭様はそう言って得意そうに片目をつむった。
黄緑色の瞳は相変わらずきらきらしく、美しい。仄かな明るさしかないこの場所でも、金色の髪と相まって、まるで後光が射しているようだ。
「僕たちは今ね、ユーグル山脈の村に滞在しているんだ。……温泉にもつかって、セイン君とゆっくりしてたんだけど、こっちの方に気配を感じてね。これはもう、お嬢さんに会いに行くしかないかなって」
そういえば……司祭様御一行は、リモール山脈の麓の村を出たあとは屋敷には帰らずに、ユーグル山脈方面の村に移動するという知らせが届いていた。
油断をしていたわけではない。
しかし、屋敷には戻ってくるつもりはないのかもしれないと、だったら顔を合わせることはないと、心のどこかで思ってしまっていた。
「それにしても、リモール領はいい意味で
ロロス司祭様はわたしに同意を求めるように「ね?」と小首を傾げた。
「まあ、よく喋りますね。生憎ですが、歓迎するつもりはありません」
ヴィーリアの声は凍てついた真冬の湖を連想させた。
相手をそのまま凍らせてしまいそうなほどに冷ややかだ。ただならぬ冷気を纏っている。
「ああ、悪魔さんじゃなくて、お嬢さんと話をしにきただけだから。僕たちのことは気にしないで。どうぞお構いなく」
それでもロロス司祭様は動じなかった。それから、ゆっくりと辺りを見回した。
「なるほど、ね。これが対価の結果……」
硝子のように透けた岩盤の、その向こうに
ヴィーリアの肩が沈みこむ。深く息を吐いたことがわかる。
「不愉快ですね。神殿の者は昔から礼儀がなっていませんでしたが。……我々をそう呼ばないという約定はどうなっているのですか?」
ロロス司祭様は正面に向き直り、その視線を受け止めた。
「ううん、そんなこと言われても……今の名前だってどうせ
「我々の名は……人間には聞き取ることができませんから」
「まあ……いいや。お嬢さん、少し僕とお話しをしようか? 憶えているでしょう? この間の僕たちの逢瀬。あれは夢じゃないことは……わかってくれているよね? 最後に伝えたことは考えておいてくれたかな?」
ロロス司祭様はヴィーリアを無視して、背中にほとんど隠れているわたしを覗き込むように身体を曲げた。
「お断りします」
間髪を入れずに、わたしの代りにヴィーリアが答える。
「……悪魔さんに訊いたわけじゃないよ。少し黙ってくれると嬉しいな」
「しつこい男は嫌われますよ?」
ロロス司祭様は大げさに両方の手のひらを上に向け、肩をすくめた。
「うわぁ。それを言う? 僕をお嬢さんに接触させないように四六時中張り付いているくせに。闇の一族は粘着気質で、執念深いっていうのは本当だよね」
「私のものに勝手に干渉されたくはありませんから」
「“もの”ね……。おまけに独占欲もかなり強いんだ。それにこの前は……僕の鏡を湖に沈めてくれたね?」
「湖底でおしゃべり好きな可愛いお魚でも見つけたらいかがですか? きっと、とてもお似合いですよ」
ロロス司祭様が短くため息をついた。
「……どうしてそこまで邪魔をするのかな?」
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