【第63話】 教えてほしい 2
紫色の瞳が深い色に変わってゆく。ほとんど黒に近い紫色。
「どうやら私を
声も低くなる。
護られていることはとても心地がいい。その安心感は知っている。家族や屋敷の皆、ヴィーリアにも教えてもらった。
その反面、護られているだけというのは、歯痒いし、不安だ。
護ってくれる者や自分のためになにもできないのは……嫌だ。
わたしは強くはない。力もないし、背も低い。運動不足で体力もあまりない。魔術も使えないし、体術も使えない。でも、そんなには弱くないと思う。
なにかできることがあるはず。できることをしたい。
これは魅了にかけられていないわたしの意思だ。
「……なん度も言うけど、わたしはあなたとの契約を解く気は絶対にない。信じて」
自分の意思で『人の理の外の者』を召喚してヴィーリアと契約をした。その願いを
黒と見紛うほどに深い色に変わった瞳から目を逸らさない。
「私も、神殿に契約を解かせる気はありません。貴女を手放す気もありません。……私を信じていないのですか?」
ヴィーリアは組んでいた足に
「そういうことじゃないわ」
「貴女は私を頼っていればいい」
「頼りにしてる。でも、それとこれとは別のことなの」
「……頑固ですね」
「お願い」
胸の前で両手を強く組んだ。
深い色の瞳は昏く赤い炎と、それとは正反対の冷たい青い氷が宿されように、瞳の表情を交互に変えながらしばらくの間わたしを見ていた。やがて目を伏せて、ため息をついた。
「ただし……」
ゆっくりと口を開く。
渋々といった感じではあるが、教えてくれる気になったようだ。
「……なにかしら?」
「夜は、私はここにいます」
それが絶対条件だと、言い聞かせるように付けくわえた。
それは……。
また、話が堂々巡りになってしまう。
わたしが黙り込むと再び眉間をこつんと押された。
「ご心配なく。私は眠りません」
「眠らない?」
「我々には人間のような睡眠は必要ないということです」
「……そうなの?」
以前に夢は見ないと言っていた。眠らないから夢は見ない。そういうことなのだろうか。
ヴィーリアの冷たい手がすっと瞼にかざされた。
なにかの魔術にかけられたと思う間もなく、瞼が重くなって目を開けていられなくなる。
……待って。ちょっと、待って。今、教えてくれるんじゃないの?
身体が寝台に崩れるのを抱き止められた。引きずり込まれるような眠りに落ちていく。
重くなった瞼が完全に閉じるその前に、ヴィーリアの優しい声が聞こえたような気がした。
「だから……安心しておやすみなさい」
***
朝に目を覚ましたときには、ヴィーリアはすでに部屋にはいなかった。
左耳に手を充てる。
今朝は依代を徴収されたのだろうか?
魔法陣からの熱と疼きにも目を覚まさなかったらしい。よほど、眠りの魔術が効いていたようだ。
後頭部の髪も撫でてみる。
寝ぐせは……うん。今日は大丈夫だった。
朝食の席では相変わらずの好青年ぶりを発揮して、ベルとルイの頬を桃色に染めさせているヴィーリア。
昨夜のことはこの場で話せることではない。
朝食が済むとヴィーリアを待っていた、鉱山の責任者や技師たちと一緒に執務室へと入ってしまった。
後できちんと説明をしてもらおう。
***
「お嬢様……かなりの量ですね」
「……そうね」
午前のうちにリモリアの服飾品店から買い上げた荷が届いた。馬車を三台使って届けられたそれらの箱は今、わたしの部屋の中にちょっとした小山のように積み上げられている。部屋に入りきらない分は廊下に置かれていた。
あまりの荷の多さに、わたしとベルとルイで呆然とそれらを眺めていた。それでもベルとルイはどことなくうきうきとしていて、楽しそうでもあった。
「さあ……では、なんとかお昼までに片付けてしまいましょう。ルイ、箱を順番に開けていって」
「はい」
ベルはルイにてきぱきと指示を出す。
わたしも箱に手を出そうとすると、ベルに止められた。
「お嬢様は衣装棚のどこになにを仕舞うかを考えて、わたしにおっしゃって下さい。……これだけあると上手く収納しないと入りきらなくなりますから」
こんなに大量の荷ほどきがあるのに、ベルはそう言って上機嫌で笑った。
「ずいぶんと楽しそうね。こんなに沢山あって大変……」と言いかけたところで、ベルが興奮して言いつのる。
「それはそうですよ。お嬢様はお年頃だというのに衣装棚はがらがら。残してある衣装も暗くて地味な……いえ、あの、落ち着いたものばかりで。もう、半分諦めていたのに……。でも、これでやっと、お嬢様を思う存分着飾らせることができます! 腕の見せ所です! ヴィーリア様に感謝です!」
満面の笑みのベルの隣で、ルイもうんうんと肯いていた。
こちらが圧倒されるような、これまでにも見たことがないようなベルの張り切り具合だ。
節約第一だったから、衣装棚がすっきりとしていたのは仕方がない。
それにしても、ベルがそんなにもわたしを着飾らせたいと考えていたなんて知らなかった。
今まではドレスはただそのまま袖を通すだけ、髪も小物類を少しつけるだけ。……さぞかし飾り立て甲斐もなかったことだろう。
確かにもっと華やかなドレスを着てはどうかと、お母さまにもベルにもさんざん言われていた。
でも、フリルやリボンやふわふわな甘い感じのものは、似合わない。
それにしてもわたしの趣味って、そんなに暗くて地味……?
ルイは黙々と箱を開けてゆく。
わたしの気に入っているお店で購入したが、品物を選んだのはヴィーリアだ。
ドレスや靴、小物類にしても、デザインは決して派手というわけではないが若々しい印象を与えるものが多かった。色や柄は、黒檀色の髪と琥珀色の瞳や肌の色に合うものだ。総じてかなりわたしの好みに沿っている。
ここから向こうの棚までなどという、適当で大雑把な注文をしていると思ったけど、意外にもきちんと選んでくれていたらしい。
ベルはそれらを衣装棚に収納しながら「まあ。素敵!」「お嬢様によく似合いそうです」と口も手も忙しく動かしていた。
つまり、ベルが言っていた『暗くて、地味』はお店の商品のせいではなく、選び方の問題だったということだ。少し複雑な気もしないでもないけど……喜んでくれているので、まあ、いいか。
三人でお昼までに、なんとか廊下にまで積んである荷物を片付けた。
午後は図書室で仕事をしていた。
きぃと扉の開く音がする。
振り返ると、入ってきたのはヴィーリアだった。
「お疲れ様。もう、打ち合わせは終わったの?」
「まあ、今日の分は」
目の前の椅子に腰を下ろして足を組み、さっそくタイを弛めている。
「貴女はどうですか?」
「もう少しで一息つくわ」
「そうですか。では……私と一緒に、少し散歩にでも行きませんか?」
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