【第67話】 揺れる想い 1



 「もうすぐ、終わるのね」


 口からこぼれた言葉。ヴィーリアが還ることは最初から解っていたことだ。


 「……」


 「ねえ、ヴィーリア。この前、町に降りて思ったの。とても活気があって、皆、生き生きとしていたわ。五年前とはまったく違う」


 そう。わたしが願ったことは家族が、屋敷の皆が、領民が、誰もが皆、幸せに暮らせること。


 「これからのリモールはもっともっと人が集まって豊かになって、栄えてゆくのでしょうね。……もっと人が増えるのなら、中央広場でのような騒ぎはきっと今よりも増えるでしょ? 今でも多いのが問題だけど……。自警団の人員を増やすとか、詰所を増やすとか治安を維持するための強化策が必要よね? ああやって騒いだ人たちをなんとかして自警団に取り込めたらいいわね。ヴィーリアには負けてしまったけど、わりと強そうだったし。リモールに仕事を求めてきたのなら、ただ追い出すことはしたくないわ。それから、宿屋や宿舎を増やさなくちゃ。食料の生産も上げて、自給できないものはほかの領と契約して確保する必要もあるわ。生活用品や消耗品とかさまざまな物資も大量に必要になる。それには輸送のための陸や河の流通網も整備しなくちゃね。もちろんリモールに大きな生産拠点を作ってもいいし。……いろいろな娯楽施設も必要になるわ。衛生的な環境も整えないと。この間読んだ資料では、公都のような大きな都市では上下水道やガス灯も整備が進んでいるんですって。すごいわね。魔術じゃないのよ。リモールにも取り入れたいわ。人口が増えるなら、学校や治療院も増やさないと。そこで働いてくれる人も雇わないとね。……鉱山の働き手だけじゃなく、もっとたくさんの人手が必要になるの。……考えるだけでわくわくするわ」


 以前から考えていたことを、とりとめもなくひと息で話した。ヴィーリアはその間は口を挟まずに穏やかな表情かおで聞いていた。


 「……貴女が次期領主になればいいのでは?」


 「わたしが? それはないわ」


 即座に否定する。


 「なぜですか?」


 「シャールと伯爵がきちんと話し合った結果がどうなるかは分からないけど……。シャールが伯爵と結ばれるのなら、シャールの生んだ子どものひとりに男爵領を継がせればいいわ。もし、結ばれないのであれば、シャールかシャールの結婚相手が継げばいい」


 「どうしてですか?」


 どうして? なぜそんな解りきっていることを訊くのだろう。


 「……だって、ライトフィールド男爵家の正当な後継者はわたしではないもの」


 「以前に私が、なぜ自分の魂を差し出したのかと尋ねたときに、貴女が答えたことを憶えていますか?」


 「ええ」


 『……それなのに貴女は自分の魂を差し出したのですか?』

 『それはどっちの意味? 血がつながっていないから? それともこんなに大切に育ててもらったのに?』

 『そうですね……。両方の意味です』


 忘れるはずがない。わたしは『だからよ』と答えた。


 血が繋がっていないのに、大切に育てられたのに、なぜ魂を対価とした契約をしたのかとヴィーリアは訊いた。

 わたしは十九年前に男爵家の門の前で拾われた。それにもかかわらず、男爵夫妻はお父様とお母様になってくれた。わたしを実の娘であるシャールと同様に、大切に慈しんで育ててくれた。


 だから、男爵家がどうにもならない状況に陥ったときに、わたしだけが窮地に陥ればいいと思った。育ててもらったせめてもの恩を返そうと思った。

 男爵夫妻に拾われていなかったら、わたしはミュシャ・ライトフィールドではなかった。シャールの姉にはなれなかった。施設で育っていたかもしれない、ほかの家に引き取られていたかもしれない。庭番にみつけられる前に野生動物に連れ去られていたとしたら、今は生きてはいなかったかもしれない。

 ヴィーリアが言っていた、宿命がどこまでで運命がどこからなのかはわからないけど。


 あの時点では魔術古文書グリモワールの方法が最善だと思った。ダメで元々。成功したら男爵家もシャールも領地も助かる。わたしの魂を対価に捧げればいいだけ。


 だから、わたしは両方を肯定する意味でそう答えた。


 「貴女は家族の幸せを願っていた。男爵も後継者として貴女の婚約者を認めている。ですが、血がつながっていないことを……貴女がほかの誰よりも一番にこだわっているようです」


 「……だって、血がつながっていないのは本当のことだもの」





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