【第58話】 書店にて 1
ジョゼの手を取り、書架の奥に走る。
急がないと。あまり時間はない。
「ミュシャ、ちょっと待って」
途中でジョゼは足を止めた。
「どんな本を探しているの?」
「ええと、心理学と、神殿関係? 司祭様が施す治療について知りたいの。あ、でも難しいものじゃなくて。簡単に説明してくれる本がいいわ」
「そうか……じゃあ、こっち」
ジョゼは反対側の書架の前にわたしを連れて行った。
「ここの棚は子ども向けなんだ。いろいろな種類の入門書もあるから、探しているものがあるといいんだけど……」
膝をついてしゃがんだジョゼ。下方の棚に並んでいる本の背表紙を、真剣な眼差しで確認してゆく。
わたしもジョゼとは別の棚から背表紙を指で追う。
「……詳しいのね」
「僕、今、ここで働いているから」
「そうなの?」
「店主が
「そう。……ジョゼが継いでくれるなら、わたしもとても嬉しいわ」
なにしろこの書店の品揃えはなかなかだ。探している本がない場合は、頼めば公都からも取り寄せてくれる。専門書も扱っている。新刊本は入荷するまでに時間がかかる場合もあるが、きちんと平台に並ぶ。
たまに、誰が読むのだろう? というような専門的過ぎる本を見つけることもある。それもまた楽しい。そういった中に
跡継ぎがいないから店を閉じてしまうなどということは、リモールにおける知識と娯楽の損失だ。本心からジョゼが継いでくれることは喜ばしい。
話しながらも目は背表紙を追う。
「さっきは……ヴィーリアが失礼な態度をとってごめんなさい」
「……ちょっと驚いたけど、気にしてないよ」
「いつもはあんなに感じ悪くはないのよ。さっきは少し機嫌がよくなかったみたいで……」
本当に一体どうしたというのだろう。あれほどまでに人前でだけは、優しく穏やかに微笑む好青年を演じていたというのに。さっきのお店でも、きれいな店員のお姉さんたちに機嫌よく手を振り返していたくせに。
「それは……ミュシャが婚約者様に大事に
「……どういう意味?」
ジョゼは笑っただけで答えなかった。
大事にされて……いないとは思わないが、それはわたしが契約者であるからだ。婚約者だから、ということではない。
ジョゼは手を伸ばして、棚から本を一冊抜き取った。
「……ミュシャ、これはどうかな?」
差し出された本の
「見てみるわ」
本を受け取り、目次を確認する。『無意識』という項目は……ある。
頁を捲ると絵と図で解説されていた。屋敷の図書室にあったものより文章は読みやすい。
この本によると『無意識』とは『意識ではない領域』とある。
……なんとなく解るような、解らないような?
……うん。
文章が読みやすくても、理解できるかどうかは別の問題だということを理解した。
それにこの本には『集合的無意識』という記述はない。
「この本には載ってないみたい」
「そうかぁ。……じゃあ、これは?」
ジョゼはそれから三冊ほど本を渡してくれた。だけど、どこにも『集合的無意識』とは書かれていない。
……やはり夢の中の司祭様の話は、わたしの頭の中で作られたでたらめのようだ。
……落ち着いて考えてみたら当たり前のこと。だって、夢だものね。
「心理学の本はこれくらいだね……。あとは、司祭様の治療について?」
そう。あとは『治療』について確認すればいい。もう調べなくてもいいような気もするけど、レリオを呼び出してまで町に来たのだ。『心の治療』についても夢の中の作り話だということを確認して安心したい。そうすれば胸をかき乱すような、ざわざわとした気持ちは消えるはず。
「ええ。治療に関することが知りたいの」
「……誰か治療が必要なの?」
ジョゼは心配そうに訊く。
「そういう訳じゃないの。ほら、今は巡礼の司祭様もいらっしゃっているでしょ? だから、知識として持っておきたいと思って」
余計な気遣いをさせてしまったと、慌てて否定した。
「そうかぁ。ミュシャは昔から勉強熱心だったよね」
それについては曖昧に微笑んでおく。ジョゼの思い出の中ではそういうことになっているらしい。
わたしにはあまり熱心に勉強していた記憶はない。どちらかというと友達と遊ぶために学校へ通っていた。
「……これなんかどうかな?」
手渡された本の
目次から『治療』の頁を探して開く。
『司祭が持つ治癒の力で、身体の傷や不調、病気などを癒すことを治療といいます。その中でも、限られた一部の司祭は特殊な治療を施すことができます』
……特殊な、治療?
そのあとの文章も読んだが、一般的な治療についての記述のみだった。それ以上の『特殊な治療』についての説明はない。
「ミュシャ? どう?」
「……ええ……ジョゼ、もっと詳しく書かれた本はあるかしら?」
「あとはかなり専門的になるかな。それでもよければ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます